七車の鬼

木崎京

「当主様、万事、とどこおりなく終了いたしました」


 夕日で赤く染まった室内に、高く涼やかな声が響いた。

 夏が近づき、徐々に日の入りの遅くなってきた季節。部屋の奥で文机に向かう当主と呼ばれた男に向け言葉を発したのは、十四・五歳頃に見える美しい少女だった。

 白い肌に草食動物のような黒目がちの双眸。肩口の辺りで切り揃えられた艶のある真っ直ぐな黒髪は日本人形を思わせるが、そのいでたちは人形のような着物ではなく、白の小袖に朱の切袴きりばかまというまるで巫女のようなものだった。

 見た目にそぐわない大人びた口調で報告する少女に、男は紙面上で滑らせていた手を止めた。文机の上には、今しがた書き終えたばかりの手紙が数枚のっている。


「……ようやく、か」


 そう呟いて、やっと部屋の主は顔を上げた。目の前の少女を見る。


「ご苦労だった、ほたる


 それだけで、場の空気に緊張が僅かにはしった。蛍と呼ばれた少女の細い肩に力が入る。

 そんな彼女の緊張を知ってか知らずか、男の視線が外れた。ペンを置き、書き終えた物へ目を落とす。


「それで、宿り先は割り出せたのか」


 問われて、蛍は慌てて頷いた。


「はい。ですが、私の力では、どの分家筋かを突き止めるのがやっとでございました」


 顔を曇らせる彼女の言葉にも、特に当主の表情は変わらない。


「構わん。後はその情報から他の者に探させる。それで、どの家なのだ」

「はい。分家筋の一つ、八千代やちよ家でございます」

「……八千代……」


 ぴくりと眉尻が上がり、そこで初めて、男の顔にかすかながら表情らしき表情が浮かんだ。


「当主様……?」


 少女が怪訝そうに首を傾げると、男ははっとしたように目を見張り、やがて何かを振り払うように首を横に振った。


「……いや。すぐに手配させよう。そして手はず通り娘をここへ。この――」


 前を見据えはっきりと口にする。その目にはもう、迷いはなかった。



「――七車ななぐるま家へ」

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