第180話 深呼吸で落ち着けません

 呪いが罪に当たるか、というのは司法で何度か問題になったことがあるらしい。

 一般的には、昔ならともかく現代で呪いの効果を信じる人はいない。呪いと魔法を混同しているケースはあるようだが、呪うぞ!という言葉は今の王国では脅迫に当たらないそうだ。


 そういう訳で、過激派芸術家マモリ・イセガミの脅迫染みた問題発言で彼女を拘束することは出来ない。元よりする気もないのだが。騎士団的にはこの程度の言葉はジャブにさえカウントされないし、いいとこ甘噛みである。理由は聖騎士団からの苛烈な平民見下しにあるのは言うまでもない。

 ひとまず、聞くだけ聞いておこう。


「どうして呪うの?」

「敵討ちの獲物、横取りは許さない。父上の仇を取るのは娘であるこの私」

「……」


 どうしよう。割かし自分の過去について隠す気がなさそうに思える。

 いっそストレートに突っ込んでみようか。


「お父さん、どんな人だったの?」

「貴方に言う義理はない」


 どうしよう。割かし他人に理解できないラインで拒絶してきた。

 どっからセーフでどっからアウトなのだろう。

 少し悩んだが、こういう時はまず一つずつ事実確認をすることが大切だろうと思い、とりあえず村に帰る道中で聞くことにした。


「あー、なんで俺にいきなり敵討ちの手伝いを申し込んできたんだ?」

「騎士ヴァルナ。つまり騎士団内で偉い人。怪魚討伐にも臆してない。本物を見た時も動きに淀みがなかったので協力者として最適格。イコール、貴方を頷かせればそれがヤヤテツェプを殺す最短の道」


 どうやら俺は彼女のお眼鏡にかなったらしい。

 しかしながら、彼女が俺のお眼鏡にかなわないと連れていく訳にもいかない。


「俺は君の事を知らん。君の父親のことも、何があったのかも知らん。知ってるのは君が急ぎ過ぎてること。それが正直、君を怪魚討伐に同行させるにあたっての懸念事項だ」


 そういうと、マモリさんは押し黙った。目が怖いが、よく見ると隈のせいでそう見える部分もあるのか怒りが原因かどうかが判然としない。彼女はもしやファミリヤ最怖狼と評判のプロの同類なのかもしれない。まぁ、少なくとも正に偏った感情であんな顔をしている訳ではないだろう。


「船に乗って操舵などの手伝いができるのはこの目で確認した。だけど騎士が民間人を戦いの場に連れて行くにあたって、技量だけを見て許可することは出来ない。必要不可欠な条件を呑んでもらわないと俺たちも信用するのが難しい」

「どうすれば信用する?」


 グイグイ来るなこの人。というか物理的にグイグイ顔を近づけているのだが、女性的魅力より目つきから来る圧力が圧倒的に大きい。今まで何人の男たちをこの圧力で屈服させてきたのだろうか。キャリバンやカルメは絶対に勝てないだろうと思いつつ、端的に教える。


「現場判断は騎士団の指揮官に絶対に従うこと。そして、それを信じさせるだけの行動をすること。これは絶対条件だから、守れないなら作戦に参加させないし、勝手に作戦現場に行こうものなら追い出されて二度と近づけさせなくする」


 これは騎士団の横暴とかではなく、ただ単純に作戦の邪魔をされる訳にはいかないだけだ。俺たち騎士団の作戦で民間人が乱入、或いは暴走するとだいたい大惨事になる。


 作戦を知らない人が騎士団の設置した罠に突撃かましたり、爆竹で固まったオークを散らそうとしてるのに爆竹を投げ込むタイミングでオークに突撃をかましたり、オークに不意打ちをかまそうとしてるのに泥も塗らず風上で体臭を巻き散らしたり、そりゃもう見事に作戦を台無しにされる。挙句、往々にしてそういった事をしでかす輩は自分が悪いと思っていない。


