第184話 初回は特別無料です

 騎士は何もいい人ばかりではない。物語の中にも事実、現実ほどではないとはいえ嫌味な登場人物は結構いたものである。そしていけ好かない奴に限って実は強い、なんてのも一種のお約束だ。


 アホの俺は子供の頃、こういった輩を見て「何でこんな嫌味な奴が強いんだ!」と変な憤りを覚えたものだが、今ではそうは考えない。理由は俺が最強になったから、などという俗っぽいものではなく、答えを見つけて納得したからに他ならない。


 すなわち、努力鍛錬を欠かさないから強い。

 騎士に限らず戦いを生業とする者の実力はとにかくこれに尽きる。

 

 もちろん師や環境、才能の有無も多少はある。

 努力せずともなんだかんだで勝つ者もいる。

 しかし、「安定して強い」という輩は決まって、人格がどうであれ精進を欠かさない。継続は力なりとはまさによく言ったものだ。体力、筋力、集中力、どれを持続するにも一番の近道は地道な反復練習である。

 これ以上の近道は、少なくとも俺には見つけられていない。


 という訳で、俺は今日も最強の騎士でいるための最短の道、朝練に取り掛かっていた。

 最近はロザリンドが元気よく手合わせに付き合ってくれるので、実は今まで以上に充実している。彼女の早起きに付き合わされているアマルはサマルネス先輩と練習中だ。


「お前やっぱ剣を買い替えた方がいいな。エストック……は長すぎるか。細めの直剣か太めの細剣か、今度ロザリンドと一緒に鍛冶屋行ってこい」

「えー! でもお金かかるんじゃないですかそういうの?」

「いや、手に馴染む武器は早めに確定させといた方がいい。剣ってのは、手に馴染まないと体と剣のどっちかが先に根を上げるからな」

「ネオアゲル? ソコアゲール靴の進化系ですか?」

「違うわ!! あーと、あれだ! 足のサイズに合わない靴履いてると靴擦れするだろ!? そういう感じのあれがそれだ!」

「なるほど! そういう感じのあれがそれ!」


 流石サマルネス先輩。アマルの天然ボケに負けじと頑張っているのが実を結んでか、最近はコミュニケーションが若干スムーズになってきた。あれがそれで伝わっているのかという疑問はさておき、アマルも周囲に馴染んできたな、としみじみ思う。


 さて、彼女の方を横目で見ながら、目の前のロザリンドとの闘いにも手は抜いていない。俺ぐらいになるとよそ見しながらでも戦える……というのは冗談で、ちゃんと細心の注意を払ってよそ見をしている。


「その隙、頂きます!!」

「残念、フェイクだ」


 ロザリンドがここぞとばかりに放ってきた突きの速度に合わせてバックステップで躱す。本当はこの隙に横に回り込んだ方が早期決着を図れるのだが、ロザリンド相手では僅かにリスクが高まるし、これは訓練なのでそこまで攻めに偏重しない。


 それにしてもロザリンドは入団してから戸惑いもあるようだが、朝の訓練が最も活き活きとしている。しかも俺の動きを模倣しつつ自分流にアレンジを加え、今もなお成長し続けている。


 素早い袈裟懸けの刃を交わし、こちらの刃を滑り込ませると、ロザリンドは剣の鍔で弾く。弾く瞬間に微かに手首を捻って衝撃を上手く逸らしていた。そのまま至近距離に持ち込んで連撃を加えると、三発目で拍子を外して今度はあちらが後ろに下がる。


 間合いの取り方や外し方といった剣術の駆け引きは、最初のロザリンドには余り見られなかった動きだ。奥義に頼らない戦法が様になってきたし、状況もよく見ている。


「ふふ、一か月かかりましたがやっと先輩の動きに目が追い付いてきました。これで互角ですね!」


 どうだ、と言わんばかりに誇らしげなロザリンドの顔が微笑ましい。

 ここまで真っ当に自分に追い付こうとしている相手は久方ぶりだ。それでいてどんどん自分の壁を越えて強くなっている。なので俺も嬉しくなってもっと動くことにした。


「一段ギア上げるぞ!」

「望む所で――えっ!?」


 彼女が返答した頃には、俺の刃は既に彼女の顔面に向かっていた。

 恐らく彼女からすれば先ほどまでの剣より遥かに速く見えているであろうそれに、しかし迎撃のためにすぐさま剣を構えて逸らそうとしたロザリンドの動きに合わせて剣先をずらす。パシシン、と模擬剣である木刀の腹で彼女の左肘と左わき腹を軽く叩くと、ロザリンドは信じられないという顔で自分のわき腹を触る。


