第207話、逆襲


 丸々とした体躯を持つ肉食恐竜じみた顔の魔獣――ドラウは、体高は二メートルを超えており、全長はその倍以上。横に大きな口は、子供など一口で飲み込んでしまえるほど大きい。

 盗賊の魔獣使いにけしかけられたドラウが二頭、前に出る。慧太とキアハ、それぞれ一頭ずつ差し向けたのだ。

 その寸胴な胴体からくる重そうな外見に反して、地を蹴り突っ込んでくるさまは中々速い。慧太は魔獣の噛み付きを横に飛び退くことでかわす。


 ――噛み付き、突進からの体当たり、踏み潰し……あとは尻尾くらいか。


 ざっと魔獣の攻撃手段を推測する。かわしたついでに、地面に足をつけた瞬間、踏ん張り、右手に握る斧を振りかぶる。

 爬虫類特有のうろこ状の皮膚。しかし蛇などと違い、どちらかと言えばワニを思わすごつごつと硬そうな見た目だ。これに加えて、外見から想像される、たっぷりとある肉脂肪が、生半可な物理的攻撃を跳ね返しそうであった。


 ――モノは試し……!


 戦斧を叩きつける。刃がザクリと表皮を割った。しかし予想通り、肉厚でそれ以上の侵入は防がれた。


 ――参ったな。


 この程度の打撃では何十積み重ねてもこの魔獣を倒すのは難しいだろう。リアナの弓では同じく表皮に刺さる程度。セラの光剣、ユウラの高威力の魔法くらいないと手間取りそうだ。

 どこか弱いところを見つけて攻撃――それはどこだ? 喉とか……顎肉は分厚そうな上、ちょっと狙い難い。


 ドラウが顔を動かし、こちらに身体を向けると再び噛み付いてくる。

 口が届きそうな距離だから体当たりや踏み潰しではなく、噛み付きなのだろう。軽くステップを踏むように跳びながら、大きな口に並ぶ櫛のような歯を逃れる。


 ――外がダメなら……。


 慧太は左手に、身体の一部を分離した黒い玉を形成する。その形はたちまち、爆弾の形に変化する。……昔、こういうのあったよな!


 大口上げて吠えるドラウ。慧太はその口腔に左手の爆弾を放った。口の中に入った衝撃に魔獣はパクリと口を閉じたが、次の瞬間、爆弾が口の中で爆発する。

 嫌な音がした。ドラウは白目を剥き、顔中の穴という穴からうっすらと黒い煙を吐きながら、顔面から地面に突っ伏した。


 ――はい、一丁上がり! キアハは……!?


 視線を向ければ、すさまじい衝撃音が木霊した。

 キアハに襲い掛かったドラウは、その顔面を金棒で叩き割られていた。脳天を割られるというのは、ああいうことを言うのかもしれない。

 倒れるように前のめりになる魔獣。キアハは素早く金棒を振り回し、前傾するドラウの、今度は下あごを横から叩き飛ばした。


 ドラウはひっくり返った。地面に倒れたトカゲ魔獣は尻尾の先をわずかに痙攣させたようだったが、すぐに動かなくなった。どうやらあの固い燐板りんばんを、怪力でぶち抜いてしまったようだ。


「すげ……」


 思わず声に出てしまう。たった二発殴っただけで魔獣を撲殺してしまったキアハに、盗賊らは絶句した。

 だが魔獣使いがすぐに我に返り、残る三頭を一気にけしかけた。

 威嚇の咆哮を上げ、ドラウが突っ込んでくる。

 慧太はキアハの前に割り込むと、両手に爆弾を作って魔獣へと向かっていく。

 大口を開けて、噛み付かんとするドラウ。……そうそう、とりあえず噛み付く――多くの肉食獣の攻撃パターンだ。

 慧太はすれ違いざまに、爆弾をその大きな口へとそれぞれ放る。あいだを抜け、二頭が慧太を追わんと振り返った瞬間、爆弾が爆発した。


「キアハ! もう一頭は任せるぞ!」


 そのまま走りぬけ、両手に斧を再び形成。魔獣使いと盗賊らへと突進する。

 魔獣使いが手にした鞭のような棒を身構えた時には、すでに慧太は至近距離に飛び込んでいた。……こうも早く魔獣を仕留めるとは思わなくて、手元がお留守かい?


