第169話、廃教会へ
リアナが宿に戻った時、一同は慧太とユウラの部屋に集まっていた。
壁際に立っていたケイタが、わずかに眉をひそめた。
「血の臭いがするぞ……?」
彼は、獣人の如く嗅覚に優れているわけではない。だが雰囲気からそれを察することもあれば、普通に臭ったのかしれない。……返り血はほとんど浴びなかったはずだが。
「怪我はないな?」
確認するようにケイタは言った。リアナが簡単に手傷を負うことはないという思いからの言葉。それを信頼と呼んでいいのかは当のリアナにはわからなかった。
「いったい、誰と戦ってきたんですか?」
ユウラが苦笑交じりに言った。
「あなたのことですから、用もなく喧嘩を吹っかけたりはしないでしょうけど」
「トラハダス」
リアナは一言で答えた。それだけ言えば通じるだろう。セラとキアハが顔を見合わせた。
「どういうことです?」
「大方、またこっちを狙って動いていたんだろう」
ケイタは言わずとも理解したようだった。リアナは、じっと黒髪の少年を見つめる。そわそわ……。
「で、敵は何人いた?」
きた――内心、リアナは言いたくてしょうがなかったが、表情には出さなかった。
「三十五人と魔獣二匹」
ケイタは「ひゅう」と口笛を吹いた。さすが、と小さく呟いたのを聞き逃さない。
リアナは小さく頷いた。……内心では嬉しかった。
「三十五人……? 一人で」
セラとアスモディアが驚いた顔をした。
人は、一人で二桁以上倒したと言うと懐疑的な見方をする。本当に、そんなことができるのか、と言わんばかりに。
もちろん、それはリアナの実力を知らないからだが。……だから、きちんとそれを認めてくれるケイタという存在は貴重だったりする。
実際、ケイタは同業者だとリアナは思っている。彼は『暗殺者』ではないと口にするが、リアナが最初に出会った時のケイタは暗殺者であった。
仮に、それがなかったとしてもシェイプシフターの能力は非常に暗殺向きだ。
「それで、この集まりは?」
リアナは、集まっている一同を目だけ動かして見回した。
「トラハダスのアジトがわかった」
ケイタが腕を組んだ姿勢で言えば、椅子に座っているユウラが頷いた。
「今後の憂いを排除するため、このアジトへ乗り込みます」
「
リアナは口走った。……今夜は自分でも饒舌だと思った。この沸き立つような血の疼きがいけないのだ。
少々意外そうな顔をしたが、ユウラは首肯した。
「ええ、そうですね。おそらく抵抗するでしょうから、その時は遠慮なく」
降伏したら逃すというのだろうか――リアナは思ったが口には出さなかった。武器を持ったら敵。挑んできたら敵。それらと対峙したら、多分、降参する暇など与えず倒してしまうだろう。
「まだ、殺し足りないの?」
アスモディアが、どこか険しい顔で言った。先ほど、刺客として迫っていた敵戦闘員を血祭りに上げた直後だ。
「足りなくはない」
リアナは、迷いなく答えた。
「ただ……うずうずしてる」
やばい、本当に今日は饒舌だ――いつもなら無言で通すのに。
「戦闘狂ね、貴女は」
「……だから?」
挑むように返した。自分が戦闘を好んでいることくらい知っている。だから何だというのだ?
「すでに三十五人……」
ケイタが口を開いた。
「だっけ? それだけの戦闘員を失って、敵のアジトの守りは弱くなっているはずだ。だが、連中には魔獣や半魔人がいる。それでこちらを迎え撃ってくる可能性は十分に考えられる」
その視線が、キアハ――すっかり角を生やした灰色肌の大柄の少女へと向く。
「正直言って、キアハを連れて行くことにオレは賛成しないが――」
「慧太くん」
ユウラが咎めるように言った。
「だって、同じように改造された人間とぶつかるかもしれないんだぞ?」
酷じゃないか、というケイタ。キアハは、小さく首を横に振った。
「私は、皆さんと一緒に行きます」
前髪の間から覗く右目が、ケイタを見つめる。
「狙われているのは私です。何もしないわけにはいきません」
「怖くないのか?」
「怖いですよ!」
しかしキアハは言った。
「でも立ち向かわないといけない。……逃げちゃ、ダメなんだ」
呟くような言葉。キアハはセラを真っ直ぐと見つめた。
――この二人の間で、何かあったのかな?
リアナは思ったが、黙っていた。
何にせよ、戦う覚悟を固めた戦士というのは好きだ。リアナは思う。そういう戦士には助けてやりたいという気持ちが沸き起こるものだから。
・ ・ ・
トラハダスの拠点である町外れの廃教会に侵入する。
目的は二つ。
第一に、半魔人らの研究実験が行われている地下施設を破壊すること。
第二に、廃教会アジトの責任者である、トラハダスの司教を捕まえることである。
研究施設の破壊。言うまでもなく、人間を半魔人などに改造したり、魔獣を作り出す悪魔の研究など断固存在するべきではない。二度とそうした非人道的所業が行えないよう、徹底的に破壊する。
そしてもう一つの目的、司教と捕らえるのは、トラハダスの情報を得るためだ。誰がキアハら半魔人の研究に関わっているのか。さらに組織の幹部やその他拠点の所在など、聞きたいことは山ほどある。……あと慧太個人としては、組織内にいるだろうセラを狙っている者の正体を突き止めたい。
この二つの目的を果たすために、ユウラは二つのグループに分かれることを決めた。人数が少ないこちらが分散するのはどうかと慧太は思ったが、どちらかに一つを優先させた場合、もう片方の目的を果たせなくなる恐れがあるのをユウラが危惧したのだ。
一度、戦端が開かれたらスピードが勝負となる。
司教を捕縛する組は、セラ、リアナ、キアハの三人。そして地下施設破壊組は、慧太、ユウラ、アスモディアとアルフォンソ(サターナ)が担う。
ひと気のない通りを進み、慧太たちは町外れへの廃教会へ向かう。
途中、トラハダスの目を気にして注意を払ったがトラブルは起きなかった。一人、建物の屋根を移動するリアナが監視したが、通報された兆候もない。
やがて、真夜中の廃教会、その敷地前に到着した。
かつて石の塀が存在したようだが、所々崩れていて、正面の敷地門以外からでも侵入は容易そうだ。
壁に身を隠し、監視の目がないか確認する。照明がなく、墨を溶かしたように真っ黒だが、慧太の夜目の利く視界は、教会へ続く平地と無数に立てられた墓石が見えた。
――幽霊が出そうな雰囲気。
慧太は心の中で呟くと、振り返った。塀に隠れるようにユウラ、セラがいて、キアハ、アスモディア、黒馬姿のアルフォンソ、一番離れたところにリアナがいて反対側を警戒している。
塀が崩れて穴となっているそこから、侵入を試みる。墓地を盾に進めば敵に気づかれることなく教会まで達せるだろう。
慧太がその一歩を踏み出そうとした瞬間、ユウラが肩を叩いた。
「慧太くん」
少し待て、と青髪の魔術師。彼は慧太に代わって、敷地内を覗き見る。止められた慧太は、彼が口を開くのをじっと待った。
「……このルートはダメですね」
「なんだって?」
ユウラの言葉に、慧太は思わず小声で聞き返した。計画は、開始寸前で停滞を余儀なくされた。
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