千文字ナゾガタリ

今朝未明

片手袋

「この手袋を所定の場所に置いてくれればいいから」

「えーと、この片方の手袋をですか?」


 そうそう。ホームセンターの店長はさも当たり前かのように返答した。

 この行為にどんな目的があるのか、俺には理解できなかった。


 何の変哲もない片方の手袋を決められた場所に置くという仕事。

 店長に訊いても、はぐらかされるだけだし……。詮索するのは諦めた。


 まあ日給五千円だし、一回置くだけでその日の仕事は終わり。学生の俺にしたらスキマ時間を有効活用できて、こんなに楽して稼げる仕事は他にない。さっさと終わらせるか……。


 店長から住所が記載された紙を受け取る。備考として『バス停近くのドラム缶の上に置いてほしい』と書いてある。

 備考内容を復唱すると、行けば分かるから大丈夫だよ。と店長は微笑んで俺の出発を促した。


 車に乗ってエンジンを掛ける。記載されている住所は今いる場所からまあまあ近いところにある。何となく分かるが、念のためカーナビに入力して場所の精度を上げる。これでも一応、仕事だからな。


「それじゃあ。置き終わったら、電話しますね」

 気を付けてね。と店長はフロントガラス越しに言っているように見えた。


 道なりに車を進めていく。三十分が経過したくらいで赤信号に停められた。

 

 そんな時、ある疑問が頭をよぎった……。

 この手袋って、何も入ってないんだよな?


 恐る恐る手袋に指を突っ込んで中身を確認する。やっぱり何も入っていない。

 本当に不思議なバイトだな。改めてそんなことを思っていると目的地へ着いた。


***


「そして、ドラム缶の上に手袋を置いて、店長に電話したと……」

「……はい」

「なるほどな、分かった。協力ありがとう。もう怪しいバイトするんじゃねえぞ」


 刑事はアルバイトの男を取調室から解放した。

 警察署の玄関で青年を見送っていると背後から別の男の声がした。


「先輩! 奴から色々聞き出せたので、取り急ぎ……今いいですか?」

「おう、聞かせてくれ」


「はい。奴が今まで不法投棄した手袋の数は約三百点だそうで、全て種類の違う片手袋とのことです」

「そんなにか! でも、何でまた片方の手袋を?」


「作業中に事故で失ってしまった、無いはずの片手が痛み出すそうで……」

「ほう、確かホームセンターの店長だったか?」


「そうです、それで奴から聴取した情報を元に、投棄された場所を徹底的に調べ上げたんです。すると地図上にある図形が浮かび上がりました」

「なんだよ、そりゃ?」


「左の手のひらです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る