第189話、公開処刑


 一晩、領主の館で休んだセラのもとに、金髪碧眼の少年司祭ディリーがやってきた。

 挨拶を交わした後、ディリーは、中央広場で鬼の魔人が処刑されるという報せを告げた。その結果、セラは声を荒らげることになる。


「どういうことですか!?」


 なぜ、どうして、というセラに、ディリー司祭は答えた。


「魔人でスパイですし」

「キアハはスパイではありません!」


 セラが怒りを露にすれば、ディリーは困った顔になった。


「ですが、彼女は……魔人ですよね?」

「違います!」


 セラは首を横に振った。


「彼女は、トラハダスという組織によって改造されてしまった一人の少女。犠牲者なんです! 彼女自身に何の罪があるというのでしょう! いえ、ありません! あるはずがない!」


 銀髪の姫君に怒りように、ディリーは困惑を深める。


「魔人では、ないのですか?」

「そう言いました!」


 ぴしゃりとセラは言った。


「彼女を苦しめたトラハダスの者を裁くのはともかく、その犠牲者で、敬虔な太陽神信徒である少女の命を奪うのは、聖教会といえども神の意思にそむく行為ではありませんか?」

「……処刑を決めたのは、ここの領主であって、聖教会では」

「では、このまま見殺しに?」


 セラは悲しげな目になる。大いなる失望。人々を導き救うという聖教会も所詮、この程度かという落胆。

 ディリー司祭は傷ついた顔をしている。紳士らしく振る舞っていても、そこは歳相応の子供だったか。……わずかながらの後悔をセラがおぼえた時。


「あなたの言うとおりだ」


 ディリーは考え深げに言った。


「悪いのはトラハダス――邪神教団の者たちであって、その犠牲者たる少女に罪はない。むしろ、救済が必要ではないか」


 ばっ、と少年司祭は顔を上げた。


「さすがセラフィナ姫様。あなた様は慈悲深い。まさに天使、地上に降臨された女神様だ!」

「え……あ……?」


 この少年が何をそんなに興奮しているのかわからなかった。逆に困惑してしまうセラの手を、ディリーは握った。


「はやく、お救いしなければ。ここにいても埒があきません。行きましょう!」

「え、は、はい!」


 少年に引かれるまま、部屋を後にする。屋敷内を抜け、階段をくだり、頭を下げるメイドらの脇を抜け、外へ。そこには一台の馬車が止められており、ディリーはセラを連れてままその客車に飛び乗った。


「出せ!」


 馬車が動き出す。ディリー司祭の隣に座りながら、セラは思わず両手を組み合わせ、祈るのだった。

 


 ・  ・  ・



 浴びせられる言葉は、冷たく、そして鋭い。

 魔人め!

 地獄に堕ちろ!

 圧倒的多数の人々に叩きつけられるその言葉は、まるで見えない剣のように、キアハの身体を突きぬけ、心臓を貫いた。


 違う! 私は人間だ! 


 何度、その言葉が口を出かけただろう。だが、それを許さない空気に満たされている。

 圧倒的な声。耳を塞ぎたくなるような声の波は、少女を容易く飲み込み、沈めていく。


 繋がった鎖がジャラジャラと音を立てる。

 鋼鉄の手枷は手首を固定されていて、しかも後ろ手だ。キアハの怪力を持ってしても引きちぎることはできない。せいぜい、看守が引っ張っている鎖くらいだろうか。

 それでも手が自由にならない以上、この鎖を引きちぎっても、多数の兵に取り囲まれ、そして殺される。

 結果は同じなのだ。縄で首を吊るか、剣や槍で物理的に串刺しにされて死ぬかの違いでしかない。


 この詰め掛けた民衆たちは、キアハが死ぬのを望んでいる。

 いや、正確には人類に敵対する魔人が死ぬざまを見たいのだ。

 名前なんてどうでもいい。魔人のような姿になり、常人離れした身体能力を持つ半魔人だろうが、純粋な魔人だろうが、それすらも関係ない。……ひょっとしたら、魔人であるかすら関係ないのかもしれない。


 容赦なく浴びせられる罵声。

 それに混じって石が飛んできて、キアハに胸に当たった。

 痛い。

 痛い……。

 痛いっ!


 民衆の投石にも、キアハは顔を上げなかった。

 見たくなかった。敵意に満ちた声だけで押し潰されそうなのに、憎悪に染まっているだろう人々の顔を見るのが、怖かったのだ。

 足取りは重い。絞首台へ。死ぬために歩いている。処刑されるためだけに、最期の瞬間を生きている。


 じわっ、と目頭が熱くなった。唇を噛む。悲しくて、悔しくて。どうしてこんな目に遭うのか? 私が何をしたのか? 

 自問したとて答えはでない。

 何故なら、キアハは何もしていないからだ。すべてまわりの大人たちの都合で売られ、弄られ、化け物にされた。

 そしてやはり大人たちの都合で、敵意を受け、憎悪の対象として、人々に日頃の鬱積を晴らすための生贄となるのだ。

 そんな人生に意味があったのか。こんな死に方をするために生きてきたのか。


 絞首台の木の板を踏む音が響く。あと数歩で――キアハの首を吊るす太い縄が輪を作ってぶら下がっていた。

 同時に視界がひらけ、処刑の瞬間を待ち望む百人以上の民衆の視線を一身に浴びた。


 殺せ! 殺せ! 悪魔を殺せ! 魔人を殺せ!


 ひとりひとりでは大した力もない人間たち。それらが束になって飛ばしてくる怒声に、キアハの肌はざわめいた。


 前に出るのも恐ろしい。


 だが看守に押し出される形でキアハは何とか数歩前に出て、三十センチテグルほどの高さの台に乗せられた。執行の際、その台を蹴飛ばし、処刑対象者の足が床につかないようにするのだ。

 じわじわと首を絞め、窒息に追いやり、死ぬまでもがく様を見世物にする……。


 ドクリ、と心臓が跳ねる。死が口を開ける。

 首に縄をかけられた。固く太いそれがキアハの喉、素肌に当たる。


 しん、と周囲が静まる。いかにも貴族といったいでたちの男が、住民らに向けて何事かを声高く叫んでいる。

 魔人は人類の敵、この世から駆逐しなくてはいけないとか云々、演説をぶっている。しかし、それはキアハの耳には入らなかった。

 目前に迫る死に、口の中がカラカラに乾く。……嫌だ、死にたく、ない。


 わっ、と民衆らが声を上げた。何が起きたかわからず、思わず閉じていた目を見開く。


 次の瞬間、キアハが乗っていた台が蹴飛ばされ、その身体は宙に浮いた。縄が喉に食い込み、たちどころに気道を締め付けた。


 ――こんな、のっ……て……。


 視界がぼやける。何故か騒いでいる住民たちの中に、見覚えのある黒ローブの男が立っていた。

 クルアス――憎きトラハダスの魔術師。

 彼は冷淡に、死刑が執行されたキアハを見つめていた。

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