第217話、それぞれの気がかり


 十二人の孤児が死ぬだけだ、と慧太が口にした時、さすがにユウラも眉間にしわを寄せた。

 慧太は淡々と続けた。


「コルウスは年長だ。十歳くらい、髪は黒。やんちゃな顔をしていた。パッセルは痩せていて一番背が高いが、おっとりとしてる。パーシアは褐色肌の子で縮れっ毛の女の子。そのパーシアにくっついていたのが最年少のアラウ。よく右手の親指を咥えている」

「……」

「アルデアは赤毛で無口。グルースはアルデアと仲がよさそうだったが、身体に傷があったから昔虐待されてた子だろうな。アナスは右足がなかったけど、ずいぶんと元気そうだった。たぶん、あの家での生活が楽しいんだろう。ガッルスは、何か視線がおかしかったな。どこか遠くを見てる感じだ」


 慧太は、子供たちの名前を挙げていく。


「ヒルンは小さいのに年長者の言うことをきいて手伝うタイプ。アシオーは……これはわかりやすい。何せ眼帯をしていたからな。コーニアは女の子たちでは最年長っぽいが、言葉がうまく喋れないようだった。シッタはイタズラ好きなんだろう。オレたちがいる間に三回、まわりの子供たちにちょっかいをかけてた」

「……呆れました」


 ユウラは口もとを歪めた。


「あの短時間の交流で、全員の名前と特徴を覚えたのですか?」

「シェイプシフターはな、観察するもんなんだよ」


 変身するということは、相手の特徴を素早く読み取る技術を必要とする。ただ外見を真似ればいいというのなら見た目だけでいい。

 だが、もし変身した相手を演じる必要があるなら、口調や性格などできるだけの情報を把握しておかなくてはならない。


「あの家の雰囲気は非常にいい感じだった。子供たちは過去に虐待を受けたり傷を負っていたりするけど、みな倉井さんを信頼しているし、倉井さんも子供たちによくしているのがわかる」


 慧太は正面を見据える。


「どれくらいの付き合いかはわからないが、あれほどの関係を築いているのなら、生贄に使うなんて考えを正常な思考の人間ならもてないと思う」

「すでに情が入ってると」


 ユウラは考え深げに、顎に手を当てる。


「正常な思考の人間なら、いいのですが」

「ああ。そうであって欲しいとは思う」


 異世界に呼び出され、この世界に順応せねばならなかった男。不便かつ危険な世界より、安全な日本を懐かしみ、思いを馳せる。……それをこじらせたら、どこまで人間は正常でいられるのだろうか。



 ・  ・  ・



 翌朝、シアードの町にある宿『ブルーメ亭』。その客室のベッドで慧太は目を覚ました。

 窓から日差しが差し込み、それがちょうど顔に当たる。カーテンがない部屋だった。日差しから逃れて寝返りを打ったとき、身体が何かにぶつかった。


「ん……!?」


 声が漏れた。慧太ではない。女の声――思わず目を開ける。


 黒髪の女、短めの髪に反して前髪が長く、その間から片目が覗いているのはキアハだ。大柄な彼女が何故か同じベッドにいる。ただでさえシングルサイズのベッドなのにキアハも寝ていて手狭。それに、何故か裸だ。


 実は年下にも関わらず、大人顔負けに発達しているその胸は、アスモディアほどではないにしろ、たわわに実っている。


「うわっ!?」


 慧太は思わず起き上がり、壁へともたれた。

 その声で目が覚めたらしい。キアハは、眠い目をこすりながら。


「……おはようございます」

「お、おはよう」


 何だ? いったい全体どういうことだ? なぜキアハがオレのベッドに寝ているんだ?


「とりあえず、胸を隠したら?」


 半身を起こしたキアハは、当然ながらその豊かな胸が露で、しかも隠すものがない。慧太の指摘に、その無防備さに気づいた彼女は、慌てて両手でお胸を隠した。……手ブラ、わざとやってる?


