第208話、盗賊を退けて
盗賊たちは撤退した。
襲撃の結果、彼らが被った損害は小さくない。……いや、普通に考えれば、大損害と言ってもいい。
慧太は、街道わきの土手、戦場となった草原を見渡す。
血の跡も生々しい。盗賊たちの死体、肉片、血痕。
日が傾き、夕焼けに染まる空。慧太は太陽の光に反してそっと影を伸ばす。丸々したトカゲ魔獣を影――シェイプシフターの身体の一部が接触し、取り込み喰らう。
カーフマンや他の者の視線は、セラやサターナのほうを向いている。その隙を狙っての捕食だ。
とりあえず、爆弾を食わせて仕留めた三体もいれて、五体中四体を影に沈める。……残る一頭は状態がいいので、夕食にどうだろうかと思う。リアナが上手く
慧太は馬車へと戻る。御者台の上でカーフマンはガタガタと震えていた。退けたとはいえ、あれほどの数の盗賊に襲われたことないだろうから、ショックだったのだろう。
「大丈夫か?」
慧太が声をかければ、自身を抱きしめるように腕を押さえていたカーフマンは叫ぶように言った。
「シャンピエンだぞ! いや、生きていられるだけで感謝だけど、やっぱ、こええ……」
「シャンピエン?」
「盗賊だよ! あんたらが追い払った」
ああ――慧太は、改めて盗賊らの遺体を見やる。
「ここいらじゃ、一番厄介な連中だよ。……いや、これまでだって連中に襲われたことはあるけど、ここまで規模の大きい襲撃は初めてだ」
しかも――カーフマンは頭を抱えた。
「ここまで一方的にやられたとなると、あいつら、どんな報復してくるかわかったもんじゃねえ!」
「報復?」
そうだよ、と青年は言った。
「あいつら、自分たちの敵にはほんと容赦がねえから! 死体を引きずり回して、吊るしたり、目をくり貫いたり舌を引っこ抜いたり……」
ああ、もう俺知らねえぞ! ――とうとう、泣き出してしまった。
ふむ――慧太は馬車の荷台屋根の上であぐらをかいているリアナを見上げる。
狐娘は相変わらずの無表情。戦場跡を眺める彼女は、はたして何を考えているのやら。
「大丈夫か?」
奇しくもカーフマンにかけた言葉と同じになる。リアナは、すっと視線を慧太に向けると、腰につけていた矢筒のベルトをはずして持ち上げた。
「全矢、撃ちつくした」
「お疲れ」
慧太が労えば、リアナは立ち上がった。
「漁ってきてもいい?」
「どうぞ。まだここを動かない」
わかった――リアナは再び矢筒を腰に巻くと、馬車天井から飛び降りて、戦いのあった平原へと走った。
慧太は、震えているカーフマンの肩を軽く叩くと、御者台を降りた。
仲間たちのもとへ。セラがキアハと談笑していた。――どうやら魔獣に立ち向かったキアハをセラが褒めているようだった。前髪から片目を覗かせる大柄の少女は、顔を朱に染めて照れていた。
「ケイタ」と、セラがこちらに顔を向ける。
「怪我は?」
淡々とした口調になっていた。セラはやや疲れの見える表情ながら、小さく笑みを浮かべる。
「大丈夫よ。かすり傷ひとつ負っていないわ。ケイタは、大丈夫そうね」
「まあな」
慧太は小さく頷くと、視線をサターナにスライドさせた。
「さすがだな」
どうも――サターナは笑みを返したが、柔らかさより牽制するかのような声だった。……表情から慧太の心象を悟ったようだった。
ユウラとアスモディアが来る。
「慧太くん、少し話が」
「盗賊か?」
「ええ。カーフマン氏の話では、シャンピエンという連中らしいですが」
うん――名前はさっき本人から聞いた。とても残忍な盗賊らしいということも。
「彼らは一度は撤退しましたが、今回の規模を投じたにも関わらず、引き下がるのは彼らの
「……だろうな」
カーフマンの脅えを見ればわかる。
「態勢を整え、反撃してくるだろうな。連中はオレたちが魔法と……あと空から攻撃が可能という事実を知った」
慧太の言葉に、苦いものが混じる。
セラとサターナの空中からの襲撃と、リアナら地上からの援護の組み合わせは、シャンピエンの主力部隊を撃退する効果を発揮した。本当なら賞賛すべき活躍であるが、手放しで喜べなかった。
