第182話 貴重な研究対象です

 しつこい話だが、王立外来危険種対策騎士団は情報が命だ。

 これだけは、騎士団最大の障害であるとされる予算以上の重要性を持つ。騎士団設立当初は特に、情報伝達の不足によって避けられたはずの事故や失敗が多く発生したという。


 俺も後で食べようと取っておいたデザートの果物を何度母に奪われ貪られたことだろう。そのうちに奪われるのが嫌で自室に置いておいたら、掃除中に小腹が空いたと食べられた。泣いて家出した。


 それはさておき、騎士団では得られた情報は即共有。

 怪魚の情報も当然ながらその日のうちに共有された。

 昨日に集まった面子が再集合である。


 報告によって、外見的特徴は概ねマモリの描いたものと相違なく、更に多角的な面から立体的な怪魚の姿を捉えるに至った。そこで浮上したのが、ヤヤテツェプに突き刺さる謎の棒の話である。この謎の物体に困ったローニー副団長がこめかみを掻きながら証言者であるファミリヤたちに尋ねる。


「人工物であるというのは、確かなのかい?」

『確カカッテ言ワレテモネー。ウチラトリダモンネー』

『デモ色合イガ黒ダゼ、艶ノアル黒。骨ヤ牙ナラモット白トカ黄バンダ色ノハズダロー?』

『体ノ一部ニモ見エナカッタゾ。色合イガ明ラカニアノ魚ト違ッテタシ、端ッコキラキラ装飾ミタイナノ付イテタゾ』


 ともかく、怪魚について専門家の意見はひとまずの一致を見たようだ。

 アマナ教授が資料をボードに張り出す。


「これはキャナウフィッシュ、一般的に言うナマズと呼ばれる魚の仲間だと思われます。今回捕獲された未確認種と大型種の両方が、南国の森の奥などで生息が確認されたものとほぼ特徴が一致しました。流れの少ない濁った場所を好むので、イッペタム盆の外は外敵にも見つかりやすく過ごしづらいのでしょう」

「キャナウフィッシュ……」


 聞いたことのない名前だが、今日は喋れるトリオ三つ子が口を開いた。


「ウチの故郷にもいるよねー」

「でもおっきくて三メートルだしー」

「こんなに口おっきかったかなー?」


 三人は王国の南端側の島国育ちだ。環境的にも南国と近い。

 その言葉に一瞬アマナ教授の眼が妖しく光った。

 あれは今回のオークの特殊情報を聞いた時のノノカさんと同じ顔、すなわち仕事さえなければ急いでフィールドワークに向かって調べたいという研究者の眼光である。やはり貴方も根はノノカさんと同類か。


 とはいえ、今回の観測では怪魚は尾も含めると六メートルあるのではという話も出ているのが気になる。ここまで大型化する魚なのだろうか、と疑問を呈する。


「恐らく突然変異で口が大型化したのでしょう。そしてあの沼で唯一オークを食べられる個体に成長した。魔物を主食とする生物は魔物の特性を得るという研究結果もありますし、もはや限りなく魔物に近い生物と言えるでしょう。仲間のキャナウフィッシュが普通に生息している以上、仲間意識はまだ残っているようですけどね。それと、毒について……」


 アマナさんが泥、水、そして既に殺害され蒲焼きにされたキャナウフィッシュくん一号の切り身をノノカさんが持ってそうな謎の試薬に放り込んでかき混ぜるが、何も色の変化がない。

 確かあれは魔物特有の毒を検知するものだった筈だ。


「通常の場合、生物濃縮は生態系の上位から死に絶えていきます。しかしイッペタム盆の底の泥と水に異常はありませんでした。見ての通り捕獲された魚からも反応はなし。となると怪魚は完全に魔物化して毒素を分解しているか、綺麗に毒素を体内に溜め込んでいるかのどちらかです」


