第215話、異世界召喚魔法
シアード大図書館の一角。慧太と向かう合う形で席に着くユウラは口を開いた。
「あなたの同郷人がどのような召喚魔法を使うか、慧太くんは、聞いていますか?」
どんな? 慧太は、食事処で倉井が言った言葉を思い出す。
「たしか……生贄と魔法陣を使うって言ってたな。それとその呪文」
机の上に置いた羊皮紙を見やる。倉井が書きとめた古代魔法文字の羅列が書かれたメモだ。
「生贄……?」
ユウラが小首を傾げた。慧太は難しい顔になる。
「何でも十二個の生き物の魂を使うとかって言ってた」
「生き物……」
「そう聞いた」
慧太が言えば、ユウラは腕を組んで考え込む。
妙に思わせぶりな態度に映る。言いたいことがあるなら、はっきり言えばいいのに。何かこちらがおかしなことを言ったような気になってしまう。
やがて、ユウラは世間話をするような口調で言った。
「一度、そのクライさんに会いましょうか」
「うん?」
「彼は、魔術師ではないのでしょう? 呪文を教えても、他で何か手違いがあれば大惨事ですからね。魔術の専門家――この場合は僕ですが、確認したほうがいいでしょう」
「専門家がそう言うのであれば」
慧太自身、魔法については素人だ。……大惨事と言ったか?
「結構、ヤバいのか? 手違いがあると」
「世界を越える魔法ですから、術者が吹っ飛ぶだけならまだしも、ヘマをすればあたり一面ごと吹き飛ぶ可能性もあります」
「それはマズいな」
慧太は席から腰を浮かせた。
「今から行くか?」
「そうですね。僕らもこの町に長居するわけではありませんし」
ユウラも席を立った。アスモディアが本を抱えながらやってきた。
「マスター? もう、よろしいのですか?」
「ちょっと野暮用ができました。一つ頼まれてくれますか?」
「何なりと」
「用件にどれほど時間がかかるかわからないので、この町で一泊できるように宿の手配をお願いします」
「仰せのままに、マスター」
アスモディアが一礼するのに頷くと、ユウラは歩き出す。
「では行きましょうか」
こちらが動くのを見て、セラたちが振り向いた。
「ケイタ、図書館を出るの?」
「ちょっと用事がな。……君らはここで時間を潰しててくれ」
慧太とユウラは大図書館の入り口へと向かう。
「この町で一泊するのか?」
「話を聞くだけで済むといいのですが」
ユウラは何か気がかりがあるようなそぶりだ。召喚魔法に関して、ミスあれば大事故にもなるかもしれないとなれば、気になるのは当然か。
「薄情なことを言うと、呪文だけ教えて、後のことは知らないと言ってもいいんですが」
青髪の魔術師は、淡々とした口調で言った。
「ただ、召喚魔法の成否については、慧太くんも気になるでしょう?」
「まあな」
「慧太くんも、魔法が成功したなら、故郷に帰りたい?」
セラたちにも同じ質問をされた。慧太は何となく面白くない。
「帰りたい気持ちはあるが、今すぐどうこうとは思ってない。特にいまは――」
「セラさんを送り届ける……ええ、あなたは中途半端に仕事を投げ出したりはしない」
ユウラは口もとを緩めた。
「あなたは律儀ですからね。そんなあなただから、僕は異世界召喚魔法についてお話しなくてはならない。何故なら、この魔法はあなたにとって大変不愉快なものだからです」
「誘拐も同然に、この世界に召喚された」
映画や小説などで、この手の設定は珍しくはないが、実際にその目に遭っている身としては、お世辞にも愉快とはいえない。
「それもですが、もっと不愉快なものなんですよ、これが」
ユウラの目に無感動な色がよぎる。
「前にも話したかもしれませんが、魔法というのは、いわゆる『魔素』というものを消費します。程度の差はあれど、魔素を集め魔法を用いる。より大きな魔法を用いるには相応の魔素が必要となる」
「……」
「別の世界から人、あるいは生物を召喚する魔法……それも当然ながら大量の魔素を使用します。そのため、通常の魔素を集めるほかに触媒――よりはっきり言えば『生贄』を用いて魔素で不足を補います」
「十二個の魂」
倉井が言っていた。ユウラは首肯した。
「十二人……まあ、それくらいの人数の生贄ですね」
「人の魂」
「……案外リアクションが低いですね。知っていたんですか?」
「倉井さんが、人間を生贄にして召喚されたと言っていた」
慧太は眉をひそめる。……もちろん、その件で倉井は何も悪くない。
「ただ必ずしも人間が生贄である必要はないとも聞いた」
「……それについては僕はコメントを控えますが、一般的に、この手の召喚魔法では人間の魂を生贄に用いられます」
ユウラは表情が硬く、その真意を外側から窺うことはできない。
「古来より犯罪者や奴隷、あるいは処女だったり……召喚を用いる者によって生贄は変わりますが、複数の人を用いて別世界からの召喚を試みました」
ただ――
「この方法は、実は効率が物凄く悪い。複数の人間を用意しなくてはならないにも関わらず、召喚する相手を選べないのです。伝説の英雄や勇者、あるいは天使だったり悪魔だったり、呼び出すものは多々あれど、実際に召喚されるのがどこの誰なのかさっぱりわからない。魔法陣や呪文により、召喚対象をある程度人間にしぼることができるようになりましたが、初期の頃は、十人を生贄にして『猫』一匹を召喚してしまったということもあったそうです」
「猫?」
「ええ、ただの猫です」
ユウラの唇が皮肉げに歪んだ。
「慧太くん、失礼を承知で聞きますが、あなたは、あなたの世界にいた頃、英雄だったり勇者の血を引いていたりしていましたか?」
「いいや」
きっぱりと否定する。そもそも現代日本に勇者の血縁とか、そんなものがわかる者などいない。
「何故、召喚されたのかさっぱりわからない」
「そうでしょうね」
「勇者召喚がどうとか言っていたから、オレは『はずれ』クジみたいなものだろうな。もしかしたら、オレの他の二十九人の中に、誰かそういう『当たり』がいたのかもしれないが」
はずれクジ――自分でも自嘲したくなる。
ユウラがわずかに目を見開いた。
「あなたは召喚された時、一人ではなかったのですか?」
「オレと一緒にいたクラスメイトが全員……ああ、そういえば先生やバスの運転手やガイドさんはいなかったな。三十人」
「……それは、かなりのレアケースですね」
「かもしれない。なんかオレたちを召喚させた王様が大喜びしてやがったよ。三十人も勇者がきた、とか何とか」
「なるほど」
ユウラは相づちを打った。
「おそらく精度を高めるために多めに生贄を使ったんでしょうが、それでもお釣りがくるほどの召喚に成功したわけですね」
「その口ぶりだと」
慧太は、ますます顔をしかめた。
「オレたちを召喚した時も、十二人……いや、それ以上の人間が生贄として用いられたと言うことか」
「そうでしょうね」
どこか同情的な視線を寄越すユウラ。慧太は問うた。
「生贄ってことは、やっぱ生贄にされた人は死ぬんだよな?」
「ええ。魔素の塊とも言える魂を消費するのですから、当然その者も命を失います」
「はずれクジ三十人を呼ぶのに、大勢死んだのか」
「事実のみを言うのなら、そうですね」
ユウラは否定しなかった。
「もちろん、当たりかはずれかは結果論ですが」
ただ――ユウラは言った。
「その王様にとってははずれでも、セラさんにとっては、あなたは当たりだったと思いますよ」
もちろん、彼女が呼んだわけではないですが――ユウラはそう付け加えた。
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