龍呼びの歌

猫目 青

龍の鱗は鳴らない

 竜の鱗はまだ鳴らない。紅蘭がいくら愛らしい耳たぶをつまんでも、眼の前の竜の鱗が応えてくれることはなかった。蒼い蒼い竜の鱗は、半透明なその身を月光に輝かせるだけで、紅蘭の召喚に応じてくれる気配はない。

 遠く遠く、西の土地から運ばれてきた竜の鱗。その鱗を見つめながら、紅蘭ははぁと溜息をついた。つかざる負えない。

 西の地の竜を呼べなければ、自分はこの朱学院を追い出されてしまう。七つの海が集う異郷の崑崙より仙術がもたらされたこの地では、神通力を宿す子供たちが日夜、仙人となるべく修行に励む。

 その中でも、紅蘭はまたとない落ちこぼれだった。先日行われた龍呼びの儀式においても、彼女は小さな蛟すら呼べなかった。朱学院は高い宝玉の峰が連なる水晶山脈の頂に位置している。その麓に広がる人里に雨を届けるのが仙人見習いである紅蘭たちの役目だ。

 神通力の源は、仙人を信奉する人々の信仰心。その信仰心に応え、仙人たちは人々の願いを叶える。

雨ごいはそのもっともたるもので、その年の雨量と作物の出来によってどの仙人に信者がつくのか決まるぐらいだ。この朱学園を経営する伽藍仙人は、外見こそそれは美しい娘々だが、雨を降らせる豊穣の仙人として多くの里で祀られている。

その伽藍仙人の信仰を支えるのが、彼女のもとで仙術を学ぶ朱学園の生徒たちだ。

 龍の声を聴けと、伽藍仙人は言う。けれど、その龍の声を紅蘭は聴くことができない。

 今、朱学院にいるのは紅蘭を含め七人の仙人見習い。その七人が、このあたり一帯の土地を七つに区分し、それぞれ雨を降らせている。

 基礎の仙術を体得するのが遅かった紅蘭は、今年初めて栄誉ある龍呼びの儀式に加わることを許可された。自分のことを落ちこぼれだと思っていた紅蘭には思ってもない話で、それほどまでに龍呼びの儀式は大切なものなのだ。

 それなのに自分は雨を降らせてくれる竜を呼ぶことができない。

 ため息をついて、紅蘭は周囲を見回す。円形の磨き抜かれた玻璃の壁が部屋一面を覆っている。その玻璃の壁の中に玉のように輝く龍の鱗が収められていた。

 これらの鱗はみな、伽藍仙人に龍たちが捧げたものだ。仙人との戦いに敗れた龍たちは、その見返りに鱗を授ける。この鱗が伽藍仙人のもとにあるかぎり、龍たちは呼び出しの求めに応じなければならないのだ。

 硝子の向こう側では、色彩鮮やかな龍たちが飛んでいる。

 赤、黄色、蒼、白、黒。

 五行の属性を備えた龍たちは縦に並び、宝玉のように煌めく眼でお互いを見つめ合いながら蒼い天高く昇っていくではないか。龍たちの下方には黒ずんだ雨雲が湧きあがり、乾いた地上に雨を降らせていた。

 他の仙人見習いたちが召喚した龍たちだ。

 

 それなに、紅蘭の求めに応じてくれる龍はいない。竜は神通力の強さを感じ取る力を持っている。神通力の弱い紅蘭を馬鹿にして、龍たちは呼びかけに応じてくれないのだ。

「酷いよ。そんなの……」

 それなのに、紅蘭の主たる伽藍仙人は西方に住まう竜を呼び出せという。それも伽藍仙人の呼びかけにもなかなか応じないという強者だ。

 そんな意地悪な要望を突き付けられた理由は一つ。

「私は仙人になるなってことか……」

 たぶん、伽藍仙人は諦めろと紅蘭に言っているのだ。川に流されて捨てられていた自分を育ててくれた仙人への恩はある。でも、これはあまりにも残酷な仕打ちではないだろうか。

「私はどうしたらいいのですか。お師匠さま……」

 尋ねても応えてくれる人はいない。はぁと紅蘭はため息をついて、青く光る竜の鱗へと視線を戻した。




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