第200話、トィアーテ村


 その村は、街道に寄り添う形で存在していた。商人や旅人のための中継地――それ故に宿や商店、料理処が立ち並ぶ。


 すっかり日は落ちたが、街道に隣接するそれらの建物は照明を明るく灯して商売に励んでいる。

 もうもうたる湯気が立ち上り、香ばしい肉のにおいが漂っている。酒を飲み交わした旅人の一団が、声を弾ませ、時にひどい歌を叫びながら騒いでいる。


 慧太たちはその喧騒の村へと足を踏み入れた。

 酒をあおり、肩を抱き合いながら、よたよたと歩く酔っ払い。

 宿へ急ぐ旅人。

 近所に用事があって移動する村人などとすれ違いながら、適当な宿か食事のとれる場所を探す。人間だらけかと思いきや、犬耳を持つ犬人や、牛頭の牛人など、獣人の姿もちらほらと見える。


「……」


 慧太は、そっと視線を右から左へ。


 村を行く人々から注目されている。


 旅人の一団というのは珍しくないが、まずは品定めされるが如く視線にさらされるものだ。性質が悪い一団だと、何見てるんだこら、とガンを飛ばすところだが――


 先頭を行くのは、黒馬に乗る十代半ばの少女、サターナだった。

 黒いドレス姿の彼女はお人形さんのように整っているが、その衣装と相まって裕福そうな雰囲気をかもし出している。

 そのすぐ後ろには二人の女が控えている。


 鬼魔人の姿で、外套をまとい、肩に金棒を担ぎながら周囲に威圧の視線を向けているキアハ。

 彼女はもともと大柄で背が高い。そこで金棒などを持った姿で、硬い表情などしていると歴戦の傭兵に見えなくもない。年の割りに豊かなバスト――もだが、次に注目を集めるのは、その首にある鋼鉄製の首輪だった。


 傭兵――奴隷か。


 道行く人々は、キアハを見て魔人だろうと思いながらも、別段騒ぎだてたりはしなかった。……たった一つ、首輪をしているだけで。


『首輪というのは、所有される証なの』


 村に入る前、サターナは告げた。


『いわゆる奴隷階級であることが、ひと目でわかる代物よ。つけられるほうは屈辱でしょうけど、傍から見ると別の評価が下されるの』


 それは奴隷とは『物』であることだ。人格は否定され、ただ主人の命令に従う物となる。

 だが物である故に、軽々しく手を出してはいけないということにもなる。

 何故ならば奴隷には所有者がいて、その所有者の『物』である以上財産でもある。

 主人が所有物をいくら傷つけようと平気だが、他人が手を出すのでは話が異なる。ヘタに傷をつけたら賠償金騒動に発展するのだ。


『レリエンディールでも他種族の奴隷はいたけれど、血の気の多い連中も首輪をつけた奴隷には基本手を出さない』


 逆に人間などが首輪なしで歩いたら、襲われて殺されるなんてことがしばしば――とサターナは言うのだった。 

 実際、キアハは鬼の姿をしていたが、首輪をしていることで誰かの支配下――制御下に置かれているものと判断された。


「ね? 問題ないでしょう?」


 アルフォンソの背に乗るサターナが、振り返り小声で言った。キアハは周囲を睥睨しながら頷いた。


「そうですね」


 あくまで主人に従う奴隷戦士のように振る舞う。

 これもまた村に入る前に、サターナに言われたことだ。傭兵らしく、周囲を見張り、見つめる者にはガン飛ばすくらいで、と。


 幸い、キアハをじっと見つめ続けている者はほとんどいなかった。……むしろ、注目を浴びているのは彼女ではなく、アスモディアだったりする。


 ひと肌脱いでもらう、というサターナの言葉どおり、赤毛の豪奢な髪を持つ女魔人は、シスター服を脱いでいた。


 外套を羽織っているが、その下は踊り子を思わす、かなり露出の強い衣装だった。その暴力的なまでの肉感の胸を覆うのはブラジャーじみたそれだが、胸肉がこぼれそうなほど小さい。下腹部のショーツもまた、ガードが極わずか。ひらひらしたスケスケのレースの飾りが、周囲の男どもの視線を釘付けにした。外套を羽織っているが、正面からみれば、余計にエロさがにじみ出ている格好だった。……プチ露出もいいとこだ。


