第171話、狂騒
教会二階部に侵入したセラ、キアハ、リアナとアルフォンソ。
下では震動と轟音が連続する。ケイタたちが派手に暴れているのだろう。侵入したこの部屋は無人。今頃、教会の警備は入り口から繋がっている礼拝堂に集中しているに違いない。
セラは白銀の鎧展開状態で翼を消すと、銀魔剣を構える。黒い天馬の姿だったアルフォンソは部屋に入る際に、人型へと姿を変えた。
仮面を被ったようなのっぺりした顔の人型――その体型から女性の戦士のようだった。彼だと思っていたが、本当は彼女だったのだろうか。
リアナが扉の前にしゃがみ、通路の向こうに人の気配がないか確認している。キアハは金棒に盾と戦闘モード。小さな角を生やした鬼娘の姿だが、味方でいると頼もしくも見える。
狐娘が扉をそっと開けた。そのまま通路に出ると左右を警戒する。セラ、キアハはその後に続く。
無人の通路。下の騒ぎに皆が気をとられている。
と、リアナが駆け出した。階段を駆け上がってくる何者かの足音が聞こえた。
あ、と声を上げる間もなく、階段を登りきり通路に差し掛かった教団員――神父のようだったが――は、目の前に飛び込んだリアナの短刀によって首を切りつけられ、その場に崩れ落ちた。
「凄い……」
キアハが呟くように言えば、セラは頷きながら、視線を転じた。
「私たちの目的は、司教を捕らえること」
アルフォンソ――女性型のシェイプシフターを見れば、彼女は反対側の通路を指差し、先導した。
ケイタが事前に送った偵察用の分身体が、教会内のおおよその構造を把握している。その分身体はアルフォンソのもの――慧太がシェイプシフターであることをセラは知らない――だから、彼女に任せれば、司教がいると思しき部屋まで迷うことはない。
・ ・ ・
遭遇した教団員は、視界に入ったが最後、またたく間に倒された。揃いも揃って武装していたから、慧太たちから見て、放置していくという考えはない。
慧太は、ユウラとアスモディアと共に地下の施設へと突入を果たした。
地下二階。吹き抜けになっている地下区は、さらに二階層分広がっていて上の廃教会とは打って変わって広大で、真新しくもあった。
二階部は細長い通路が壁に沿ってあり、所々、部屋があるようだが、吹き抜けになっている構造上、大きな設備があるわけではなかった。……研究設備があるのは、主に地下三階部、つまりこの下だ。
慧太は通路に沿って進み、挑んでくる武装信者と対峙する。両手に手斧を持ち、メイスをもって突進してくる敵の一撃をかわすと、反撃で倒す。反対側から駆けつけた信者は、アスモディアが赤槍を振るい、急所を突かれた。
だが、向こう側の通路でクロスボウを構えた信者が矢を放ってくる。
「うぜぇ!」
至近を通過する矢に、思わず慧太は声を荒らげた。ユウラが右手を構える。
「稲妻!」
弾けるような電撃が吹き抜けになっている中央を通過し、反対側通路の武装信者を一人ずつ狙撃していく。一度クロスボウを放った信者は、次の矢を装填する間に無防備だったから、正確無比なユウラの魔法射撃の餌食になっていった。
「ナイスショット!」
「軽いものですよ」
軽口を返すユウラ。慧太は手すりに足をかけた。
「お先に失礼!」
三階部へ飛び降りる。実験区画、二階部ではさほど感じなかった血の臭いが、鼻腔を刺激した。
ベッド型の固定器、無数の針のようなものがついた台、得体の知れない機械じみた器具――いずれも血の跡が生々しい。床に見える黒い染みも、おそらく血や何らかの薬剤が乾き、固まったものだろう。
一種の禍々しい空気が、三階部を支配していた。魔の瘴気、妙に冷えた空気。ここには狂気と絶望がない交ぜにあり、寒気を呼び起こさせた。
――昔、ヨーロッパでは魔女狩りなんてあったけど。
慧太は、器具の間を駆ける。
――拷問場所ってのは、こんな感じだったのかね……。
嫌だ嫌だ。去りかけ、ふとこれらの器具も壊すんだっけ、と思い足を止めかける。
だがその時、悲鳴が聞こえた。
奥のほうか。分身体が探りを入れた情報では、実験生物の収容区画があった方向だ。――で、そこから聞こえる悲鳴って何だ?