 過去には余りにも酷すぎる手間を掛けさせた民を捕縛して牢屋に放り込んでいた時期もあるらしい。今では滅多にないのだが、それは徹底して素人と言う事を聞かない輩を任務から遠ざけてきたからである。


「俺が駄目と言ったら仮にあと一発でヤヤテツェプを殺せるとしても駄目。撤退と言えばまだ余力があっても撤退。当然だけど出撃指令が出てないのに勝手に突っ走ったら二度と作戦に参加させない」

「……横暴」

「騎士団の仕事は民を守る事。君が協力してくれるなら君の命の保証をしなければならないし、君がもし一人で勝手にヤヤテツェプを討伐しに行くのなら、君の命の為に命がけで阻止しなければならない。俺たち騎士団の仕事だ」

「……………」

「そんなに睨んでゴリ押ししようとしても駄目です」

「……………」


 威圧するような視線だったのが恨みがましい視線に変わった。言葉は少ないが顔が雄弁に語るタイプである。思いのほか自分に対する制約が多くて不満なのだろうが、駄目なものは駄目です。


「我儘言う子は船に乗せません」

「まだ何も言ってない。子供扱いも不愉快」

「子供じゃないなら騎士団の指示に従えるし、どうして従わなければならないか分かるよね?」

「……………」


 この上なく不貞腐れて頬を膨らませている。

 比例して目つきも怖くなるが、段々と大型犬に喧嘩を売る子猫みたいで微笑ましく見えてきた。セドナとは違ったタイプではあるが、精神的にかなり未成熟だ。或いは未だに反抗期なのかもしれない。彼女の心を開かせるには、単純に仲良くなる必要がある気がした。


「よし、こうしよう。これより君を、一緒にヤヤテツェプを仕留める作戦を考える係に任命する。この係で実績を出し、信用できると俺に認めさせたら、ヤヤテツェプ討伐隊発足時に君を推薦する」

「確約が欲しい……!」

「残念だけど、まだヤヤテツェプを本当に仕留めるかどうかは決まってない。出来ないことまで約束は出来ないな」

「……ッ!」


 マモリさんの手が伸び、俺の服の襟首を掴んだ。

 本来、騎士を相手にこの狼藉は許されないが、俺は敢えてそれに触れない。

 彼女の暗く煮えたぎる感情を湛えた瞳は何かを強く訴えているが、残念ながらどんなに睨まれてもこればかりはイッペタム盆の追加調査報告の結論次第だ。


「俺は討伐になったときの為に準備をする。討伐の話が出てから用意するんじゃ遅いからね。君はどうする?」


 しばしの沈黙。彼女の瞳は悩みで少し揺れたが、やがてこの話に乗り損ねれば結果的に出遅れると思ったのか、不承不承頷いた。


「……する」

「よろしい。これから俺と君は同志だ」


 こうして、マモリさん――もとい、マモリと俺の密かな同盟が交わされたのであった。


 ところで、後から知った事ではあるが彼女は効率重視――というか、段取りとか事前準備とかなしに目的の最短コースを突っ走るタイプらしい。そのため行動は早いが計画性を伴わないという中々に困った御仁である。

 そんな彼女は村に戻るなり、俺の手を掴んで自分の住む工房アトリエまで引っ張ってきてしまった。どうやら俺にこれまで彼女の調べたヤヤテツェプ情報を見てもらう目的だったらしいが、周囲の反応に無頓着すぎる。


「ま、マモリちゃんが男を連れて歩いている……!」

「馬鹿な、あの子はコメットちゃんにしか懐かない筈では!?」

「というかぶっちゃけコメットちゃんが好きなものとばかり……」

「やっぱりマモリちゃんも女の子だったんだねぇ。騎士様と逢瀬とは大胆なことするよ」


 普段どれだけ男っ気のない生活を送っているのか、彼女が俺を連れて歩いているだけで周囲がこの有様である。というか余りにも予想外な光景だったらしく引っ張られている俺に対する言及が殆どない。九割九分俺が騎士ヴァルナであることにも気付いていないようだ。同僚に見られていないのが幸いと見るべきだろうが、俺に引っ張られたネメシアの気分を少しだけ味わった気がした。


