第179話 墓前で呪われます
パラベラム曰く、元々この話は新人画家の取材から始まり、色々と話を伝う内にシャルメシア湿地に侵入して生きて帰った釣り人などに辿りついたのだという。その釣り人が見たのが非常に若い女性画家で、しかも彼女は怪魚についてとてもしつこく聞いてきたという。
なぜそんなに怪魚に執着するのか? どんな女性なのか? その半生を追えば面白い記事になるのではないか。そう思ったパラベラムは単身ここまでやってきたのだという。
「そんな行き当たりばったりの取材でよく経費落ちたな」
「けーひ?」
「取材するのにかかる金だよ。まさか自腹じゃないだろ? 王都からここまで結構あるぞ」
「え? そんなの貰えるの、騎士団って?」
騎士団じゃなくともそれなりにしっかりした組織なら経費ぐらいあるだろう。
そう思い、もしや、と嫌な予感が脳裏をよぎる。
「お前の所属してるその月刊ジスタって給料どうなってんの?」
「数多の記者が所属し、その中でも特筆すべき素晴らしい記事を書いた奴に出来高で金が支払われる仕組みだけど?」
「……それ以外は?」
「え? そりゃ、優秀だと認められた記者には更にボーナスが……」
「取材費用払ってくれないの?」
「全部自腹だよ? かぁー、これだから騎士団は! どこに行くにも国民の血税を使ってる奴は言うことが違うなぁ~~~!! お前らは移動もメシも全部国が払ってくれるんだよな~~~!?」
心底蔑視した眼でこちらを睨んでくるパラベラム。
税金の無駄遣いと言いたいようだが、俺には彼も会社に搾り取られているように見えるのは気のせいか。多分彼の会社には福祉も有休もない。出来高制と言えば聞こえはいいが、経費も落ちないのでは記者は使い捨て同然だ。支払われる金も正当なものか怪しい。
言うべきか、言わざるべきか。
逡巡の末、覚悟のうえで所属しているなら言うのは無粋かと自分に言い訳して言わないことにした。何に気を遣ってるんだろう、俺。
「で、件の女の子ってのは?」
「おっと、ここからはぁ?」
と言いつつ指でコインの形を作るパラベラム。そういうところはちゃっかりしているようだが、正直期待値が低いので別の手段を取ることにした。
「ふぅん。せっかくサービスしてこのネイチャーデイの代表にアポとってやろうかと思ってたのに、そういうの要求するんだな? ふーん……へぇ……」
「えっ、マジ!? すまん今の撤回する! 欲しいよ~アポ欲しいよ~! 取れたら小銭はいらないよ~!」
180度態度を変えて媚びてくるパラベラム。甘いな、先輩方なら小銭も貰ってアポも貰おうとする。成功するかは別の話だが、上位の守銭奴たちなら更に毟り取る筈だ。結局パラベラムはすぐに情報を吐いた。
「マモリ・イセガミ……多分年齢はアンタくらいだろう」
何となくそんな予感のしていた名前が、やはり出てきた。
しかし彼と俺では情報の仕入れ元が違ったようだ。
「色々調べたら東の果てと言われる列国からの移住者みたいだな。隣町を探したら偶然母親を見つけてよう。取材しようとしたら病気だから面会謝絶ってケツ蹴っ飛ばされたよ。ただ、その人がマモリ・イセガミの母親で、医療費を稼いでる娘が同僚の女性と一緒に時々顔を見せにくるって噂だ」
養殖に多くの時間を割かれるプレセペ村は、隣町とも少し距離がある。だからこの噂を知っている人は村には殆どいなかったのだろう。接点のある商人ならその手の話は知っていたかもしれないが、この村のように限られた人と商売をする人たちは信用を重んじる。ネイチャーデイという大口の取引先との間にトラブルなど抱えたくはないだろうから、黙っているのかもしれない。
「他は?」
「他はまだウラが取れねえのばっかだ。なにせ田舎者の話にゃガセが多いし」
「都会も負けてねぇと思うけどな……」
都市伝説『ドッペルゲンガー』、猫の死体を見て可哀そうと言ったら猫に呪われる、士官学校の桜の木の下に古代文明の遺産が眠っている、etc……etc……。俺の知る限り王都の暇人が作り出したガセ情報の量は数知れない。なにを隠そう都民の語る俺の出自も出鱈目のオンパレードだし。まぁ騎士団内でもそうなのだが。