「……本当に、先輩の底なしの実力には驚かされます。本気を出せばわたくしが抵抗する暇もなく倒せるのでは?」

「うーんどうだろ。ほら、俺たち騎士団は継戦能力が要だろ? だから自分の体に過負荷がかかるようなオーバーワーク、つまり無茶や全力は余り出すことがないんだ」


 手を抜いているという訳ではない。

 毎度戦いでは頭はフル回転だし集中力も切らさない。

 しかし、全力で前から向かっているかというと違う。


 例えばイスバーグで穴持たずの熊と一騎打ちしたとき、俺はその気になれば真正面から熊を鞘が張り付いて取れない剣で殴りまくって殺すことも出来ないとは思わなかった。

 だがそれをすると余分な筋力とスタミナを消費するし、その戦法は他人が真似することは難しい。熊が倒れた後も任務は続くのだから全身全霊をそんなところで使う訳にもいかない……と無意識のうちに自分に様々な制約をかけ、そのなかから「王立外来危険種対策騎士団としてのベストな対応」を模索したのだ。


「つまり、先輩が全力をお出しになる時とは、それ相応の強敵と戦わなければいけない時ということですか……無駄な力を必要以外で使わない。確かに理に適っていますわ」

「まぁね。小細工で勝てると思ったら小細工もするし、一気呵成が一番安全と思ったら速攻をかける。ちなみにさっきロザリンドに二発入れたのは、スピードを上げたのもあるけど小細工もあったんだぞ?」


 さっきの動き、実は裏伝四の型・角鴟の基礎となる「地面に足を接したままの移動」と突きの動きを合わせて使ったことでかなり速い突きを放っているように見せかけた動きだった。まぁ物理的にもちょっと速いのだが、手の動き自体は先ほどまでと大して変わらないのだ。


 ロザリンドはなまじ目が慣れていたために余計に突きが速く感じ、それが本命と思い込んでしまった。その隙に脇と肘に一発ずつ入れさせてもらったのだ。


「これもちょっとした小細工だ。これだけで勝ち続けるのは無理だけど、覚えていて損はないよ」

「凄い、あの瞬間に心理戦を仕掛けてきていたのですか……勉強になります! ご指導ありがとうございました、ヴァルナ先輩!」

「うん、俺もありがとう。今日もいい訓練でした」


 互いに礼。先輩と後輩であっても敬意を欠かしてはならないのも騎士道だ。


 で、それはいいのだが、実はさっきから気にしないよう努めてきた俺の視線がいい加減にそっちの方を向かなければいけない時が来たようだ。


 そう、さっきから木陰から顔を出してこっちの動きをつぶさに観察するマモリの強烈な視線が浴びせられていて正直居心地が悪いのである。というか荷物が大きいせいで隠れ切れていない。天然か君は。実は俺も天然って言われるので仲間かもしれない。

 ロザリンドも流石に気付いていたらしく、耳元で囁く。


「怪しいので捕縛します」

「まぁ怪しいけど別に捕縛しなくとも……」

「そこの貴方! 先ほどからそこで何をしているのです! 両手を頭の後ろで組んで膝をつきなさい!!」

「ガッツリ犯罪者対応!? そこまでしなくていいから!」


 そういえばロザリンドは今回の件ではそんなに本筋に関わっていないのでマモリともこれが初対面だったことを思い出す。確かに謎の目つきが悪い女が訓練の様子をじっと見ていたら怖いし怪しい。尋問や詰問の一つや二つはしたくなる。