 ちなみに、ネイチャーデイの上の階からは景気のいいウッヒョイ笑いが聞こえたので、どうやらパラベラムはまだあそこに囚われているようだ。途中で「あの騎士絶対許さんからなぁぁぁ~~~!!」と怒りの声が聞こえ、マモリが不思議そうに首を傾げていた。




 ◇ ◆




 ネイチャーデイでも芸術活動に重きを置いているメンバーは町はずれにアトリエを与えられるらしく、メンバーの大半がそこを家としているそうだ。共同で数名が使っているものが殆どだが、マモリは実績があるから個人で与えられているという。

 だが、実際にはコメットさんが空き部屋で寝泊りしているので実質二人暮らしらしい。

 コメットさんが世話をしている……のかと思ったが、現実は違ったようで。


「そこがコメットの部屋、勝手に入らないで」

「うん、逆に入るのが怖い」


 部屋のドアが半開きになり、中に何に使うのか分からない物品や紙が溢れんばかりに顔を覗かせている。僅かでも触ったら廊下に雪崩れ込んできそうだ。仕事はバリバリに出来るけど家ではだらしないタイプの人かよ。


 アキナ班長と同じタイプ……いや、そういえば班長はブッセくんの面倒見るようになってから「躓いたらアブネーからな。あーメンドクセー」と言いながらまめに片付けするようになってたっけ。保護者も板についてきている。


 彼女の作業場にして自室の扉は、王国ではあまり見ない引き戸だった。表面にザラザラした紙が貼ってあり、下半分に薄い黒のみで風景画のようなものが描かれている。フスマというらしく、紙だから雑に扱ったら許さないと睨まれた。

 部屋に入ると、これまたあまり見ない不揃いな石畳と、段差を挟んで上に見たことのある敷物が規則正しく並べてある。


「なんか見たことあるな。土間と、畳……だっけ」

「知ってるの? 意外」

「タマエ料理長の実家がこんなのなんだ。靴で上がろうとしたら怒られた」

「当たり前。私も怒る」


 あれは王国民としては初見殺しだと思う。床は靴で踏みしめるのが普通な王国民に、畳という文化は余りにも馴染みがないのだ。ちなみに騎道車内のタマエさんの自室も畳が敷いてある。タマエさんは列国での料理修行が長かった影響で、畳も列国から移住した職人に頼んで特注で作って貰っていると言っていた。


 靴を脱いで上がると、感じ慣れない畳の触感が足の裏に伝わってくる。内装も木製の家具を基調としたタマエさん好みの列国風だ。不思議と列国の文化は木や草の香りがどこかに混じっていて心地よさを感じることがある。そういうと特権階級連中は「田舎者特有のノスタルジー」と盛大に馬鹿にしてくるのだが。平民と田舎者と列国を同時に馬鹿にする高等なのに下劣なテクニックである。


「こっち」


 先に畳に上がっていたマモリに急かされて近づくと、彼女は棚の中から紙の束を取り出して、そのうちの一枚を差し出した。厚めの紙に描かれたそれは――。


「巨大魚のスケッチかい?」

「最新版。昨日、記憶を頼りに書いた」


 それは巨大魚が水面を跳ねた瞬間の絵だった。体のすべてが出てはいなかったので水中の部分は描かれていないが、その体はナマズの黒みを強めたような色彩で見事に巨体を描いている。シルエットは少なくとも俺の記憶とほぼ一致。更にはこれまで見えていなかった口の内部やヒレの部分も朧気ながら描写されている。


「これが直接目撃した唯一の情報。残りの紙は、怪魚目撃を自称した人たちの証言を基に描いたもの」


 そういいながら、いくつかの分類でクリップされた紙を並べていく。


「これまで怪魚の姿は一致しなかった。恐怖によってイメージが歪んでしまっているものと、完全な法螺吹きの情報が混ざっていたから。でも今回実物を見たことで偽物を除外できる」