しかし俺の言葉にパラベラムはちっちっ、と指を振る。
「都会のガセと田舎のガセは性質が違うぜ。こと余所者関係はより陰湿だ。豊かなスローライフをとか言って田舎に行った結果、風習一つ間違えただけで除け者扱いなんてよくある話さ」
否定はしない。ただ、それは都会から見た真実であり、田舎側から見た真実とは少し違う。俺もそう多くを見た訳ではないが、基本的にそういった排斥や騒ぎは互いの常識と思っていることの食い違いによって発生するものだ。
それを「田舎」と「都会」の二元論で語れるとは思わない。
「お前、田舎の人を未開文明の野蛮人か何かだと思っているだろ」
「いやいやそんな。ただ王都ほど文明化してないっつーか、せっかく記事書いても文字読めない人いるとちょっと、とは思うけど……」
「そういうこと考えてるうちはゴシップ記事しか書けないぞ」
「お高く留まってる奴はみんなそうやって記者を馬鹿にするんだよ。まぁ見てな、そのうち俺に言ったこと後悔させてやるからよ!」
「はいはい……ちょっと職員に話つけてくるから待ってろよ」
パラベラムを後悔させるのは非常に容易なのだが、と思いつつ、俺は約束のアポ――すなわちネイチャーデイ代表のミケ老にざっくりとした事情を込めて一筆したためる。
パラベラムというゴシップ記者が面白半分でマモリの取材に来ていること。
自分を案内した男が騎士ヴァルナという事にすら気付いていないこと。
面白いので暫く自分がヴァルナであることを黙っていてほしいこと。
怪魚の話は伏せて、マモリの描く絵について半日ほど語ってあげてほしいこと。
書き終えた俺は職員の一人に手紙を渡し、パラベラムをミケ老の所に案内してくれるよう頼んだ。ついでに手紙はミケ老以外にも見せないように釘を差す。内容を覗き見していた職員は「お人が悪いですね」と小声で苦笑し、快諾してくれた。
「……よし、パラベラム。この人についていけ。話は通した」
「おおぉ! お前仕事出来んじゃ~ん! 下っ端から出世するのも遠くねえな!」
ニコニコ笑って大失礼な言葉を浴びせながら、パラベラムは疑う様子もなく職員に誘われてゆく。俺は何も嘘は言っていないし、約束も破っていない。ただ、ここの代表がどんな人か言わなかったことと、取材のためのアポとは一言も言っていないだけである。
馬鹿め、貴様が手に渡したのは地獄への片道切符だ。
半日ほど地獄を満喫してこい。
◇ ◆
態々ネイチャーデイにやってきておいて何なのだが、残念なことにマモリさんはいなかった。曰く、日課で午前中から正午頃にかけては外にいるらしい。確かに雰囲気はインドアっぽいもののイッペタム盆調査ではしっかり働いていた。体力は問題ないのだろう。
聞くところによると、今頃ならば村の東にある丘の近くでデッサンでもしている筈ということなので、試しに行ってみる。
「……足場、決していいとは言い難いな」
人が歩くことによって道らしきものは出来ているが、舗装は当然されておらず、所々がぬかるんでいる。湿地に近い影響だろう。酷い場所は木の板が置かれているが、それなりに人は通るのか複数の足跡が見受けられる。本能的にオークの足跡がないか調べてしまったのは、完全に職業病である。
しかし、景色は素晴らしい。
芸術家たちが愛するのも理解できるほど、変化に富んでいる。
あまり見覚えのない花が咲き乱れる場所もあれば、枯草が多く物悲しさを感じる水辺もある。鳥や虫たちも多く見かける辺り、生物学者にも興味深い場所だろう。
少し進むと余所者らしい釣り人とネイチャーデイの人が揉めていた。
「たかが湿地入るだけで許可とか必要ねーだろうか。テメらは誰の許可で取り締まってんだっての」
「国と詰所に許可貰ってるって言ってるだろ? あんまりゴネると本当に豚箱だぞ。大人しくついてこい!」
「触んじゃねぇよ! こんないい場所一人占めする方がおかしいだろ……げ」
「何事ですか?」
騒ぎを起こす男に近づいていくと、釣り人は俺の腰にぶら下がる剣を見て抵抗する気が失せたのか、舌打ちしながらも大人しくなる。ネイチャーデイの職員は「この手合いはよくいるんです」と苦笑いしながら一礼して釣り人を連行していく。