 だが、睨みつける以外のコミュニケーション能力が低い彼女は更に睨みつける。

 ロザリンドはそれを抵抗の意志ありと思ったのかつかつかと近寄ってゆく。


「我ら騎士団を監視する者、何者ですか。名と理由を早々に告げなさい」

「貴方に用はない」

「では誰にです。騎士ヴァルナですか?」

「……………」

「その反抗的な視線、抵抗の意志ありと判断し――」

「くぉらぁぁーーー!! ロザリィィーーーッ!!」


 いい加減空気がギスギスしてきたので割って入ろうとした刹那、突如ロザリンドに怒声が浴びせられる。声の主はなんとアマルだ。ダッシュで近づいてきたアマルは、何故怒鳴られたのか分からず困惑するロザリンドの脳天に間髪入れず拳骨を叩き込む。


「痛ッ!? な、何をしますかいきなり!」

「何をじゃないよ! その子怖がってるじゃん!!」


 ロザリンドがマモリを見る。

 マモリは更に迫力の増した睨みを返した。

 正直、反抗的態度にしか見えない。


「著しく反抗的ではないですか! どこが怖がっているのです!」

「怖いから睨んでるのよ! 末の妹がそうだったもの! ……ごめんね、この分からず屋頭でっかちが勝手に勘違いしちゃって! 怒ってないから大丈夫よ?」


 姉の貫禄とばかりに自信満々になアマルは微笑みながらマモリの頭上に撫でるための手を伸ばす。一度防ごうと抵抗したが、巧みなカーブで躱されてから為す術なく撫でられている。

 若干嫌そうだがロザリンドに向ける程の迫力はない睨みになっている。怖がってたかどうかは微妙だな、と思っていると視線がこっちに向いて「止めさせろ」と言っていた。やはり彼女も顔が雄弁にものを語るタイプである。


「で、結局何の用でここまで来たんだ、マモリ?」

「貴方を見極める為、観察」

「先輩、やはりこの女、他国のスパイか他の騎士団の回し者……」

「違うってば。次の作戦の民間協力者で、独特の性格をした人だからあんまり気にしないように」

「はぁ……そうなのですか?」

「やーいロザリーってば先輩に怒られてるー♪」


 ロザリンドの拳がアマルの脳天に直撃し、猫が尾を踏まれたような悲鳴が響き渡った。




 ◆ ◇




 結局その後もマモリは延々と俺を追ってきた。

 何を言うでもなくただ見つめられているこの状況の辛さが分かるだろうか。居心地が悪いなんてものじゃない。段々と俺が悪いことでもしたように思えてくるのだ。途中で嫌になった俺は物陰のマモリを引っ張り出して隣に立たせることにした。遠くから一方的に見つめられるよりは「自分はこの子の護衛である」という名分で納得させた方がまだマシだったからだ。


「その結果、村の人たちからあらぬ誤解を受けた。貴方に恋なんてしてない」

「俺が悪いみたいに言うな。もとはと言えば君が昨日、俺の手を引いて村を連れまわしたのが原因だ」

「……………」

「いや睨んでも駄目だし、そもそも見極めるとか言って追いかけ回してるのはソッチだし」


 今や村の噂は「怪魚現る」と「マモリに恋人」の二つが覇権を争っている状態である。この状況で俺にバレバレすぎて微笑ましい追跡を繰り返していれば、遅かれ早かれ周囲に茶化されるのは確定だったろう。

 護衛だと主張できるだけ一緒にいた方がほんの僅かにマシだ。


「それで、あなたはこれから何をするの?」

「今朝の時点で作戦は一通り決まったから、後は船に慣れることと非常時に備えて漁業の基本を覚えること。調査用の船使って昼からね」

「乗る」

「特務執行官の権限に於いて許可する。ただし、乗った以上はお手伝いしなさい」

「……了解」


 一応は納得、といった返事だ。

 尤も、作戦がきっちり嵌ればこの努力も無為になるのだが、経験を積んでおくと後々役に立つこともある。「若い頃の苦労は買ってでもせよ」のいい例だ。なお、悪い例として「散々コキ使われた挙句何一つ得られない」というどうしようもない苦労もあるので、決して額面通りに受け取ってはいけない。騎士団に入って学んだことだ。