「……前々から怪魚の事を調べてたんだね」

「当然。父上の仇を取るためには必要。そして、貴方も怪魚と戦うのなら怪魚の事を一つでも多く知る必要がある。だから連れてきた」


 そう語るマモリの眼は真剣そのものだ。

 言葉と段取りがだいぶ足りていないが、彼女なりにこちらにも情報を渡そうとしているのが伝わってくる。が、気持ちが先走り過ぎて呪詛が出るのが彼女の悪い癖らしい。


「情報を持ち逃げして私を討伐隊から省いたら呪う。貴方の一族全員呪う」

「やめなさいってば。分かった分かった、誓う。誓うってば」


 その後、信用しきれない彼女によって俺は「裏切ったら呪います」と書いたマモリお手製書類に拇印まで押させられる羽目に陥った。筆で指先ぺとぺとされるのってこそばゆいな。


 怪魚に話を戻すが、まず細長いウナギのような形状や両手がある形状の証言イラストはガセの可能性大ということで除外。また、見た感じでは大きな鱗が見えなかったし色も黒っぽかったので、黒い要素のない証言イラストも切られた。


 他、ナマズのようなひげがあった、という目撃証言複数。口が大きかったという目撃証言複数。また、少量ながら本物と特徴が一致するイラストの中に、ひげとは別に角のようなものが見えたとする証言があった。


「作り話じゃないの? 私には見えなかった」

「でも、そもそも見えたのは一瞬だ。反対方向から見ればその角はあったかもしれない。魚の中には上半分だけ色があるなんてのもいるし、情報を纏めたら専門家にも聞いた方がいい。俺の同僚も実際にヤヤテツェプの姿を拝みに行ってるし、話はそれからだな」

「……さっきから貴方、そんな答えばっかり」


 自分の集めた情報に絶対の自信があるのか、それとも今までの積み重ねが「見ればわかる」という身も蓋もない言葉にされて釈然としない思いがあるのか、マモリは不満そうだった。しかしこの情報と専門家の情報、目撃証言を合わせればより精度の高い情報になる筈だ。


 それにしても、と俺は彼女の描いた怪魚の絵を見る。

 怪魚憎しと言いながらも、この絵はなんというか、新しい絵画の習作だと言われても信じてしまいそうな色彩と迫力があった。復讐に駆られる彼女と絵を描く彼女、いったいどちらが本当の彼女なのだろうか。


「絵、上手いね」

「画家にその言葉は最も愚問」

「お父さんも上手かったの?」

「父上は絵だけではなく詩、剣、釣り、どれをとっても素晴ら……」


 一瞬どや顔でそこまで言い、そして父親について言うまいと思っていたことを思い出したのか一瞬停止し、慌てたようにぷいっと顔を逸らした。その様子が余りにも子供っぽくて思わず笑ってしまうと、スゴイ目つきで睨みつけてきた。

 ただし、恥ずかしかったのかその顔は真っ赤であった。


 ついでに仮眠を取りに帰ってきたコメットさんに物凄く誤解された。


「なんかマモリちゃんと騎士ヴァルナが隣り合っていい感じの雰囲気になってるーーーッ!?」

「ちがっ、ち、ちがっ……!!」

「落ち着いて落ち着いて。深呼吸して一言ずつ言えば伝わるって」

「すーーーー……はーーーーー……ち、が、う!」

「この短期間で友達みたいに仲良くなってるーーーッ!?」

「だ、だからちがっ……あ、貴方のせいだヴァルナ! 意地悪ばっかり! ばか! ばか!」

「フォローしたのにっ!?」


 結局その後、マモリは機嫌を損ねて俺とコメットさんを一時的にアトリエから締め出してしまい、彼女の父親の話は聞けずじまいになってしまったのであった。彼女は意外とアガり症なのかもしれない。

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