「あの、その……すみません」

「いや、こちらこそ」


 なんだこのやりとり。慧太はベッドまわり――キアハが脱ぎ散らかした服へと視線を向ける。慧太自身は服と呼べるものはないが、いつもの癖で上は裸、下はズボンを穿いた格好だ。


「キアハ、なんでオレのベッドに……?」

「えっと、その……」


 恥ずかしいのか、顔を真っ赤にして顔を俯かせるキアハ。……先に服を着るほうが先ではないだろうか。


「ケイタさんが……自分の国に帰るかもって話」


 召喚魔法うんぬんの話だ。慧太は真顔になった。セラやキアハたちが、慧太の去就を気にかけていることも。


 ――ひょっとして、キアハはオレを引き留めようとしている?


 肉体関係に持ち込んで離れられないように……。いや、キアハにそんな考えが思いつくとは思えない。誰かの入れ知恵だろうか。セラやリアナではない。となると――

 コンコン、とドアがノックされた。


「はい」


 反射的に返事すれば、ドアが開いた。やってきたのはセラだった。


「ケイタ、おはよう――って!? なにやってるの、キアハ!?」


 大きな胸を手ブラで隠すキアハが、慧太のベッドにいる。男と女がベッドで裸でいるというのは、どんな鈍い人間でもある種の想像がつくのである。


「あ、いや、セラさん! これは――」


 キアハが、さらに動揺する。これ以上ないほど顔が真っ赤になっている。


「ケイタ!」


 セラの視線が向く。慧太は両手を挙げた。


「いや、オレもこの状況がわからないから、いまキアハから聞いてたところだったんだ」


 うわー、これで信じてもらえるか――慧太は一瞬思ったが、セラはキアハを見やり。


「どうなの? キアハ!?」

「え、っと……そのサターナさんが、ケイタさんを引き留めるなら、と――」


 サターナか。慧太が何となく理解すれば。


「サターナね!?」


 セラは踵を返して部屋を出て行った。おそらく、この事態の原因たるシェイプシフターの元魔人女のもとへ文句をつけに向かったのだろう。

 慧太は一息つくと、ベッドを降りた。


「とりあえず、服を着ようか」



 ・  ・  ・



 サターナとアスモディアが泊まっている部屋へと急ぐセラ。その部屋の前には、何故かリアナが座り込んでいた。


「サターナはここ!?」


 うん、と狐娘は頷いた。その表情は相変わらずの無表情で何を考えているかわからない。


「ただ、今はやめておいたほうがいい」

「どうして?」

「……」


 すー、と視線をそらすリアナ。部屋からはなにやら音がしているので、中にいるのは間違いない。

 セラはドアノブに手をかけ、勢いよく開けた。


「サターナ!」

「……なに? ノックくらいしたら?」


 不機嫌そうなサターナの声。だが部屋の中を見たセラは固まってしまう。


 裸だった。サターナと、そしてアスモディアも。

 ぱんぱんと肉同士がぶつかる音が部屋中に木霊する。何故かアスモディアが縛られていて、何故かサターナがアスモディアの後ろから腰を打ち付けていたりしているが……。


「な、何をしているんですか!?」


 目の前の光景が信じられず、セラは思わず顔を手で覆った。だが指の間から視界は確保する。


「何を、って見てわからない?」

「わかりません!」

「アスモディアの性欲発散。いわゆるSとMというやつよ」


 サターナは平手で赤毛の女魔人の尻を叩いた。口枷をかけられているアスモディアがくぐもった悲鳴を上げる。

 ひょっこりと、リアナが部屋を覗き込んだ。


「ねえ、サターナ。それ」

「ええ、男のアレよ」

「女だよね、一応」


 なにを平然とした顔で聞いているのよ――セラは思ったが、リアナは淡々と、そしてサターナもいつもの調子で答えた。


「シェイプシフターというのは、こういうこともできるのよ。えーと、こういうのを日本語だと――」

「聞きたくありません!」


 セラは顔を真っ赤にして出ていくのだった。

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