 まだ作戦内容まで伝えられてないと思われるマモリにも、一応内容を伝える。


 今回の作戦の最初の難関は、まず先にオークを全滅させるにはどうするかという点になった。

 恐らく盆の中心にいるオークたちは、メスと子供を除いてこれまで怪魚が周囲に潜む沼地を命がけで脱出してきたのだろう。ノノカさんの予測では、雨季に水の流れが速くなり増水するタイミングを見計らって成人オークが一斉に沼に飛び込み、怪魚に食い殺されながら一匹でも多く脱出するという決死作戦を決行し続けているのだろう、とのことだ。


 ただ、いくら潜水能力が高いとはいえ雨季の濁流に呑まれればオークとて生き延びられる保証はない。その中で運よく生き延びた者が川から這い出ていたという絶妙な数の制限がされていたのだ。


 オークコロニーは周期的にメスオークも産むのでメスが盆の外に逃げ出したなら湿地内で繁殖する可能性もありそうだが、そもそもオークの天敵と言えるほどの存在がいる湿地にオークたちは忌避感を覚え、より遠くへ逃げようとしているのかもしれない。この辺は今回は余談だろう。


 肝心の作戦だが、イッペタム盆には外に直接的に繋がる水路が一つしかない。そう、俺が調査の際に皆と共に通った水路だ。なので現在着工中のイッペタム包囲通路が完成すれば、事実上オークの逃げ道は水路のみ。草をなぎ倒して逃げるのは難しくなる。


「となれば、後は水路を完全に封じる手段があればいい」

「でも船や網、銛じゃそれは無理。逆に転覆させられる」

「そう。という訳で、うちの騎士団としては珍しいことに金をかけて値の張るモノを使うことにした。その名も『魔式電導網』だ」

「マシキ……デンドウ?」

「あー、簡単に言えば網に触れた相手を痺れさせる罠さ」


 これは名前の通り魔法によって電気が通る網であり、対水棲魔物の切り札として大陸で使われている品になる。予算と時間の都合で新品は用意出来なかったが、最重要部品である動力源と代替可能な品々をかき集めて現地で組み立てることになっている。


 現地調達、即席品の使用が多い騎士団にしてはこういった替えのきかないものを使うのは珍しい。それだけイッペタム盆攻略を騎士団が重視しているということだろう。後は簡単、いつも通りオークをパニックにさせて盆の中心から出ていかざるを得なくし、各個撃破するだけだ。取り零しても盆の外に出しさえしなければヤヤテツェプが食べてくれる。


「マモリとしてはヤヤテツェプを利用するってのは心地よくないかもしれないけど……」

「構わない。最後の晩餐にしてやればいい」

「そゆこと。オークが全滅したら魔式電導網は対ヤヤテツェプ装備として『電気漁モード』に変え、盆の内部にいる魚を全て失神させるんで、その隙にグサリさ」

「トドメは……」

「他の人に取られないようしっかり探しなよ。うちの騎士団は手柄を誰かに譲るほどのんびりした奴はいないからね」

「……………」


 マモリに睨まれるが、これは本当の事だ。もしヤヤテツェプの気絶時間が予想外に短かったら、待っているうちに犠牲が出かねない。

 怒ったのだろうか、と一瞬思ったが、その瞳に責める色はない。


「どうしたの?」

「……大将首は武士の誉れ、手を抜くのは侮辱なり。父上の言葉」

「ブシ……あんまり詳しくはないけど、確か列国でいう騎士だっけ?」

「役割は全然違う」


 それっきり、マモリは何も言わなかった。

 ただ、今のはつい漏らしたわけではなく、自分の意志で言ってくれたようだ。教える義理はないなんて突っぱねていた彼女にも、何かしら心境の変化があったのかもしれない。

 ……ところで、ネイチャーデイに着くまでパラベラムに捕まって恨み言を言われるものと内心身構えていたのだが、影も形もなかったのが不思議だ。

 彼は一体どこで何をやっているのだろうか。



 ――その頃、オルレアの仕事場の仮眠室。


「あ、頭が割れる……水、みずぅ……」

「そんな貴方に、魚の肝から取れる貴重な栄養素を凝縮して作った二日酔いのお薬は……いかん、コメットの口調がうつったか。ほれ、奢りにしといてやるから飲みな。ちったぁマシになるからよ」

「おぉ、オルレア……心よりの盟友よ……」


 パラベラムは二日酔いで潰れていた。つくづく好機を逃す男である。

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