嫌な予感しかしない。だが無視するわけにもいかない。半魔人らは救助対象でもある。教団側が、研究成果を手放すくらいなら殺す、などという暴挙に出るなら、極力止めなければならない。
中央は最下層があるために床がなく、奥へ行くには左右どちらかに迂回する必要があった。
――だが、面倒くさい!
慧太は、ショートカットを選択した。直径三十
「!?」
視線は着地地点に向いていたから、最下層にいたのが何だったのか細部を見ていなかった。だが、そこそこ図体の大きな魔獣だったような。
向こう側へ着地する慧太。……見なかったことにしよう。
実験器具を避けながら、さらに奥へ。その間にも幾つもの悲鳴が耳朶を打った。教団の奴ら、実験の半魔人たちを殺しているんじゃ――
しかし飛び込んできた光景は、慧太の予想に反したものだった。教団の者たちが、半魔人らに身体を引き裂かれ、噛みつかれ、無残な死体となっていく。
檻が開けられていた。中の半魔人らを外に出そうとしたのだろう。だが本来の手順を省略した結果、自由になった半魔人らにこれほどの虐待や実験の報復を受けたのだった。
「……」
慧太は顔を引きつらせた。半魔人たち……だと思うのだが、その多くは、すでに人間だったのが欠片しか残っていない者たちが多かった。
人の顔に虫の足を持つ者。顔面が変形し、醜い化け物になった人型。全身、突起だらけの人面魔獣、片方の手が異様に肥大化した悪魔じみた顔の者などなど――
鬼型のキアハが美人に見える。はっきり言って、予備知識なしで遭遇したら、誰だって石を投げたり武器を向けたくなるほどの化け物たちだった。
なめてた。完全になめてた――慧太は歯噛みする。……教団は、どこまで人というものを異形に捻じ曲げれば気が済むのだろう。
奇声を上げて、半魔人らが慧太へ突進してくる。明らかに殺意のこもった眼差し。教団員とそうでないかの区別がついていないのだろうか。
慧太は思わず武器を構えかけ、すぐにそれを消した。
「待て! オレはあんたたちを――」
助けに――口にする前に、先頭の半魔人が拳を叩き込んできた。慧太は飛び上がってかわす。頑丈なはずの床がへこみ、亀裂を走らせた。……喰らっていれば、人間など簡単に圧殺できる威力だ。
「待て、話を――」
聞く気がないようだった。翼を背中に生やした半魔人が、その足先の爪を向けて飛び蹴りを放ってきた。
こいつらは――慧太は蹴りをかわし、両手に再び手斧を出した。
――もう、人間でもないんだな。
少なくとも挑んでくる半魔人は、人間の理性などなくして、獣以下の思考しかないのだ。
つまり、手遅れなのだ。こいつらは。
「悪いな、あんたら。……そういうことなら、もうその命を絶つしか方法がないわ」
逃げ出せたキアハやマラフ村の住人らには、まだ人間の思考や理性があった。だがここにいる連中にはそれがない。助けるなどと話し合ったが、どうやらそれも徒労に終わったようだ。
「挑んでくる奴は殺す! そうでないなら、大人しくしてろ! いいな!? オレは宣言したぞッ!」
声を大にして叫んだ。
半魔人らは襲いかかってくる。慧太は口もとを歪にゆがめた。
宣言はした。それでも挑んでくる以上、恨みっこはなしだ。
血しぶきが飛び散った。
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