 後ろにいたセラが口もとを隠しながら言った。


「恥ずかしくないのかしら、あの格好」

「恥ずかしいわよっ、もう!」


 聞こえたらしいアスモディアが、抗議じみた声を上げた。

 その圧倒的に大きい胸が反動で揺れる。何とも股間によろしくないそれに、慧太は一瞬視線をはずしかけるが、アスモディアの顔に注目することで邪な感情を流す。


「いや、そうは言うがな、アスモディア。お前、初めて会った時、それに近い格好だったよな?」


 最近の修道服で忘れがちだが、もとは魔術師のマントの下に、ビキニアーマーじみた衣装。露出度ではほとんど変わらない。


「そうだけど! そうだけども!」


 アスモディアは顔を真っ赤にして言った。


「あれはわたくしのお気に入りだけれども、この奴隷踊り子の衣装は、さすがに恥辱だわ!しかも人間たちに見られるなんてっ!」


 とか言いながら、はぁはぁと息をつき、真っ赤になった顔には隠しようのない性癖が垣間見れる引きつった笑み。

 恥ずかしい自覚があるが、だが心底嫌がっているというわけでもない。もじ、っと身体を揺らたび、周囲の、特に道行く男たちの視線が重なる。


「……まあ、そこまで心配するほどでもなかったか」


 こういう逆境こそかえって燃えるというやつか。にじみ出るMの臭い。とりあえず、そっとしておいてやろう。


「それはそうと――」


 サターナは視線を元同僚からはずし、店が立ち並ぶ街道沿いの建物を見やった。


「どこかで食事と行きましょうか。……リアナ?」

「ん?」

「お行儀がよい店ではなくていいわ。そうね、獣人たちがいるところはないかしら」

「適当に臭いを辿る」


 キアハのそばにいた狐人の少女は先頭に出る。慧太は、サターナの傍に寄る。


「荒くれ者が集まるような店にするのか?」

「これは通過儀礼よ。キアハのね」


 すっと流し目を送るサターナ。


「幸い、この村は交通の要衝みたいね。これまで見てきた集落より、獣人が多い。きっと獣人も受け入れている店があるわ。キアハにはいい経験になるでしょうね」

「……お前って、案外面倒見がいいんだな」


 そうは見えないのだが。

 感心するように呟けば、サターナ――元魔人軍第一軍団指揮官である女魔人は悪戯っ子のような笑みを浮かべた。


「あら、ワタシはこれでも、部下からは話の分かる上官で通っていたのよ」



 ・  ・  ・



「獣人の臭い」


 リアナは、サターナのリクエストにあった酒場を探し当てた。

 牛人が斧を肩に、店の前に座り込んでいるそこは、人も獣人や亜人の姿があり、酒を飲み、談笑したり、言い争ったりしていた。


 騒がしい店、というのが慧太の抱いた第一印象だ。……もっとも、この手の酒場で静かなところなど早々ないのだが。

 アルフォンソから降りたサターナは堂々と先頭を行く。十代半ばの少女と酒場というのは何ともミスマッチな印象だが、当の彼女はカウンターより数歩前で立ち止まると、叫ぶでもなく声を張り上げた。


「マスター! お酒と食べるもの、七人分ね」


 怒鳴ったわけでもないのに、その声は喧騒の中を突きぬけ、周囲を一瞬黙らせた。

 腰に手を当て、不敵な笑みを浮かべる彼女。その後ろに金棒を担ぎ鬼の大女と戦士の一団を見て、店の主人は「七人分な」と頷いた。


「あと、えーと……いまここで飲んでいる人たちの分、ワタシたちが奢るわ!」


 へ!? 周囲が吃驚して顔を見合わせた。

 時たま羽振りのいい奴がそう宣言したりすることもなくはない。だがこの酒場には不釣合いな少女の宣言は、一瞬本気にしていいのかと疑ったのだ。

 冗談言ってんじゃねえよ嬢ちゃん――と周囲が笑い飛ばす寸前、サターナは懐から皮袋を取り出すと、カウンターのマスターに放った。


「……これで足りるかしら?」


 マスターは中を改め、そして野太い声で叫んだ。


「お前ら、このお嬢さんから奢りだ。好きなだけ飲め!」


 マスターのお墨付きが出たことで、誰もサターナを笑ったりすることはなかった。

 むしろ飲み放題宣言が出たことで彼らは勝手に盛り上がり、乾杯を始めたのだった。

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