 斧が、魔獣使いの首を裂いた。


 反応の早かった盗賊が短剣や手斧を持って、慧太に挑みかかる。流れるように――慧太は足を止めない。片方の斧で盗賊の斬撃や打撃を弾き、残る片手の斧を叩き込む。

 キアハが残る一頭のドラウを金棒であっさり仕留めた後、盗賊らと交戦する慧太のもとに駆けつけた後は、一方的な狩りが始まった。



 ・  ・  ・



「あれはいったい何だ?」


 盗賊団シャンピエンの団長ダシューは、戸惑いを露にする。


 あの空中を旋回する白い翼と黒い翼の女騎士――あれはいにしえの伝説にある戦乙女なのか。

 白兵武器の届かない上空から、光と氷の槍を無数に降らせ、配下の盗賊たちが次々に地に倒れていく。

 包囲などあってないようなものだった。側面と後方より囲み、先陣を切った騎馬隊はすでに壊滅。ダシューら後衛として追いついた騎馬と徒歩の兵ら本隊は、騎馬隊が形成するはずだった包囲の穴を埋めるように馬車へと殺到していた。

 だが、戦場を見下ろす猛禽もうきんか、はたまた死神か。翼を持つ女騎士たちによって彼らは屍を築いている。


 敵はたった二人――


 それが空を飛び、地を進む盗賊たちを脅すように急降下したり、上空へと飛び上がったり。

 白き天使は光の槍で、黒き死神は無数の氷の刃で、盗賊らを貫き、打ち倒していく。彼らは、完全にその二人に呑まれていた。


 黒き死神が急角度で突っ込んでくる。地面に激突するかのような勢いで。

 部下らはそれを避けようと逃げるが、死神は衝突することなく地面すれすれを飛ぶと、標的と見定めていた者を、手にした角のような槍で串刺しにし空へと持っていく。

 そして、すでに空中で事切れている兵は、その高さから地面へと落とされ、無残な肉塊となる。……それがどれほど、周囲の者たちの恐怖を煽ることか。


 死神の所業に気をとられていると、白き天使が光の槍を放ってくる。無防備に立ち止まった者たちはそれで数をすり減らしていき……盗賊たちは完全に逃げ腰になっていた。

 まだ踏みとどまっているのは、ダシューが『撤退』の命令を出していなかったからだ。……いや。すでに恐慌をきたし、逃げている者もいた。


 こちらも手をこまねいているわけではないのだ。

 ダシューは歯噛みする。

 弓やクロスボウで武装した者が、上空の殺戮者を撃ち落そうとしていた。


 だが、馬車に陣取る例の射手――狐人の女が射撃しようと構えた者から射殺していった。まるで完全に上空に意識を取られている盗賊たちに『こちらも忘れるな』と言わんばかりだ。

 上空の二人の戦乙女たちも、円を描くように飛行しながら、それぞれを狙う投射武器持ちを真っ先に仕留めていった。片方を狙う者をもう片方が撃つ。

 そうやって空への対抗手段を持つ者から倒された結果、こちらはもはや一方的に蹂躙される側へと移行した。攻撃が届かなければ倒しようがなく、また彼女らを無視して馬車に向かおうと背を向ければ、狙ってくださいと言っているようなものだ。


「……見事だ」


 たった数名の傭兵。いや、彼、彼女らは本当にただの傭兵なのだろうか?

 はじめはトィアーテ村に、金持ち令嬢を護衛する妙な傭兵らがいるという話だった。それが先日逃した積荷と一緒に移動すると聞いて、ついでとばかりに襲ったが……。


 ――ここまでの敗北を誰が予想できた……?


 令嬢、奴隷の踊り子、付き人と思しき娘。その他にはオーガという亜人女と狐人、魔法使いと戦士のはずだった。

 いざ襲ってみれば、うち三人が魔法の心得があった。そこまではまだいい。魔法使いが数人程度なら、数で押せばやがて消耗する。

 だがあの天使と死神もどきは何だ? 光と氷――魔法使いのうちの二人は彼女らだったが、そんな空中から攻撃してくる存在などまるで聞いていない。


 この怒りをどこに向ければいいのか。


 ダシューは、しかし大きな溜息を吐き出した。あごひげのマオスら幹部は、不安げに団長の背中を見やる。我らが団長が、あからさまな溜息をつくときは、激しく怒っている時だと知っているから。


「だいぶ、遅いとは思うが」


 ダシューは振り返った。表情はいつもと変わらないが、その目には激しい憤怒の色が見える。


「退却命令を出せ」

「……」


 幹部らは一様に俯いた。たった数名の敵、たった一台の馬車を襲い、何の成果もなく、多大な損害だけ出して、おめおめ逃げるなど。

 この地方に名をはせる大盗賊団シャンピエン。アルトヴュー王国の正規軍すら恐れさせる盗賊――その構成員として屈辱以外の何者でもなかった。


「聞こえなかったか? 一端、戦場から離脱する! 合図を出せぃ!」


 幹部らは慌てて、団長の命令を実行に移す。退却の合図が戦域に轟く中、ダシューは踵を返した。


 ――やつらはあくまで傭兵だというなら、こちらを追ってくることはあるまい。だが……。


 ただでは済まさんぞ――憎悪に満ちた表情を浮かべるダシュー。このままで終わらせるつもりは、毛頭なかった。

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