 これについてアマナさんがいくつか専門的な情報と、まだピチピチしていたキャナウ一号を用いた生物実験を踏まえて出した結論は、やはりヤヤテツェプは魔物化しているか、その途上というものだった。

 結論を踏まえ、ローニー副団長が重い口を開く。


「……怪魚ヤヤテツェプは在来種の可能性が否めませんが、特異な危険性が確認できることから法に則りこれを危険種と認定します。これは在来生物でありながら多くの人的被害を出し、なおかつ危険な生物に対してのみ適用される認定であり、王国に連なる騎士団にはこれを討伐する義務が生じるものとなってます……ヤガラ記録官? 手続きに問題は?」


 微妙に面倒くさいが、この辺はしっかり手続きが必要なのでヤガラにも確認を取る。

 当のヤガラは今回の件には消極的なのか、つまらなそうに髭を撫でる。


「ありませんねぇ。それに別段騎士団の皆さまが魚に呑まれようが泥に塗れようがこのヤガラには知った事ではありませんし、危険だと通達が出ている場所に入って無駄死にした皆さまに国が払う保障もありません」


 いつものヤガラである。

 加えて言うなら今回の件には王立魔法研究院の人間の眼がガッツリ入っているので、聖靴派閥には干渉し辛いというのもあるのだろう。俺たち騎士団にとってこの態度は慣れたものであり、そして――こういった特権階級の汚さに慣れていないマモリのような少女にとっては、それは許せない言葉だったようだ。


「……………」

(ま、マモリちゃん。相手は役人さんだよ、抑えて……!)


 コメットさんが鎮めようとするが、それよりヤガラが視線に気付く方が早かった。


「おや、下賤な小娘が何やら言いたそうな顔をしてますねぇ?」


 マモリの眼が恐ろしい殺気と冷気を放ち、ヤガラを射抜く。

 しかし今回ばかりは相手が悪い。ヤガラは生物的な強弱より組織や仕組みの上での優劣で物事を運ぶタイプだ。凄まれたり脅されたりといった事は慣れており、その上で相手を逆上させて狙い通りに動かす。


 『左遷執行官』の異名は冗談でもなんでもない。

 ロック先輩がヤガラを翻弄出来ているから被害がないだけで、酔っ払いがいなければ何人もの騎士が辞めさせられたかもしれない。騎士団が歴戦の猛者なら、彼は舌戦の猛者だ。


「ンン~~……あぁ、失礼。もしかして貴方の身近に誰ぞ沼に入って無駄死にした方でもいらっしゃいましたか? もしくは恋人? もしくは家族? まぁ誰にしても、その程度の危機管理も頭にない方を慕ってしまうとは可哀そうですねぇ、とてもとても可哀そうですよぉ……ククッ!!」

「……ッ!!」


 マモリの拳がギリギリと握り込まれ、歯を見せて怒りを露にする。

 彼女にとってそれは、敬愛する父の死に対する最大限の侮辱に他ならない。

 家族を馬鹿にされると人は弱い。

 俺は別にそうでもないけど大抵はそうだ。


 ともあれ完全にヤガラのペースだ。彼としては暇つぶしがてら下級の存在でも挑発して手を出させ、その咎で遊ぼうとでも思っているのだろうが、マモリはそんな事を知る由もない。

 まぁ、それはそれとして。


「ヤガラ記録官、いたいけな少女に無用な挑発をしてその心を傷つけるのは紳士として……いや、人間として如何なものでしょうか」

「なんですか騎士ヴァルナ、私は少しばかり世間知らずな彼女に事実を教えようと……」

「いいのかなぁ~。この話をもしロック先輩にしたら、自称フェミニストに余計な口実を与えてまたワインをパクられますよ~?」

「うぐっ、それは……! というかちょっと待ちなさい! 最近何故か寝る前の記憶がなくて気が付くとワインが二本ずつ無くなっていると思ったらまさかあの男の――!?」


 未だに気付いてなかったらしい。

 そうかこの人ワイン以外の酒を飲むと拒絶反応ついでに記憶まで吹っ飛んでいるんだった。と思っていると突然会議室にベロンベロンの酔っ払いことロック先輩が満面の笑みで乱入してきて有無を言わさずヤガラと無理やり肩を組んだ。いや、あれ組んだというより関節的な意味でめてないか?