「そこから次に奴らが打つだろう手は?」
「時間的に見て、おそらく夜間の奇襲を仕掛けるでしょう」
「……こちらに狐人(リアナ)がいるとわかっていてか?」
「それでも数で押してくるかと。視界の悪い夜間戦闘となれば、こちらの魔法も制限され、空からの襲撃の可能性も低い、と考えるでしょう」
こちらが見せた利点を夜陰が潰す――そうならば後は人海戦術での力押し。
「今のうちに街道に沿って逃げる――は、無理なんだろうな」
「ええ。馬だって一日中、走れませんから。夜中ずっと移動できるわけではありませんし」
つまり――セラが話に加わる。
「もう一戦、避けられないと」
「そうなりますね」
ユウラは頷いた。長い夜になるかも――青髪の魔術師は意味ありげに慧太を見た。……そんな目をしなくてもオレが何とかしてやるよ。
「わかった。とりあえず、皆は休息をとってくれ。連中が夜戦を仕掛けてくるつもりなら、少なくとも一、二刻の間は攻撃してこない。……オレは奴らの動きを探りに偵察してくる。サターナ、お前はついてこい」
「ケイタ」と、セラが前に出た。
「偵察なら、私も――」
「いや、君は残ってくれ」
慧太は、そこで初めて小さく笑んだ。
「夜に備えて、少しでも休んでくれ。疲れた顔をしているぞ?」
「疲れているなら、あなただって――」
「偵察はオレの得意とするところだ」
慧太は銀髪姫の肩に手を伸ばした。
「オレも後で休みたいから、その時はオレを守ってくれるか?」
途端にセラの顔が真っ赤になった。ドキリ、とさせた――というか、クサイ台詞だったかと慧太は自分でも恥ずかしくなった。
「う、うん。任せて。……うん」
俯くセラ。慧太は自らが招いた羞恥を振り払うようにサターナを見やる。
「行くぞ、サターナ。……ユウラ、後は頼むぞ」
「はい、慧太くん」
ご馳走様、と言わんばかりの顔でユウラは目を伏せた。……無性に一発殴っておきたくなるような顔だった。
セラが「気をつけて」と声をかける。慧太はサターナと馬車から離れた。
小走りで移動しながら、慧太は表情を硬くする。
「怒ってる?」
サターナが同じく走りながら言った。いつものドレス姿の彼女。慧太は一瞥をくれて。
「少しな」
怒りを否定しなかった。
「セラを危険にさらした」
「盗賊と戦う以上、危険がないとでも?」
「まさか空を飛ぶとは思ってなかった」
慧太は言った。
「何の遮蔽もない空で、敵だって弓矢を放つだろうところで! 連中にだって鳥を落とす腕を持った狩人上がりもいたはずだ。万が一、セラに当たったら――」
「地上で戦ったって、矢は飛んでくるわよ」
サターナは冷めた声で反論した。
「ワタシが何も考えずに彼女を空へ誘ったとでも? ワタシを馬鹿にしていない?」
「……」
「ワタシはシェイプシフター、矢が当たった程度では死なない。だから危険な急降下からの攻撃はすべてワタシが担当した。彼女には空中からの援護と攻撃を徹底させた」
「それでも――」
「ええ、攻撃されないという保障はない。戦場での飛び方も教えて、彼女は忠実にその機動を守った。……その点、彼女は経験者の言うことに忠実だったし、迷わず実行した。ワタシの部下だったら、片腕においてもいいくらい」
それは絶賛と受け取るべきだろう。だが――
「わかっているのか? 彼女はアルゲナムの姫で、ライガネンへ向かうこの旅で失ってはいけない存在だ。彼女の代わりなんて、いないんだ」
「そうかしら……?」
「なに?」
慧太は眉をひそめた。サターナは淡々とした表情で告げた。
「確かに、セラフィナ・アルゲナムという人間は彼女ひとり。……でも、彼女の代わりがいないという発言には、異議を唱えさせてもらうわ」
美しき黒髪の美女は、機械のような冷たさで言うのだった。
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