少し気になり、釣り人のいた場所の様子を見てみる。
「あんまり気分のいいもんじゃないな、これは……」
思わず眉を顰める。
高くそびえていた草木が根本から強引に切られたり折られたりして水面に四散。水底は長靴で突入したのか濁り切り、水辺の花は最初から目に入っていなかったとばかりに潰れている。恐らく荷物を置いた際に潰れたのだろう。なまじ自然豊かなだけに、人工的に破壊された風景であることがよく目立つ。
これは、確かに風情を楽しんでいた身としては不快感がある。
現地の自然を愛する人間ならば絶対にやらないであろうことも、そこに価値を見出さない人間は平気でやる。これもまた、自分が常識だと思っている事のすれ違いが生んだ悲劇なのかもしれない。
思わぬ現場にまた一つ湿地への理解が深まった、などと思いつつ進んでいくと、話に聞いた丘になってる場所に辿り着く。どうやら小さな墓地のようだが、俺の記憶が正しければ村のもっと近い場所にも墓があった筈だ。
気になって行ってみると、一際大きな墓が目に付いた。
「共同無縁墓……? なるほど、シャルメシア湿地で亡くなった余所者や行方不明になった人はここで供養されてた訳か」
お墓に掘られた文字を読み解き、やっと理解する。
この国の湿地に無謀にも突入した人間の主な者は釣り人と画家だと聞いている。行方不明者は骨も回収できず、遺留品が見つかることも少ない。更に、そういったことが起きたとして墓を建ててくれる家族がいるとも限らない。
いくら自業自得の結末とはいえ、誰も弔う者がいないのでは余りにも不憫だ。
それに、この中にはあの怪魚の犠牲者も含まれているのなら、自分と無関係でもない。
手向けの花も何もないが、黙祷を捧げておこうと近づく。
墓には別の人によって花が添えられていた。
細い糸で括られた簡素で可愛らしい花は、まだ瑞々しいことから昨日今日のうちに添えられたと思われる。任務が上手くいったらもう一度参りに来ようと思いつつ、黙祷した。
と――。
「……こんなところで何を?」
少し早口で抑揚の少ない女性の声。
正直、あちらから声をかけてくるのはすこし意外な気がしたが、振り返る。
「お墓参りと、おせっかいをしに」
「そう」
そこにいたのは、画材道具を鞄に入れ、キャンバスの入っているであろう大きな袋を肩に下げたマモリさんがいた。周辺の風景からさえ一線を置くような、不思議な存在感。マモリさんは感情の読み取れない目でこちらを見つめ、そして墓に近づく。
「ここの墓の下に人は埋まっていない。全員が行方知れずになった外の人。片っ端から名前が刻まれて、稀に生きて帰っていた人の名前が消される。こんな風に」
そう言って彼女が指さした先にあった名前。
横一直線の傷で消された名前は――マモリ・イセガミ。
上にある消されていない名前は――タキジロウ・イセガミ。
「父上。私の」
淡々と、彼女はそう言った。
そして突然振り返り、俺の手を取る。
「騎士ヴァルナ、お願いがある。父上の仇を――あのヤヤテツェプを討伐するなら、私を連れて行って」
そうか、そうだったのか。
彼女がどうしてヤヤテツェプ討伐に積極賛成したのか。
どうしてジャニーナを思い出させるあの暗い炎の瞳をしていたのか。
そこには、こちらの想像の上を行く根深い過去があったのだ。
消極的な彼女をしてこうも攻撃的な精神にさせる憎き怨敵を、彼女はやっと見つけて気が高ぶっていたのだ。甘美なる復讐を遂げる為に。
「連れて行ってくれなかったら呪う。騎士団全員呪う」
「えっ」
……もしかしたら元々過激な人なのかもしれない、と俺は冷や汗を垂らした。
大人しい奴に限って実は内心過激なんてことは同級生のイシスが証明していたし。あいつ許嫁のコロニスが浮気した時だけは激情家だもん。今月結婚らしいけど俺の所には招待状は届かないだろうなぁ。届いたとしても仕事を理由に断るだろうけど。
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