「ハァイ! 調子どうですかな記録官殿ぉ? プレセペ村の地酒を買ってきたので今日も一日頑張った自分を労わって百薬の長を呑み明かしましょうぜぇ~~~~!!」

「ま、待て! 待て貴様、一つだけ教えろ!! これは、このやり取りは一体……何度目なんだッ!?」


 危機的状況に於いて過去の謎が噛み合い、最悪の想像に恐怖で顔を引き攣らせるヤガラに、ロック先輩は薄い笑みを浮かべながら彼の耳元で悪魔の言葉を囁く。


「オジサンお酒のせいで記憶力が落ちててねぇ……十から先の数字は覚えられないんだ」

「あ、ああ……やめろ! やめてくれそれだけはッ!! 忘れる……忘れたくないことを忘れてしまう!! こんな、嫌だ、嫌だぁぁぁぁあああああーーーーーーーー……ゴボッ」


 断末魔の悲鳴は、ロック先輩に無理やり捻じ込まれた酒によって塞がれ、全身に発疹を出しながら白目で泡を吹きながら連行されていった。

 きっと次に彼が目を覚ます場所は治療室で、昨日の事を忘却した彼は腰に手をあてて叱ってくるフィーレス先生に謝り、何事もなかったかのように昨日と同じ日々を繰り返してゆくのだろう。延々と、延々と、真実という記憶を何度も零しながら。


 穴の空いた樽を満杯にしろと命ぜられた人間は、何を思うだろう。

 この日、俺たちは自分の心に深い命題を突きつけられた気がした。


「さて、副団長。邪魔者がいなくなったところで話を続けましょう」

「ヴァルナくん、君の心に入団一年目の初々しさは完全に消えたね……」


 勿論、気がしただけで気のせいであるのだが。


 プレセペ村イッペタム盆攻略作戦は、大きく分けて二つの段階が決定した。

 一つ、先にオークを駆逐する。

 二つ、オークの全滅を確認してからヤヤテツェプを駆除する。


 これより王立外来危険種対策騎士団はこの二つの絶対目標を満たす作戦とその用意を行い、そして決行する。決定を下したローニー副団長は各メンバーに改めて協力を願い、快諾された。


「なお、第二段階の作戦についてはヴァルナくんを現場指揮官とし、メンバー編成も君に一任します。既に非常時に何度か似た経験はしているでしょうが、公式戦闘に於いては初の指揮です。出来る限りフォローしますので、一人で解決しようと思わず周りを使いなさい」

「了解。騎士ヴァルナ騎士としての名と誇りにかけて……ちなみに、ひげジジイですか?」

「箔をつけたいんでしょうね」


 やはり今回の指揮者指名はひげジジイだったようだ。

 副団長もいつものこととばかりに主文を吹っ飛ばして理由だけ言っている。あとマモリが凄い目つきでこっちを見ている。士官学校入学試験で平民合格者発表で自分の名前があるかどうか死に物狂いで目を見開く平民たちを思い出して、俺もあんな時期あったなぁと妙にほっこりした。


(ちょっとノノちゃん、ヴァルナくんがガン睨みしてるマモちゃんの視線を菩薩のような笑みで受け止めてるんだけど、どういう心情なの?)

(あれもヴァルナくんワールドです。こっちの想像と全く違うことを考えているので、多分何か微笑ましい出来事を思い出してるんじゃないですか?)

(どんな精神構造してるのよ。アロットちゃんの研究対象にされそうね)

(あの心理学専攻のアロットちゃんですか。懐かしいですね~、まだ皇国にいるんでしたっけ?)


 こらそこの教授共、ひそひそ話聞こえてるぞ。

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