日常に潜む未来と過去
朝凪 凜
第1話
唐突にそのときはやってきた。
気がつくと病室にいた。
足には仰々しい固定器具が取り付けられていた。
どうやら事故に遭ったということは手術を担当した医者から聞いた。
記憶はない。
むしろその日の記憶は朝から全く無かった。
両親や中学校の担任、自分が所属しているバスケット部の顧問の先生が様子を見に来た。
その後、夕方になってからはたくさんのクラスメイト、部活のチームメイトも見舞いに来た。
それらの話をまとめると、自分は登校中にクラスメイトでもあり、チームメイトでもある2人の合わせて3人で歩道を歩いていたら、突然後ろから自動車が突っ込んできた。
歩道を乗り上げてそのままぶつかった。一番車道側を歩いていた自分が右足にぶつかり、一緒にいた2人は軽い骨折と打撲で済んだようだった。
そんな話を何回も聞かされているけれど、記憶にはないから実感は湧かない。
しかしそんなことよりも、この怪我によって神経が切れてしまったため、バスケットどころか歩くことも出来ないかもしれないと言われたときの喪失感が一番非現実的だった。
ついこの前まで、みんなで遊んだり、大会に出場したりしていたことを思い出す。
学校ではふざけて走り回り、女子からは怒られ、それでもめげずに繰り返し教室でふざけ回ることの繰り返し。
部活では今年からレギュラーになり、スモールフォワードで地方大会に出て2回戦敗退したりしてもめげることなく毎日練習をしていた。
そんな日々が突然終わってしまった。高校でバスケットを続け、強豪のレギュラーになるという夢もここに来て霧散してしまった。
そう思うと怒りが込み上げてくる前に、前途を失った虚無感でいっぱいになった。
そうして、学校が生きていく希望だったんだと気づいた。
ただただ、部活をして、やりたくもない勉強をして、そのまま卒業していくのだろうと思っていた。しかし今更気づいた。そのすべてが生きるための充足感だった。
お見舞いの人たちが皆帰り、ふと窓を見やるといつの間にか花が置かれていた。
一輪挿しの花瓶にガーベラの花らしい。後から看護師さんから聞いた。
看護師さんはお見舞いなどの花を世話するから、お見舞いに来る人とも話をして、花の種類や意味を覚えてしまうようだ。
ガーベラの花言葉は前向きや前進といった意味があるそうで、お見舞いの花としてはありがちなのだそうだ。
誰が置いていったのだろう。先生か、両親か。クラスメイトはそんなことをしそうにもない……。
そんなことを考えながらも、しかしそんなことはもうどうでもいいと投げやりな気持ちになり考えることをやめた。
そんなとき
「失礼します。これ、忘れてたから。はい」
そう言って受け取ったのは手紙。頭を上げて見ると、いつも怒って文句ばかり言っていた女子だった。名前は確か……
「退院したらまた元気に、っていうのはすごく大変かもしれないけど、待ってる人もいっぱいいるんだから、元気に学校に来てよね」
そう、岩見憂だ。いつもふざけていると文句を言ってくる女子だ。
「そんな顔してたら治るものも治らないんだから。あの花もちゃんと世話してるかちゃんと毎日確認しに来るからね。枯らさないでよ」
窓のガーベラを指して仁王立ちする彼女。
なんだ、こいつだったのか。持ってきたの。
「気が向いたらな」
気恥ずかしくなり、つっけんどんに返事をして布団に潜った。
毎日か……大変だな……。そんなことを考えながら彼女を片手でひらひらと追い払った。
日常に潜む未来と過去 朝凪 凜 @rin7n
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます