第158話、シェイプシフターVSシェイプシフター


 アスモディアに化けた慧太と、セラに化けたサターナ。

 二人のシェイプシフターが振るう武器同士が金属音を闇夜に響かせる。

 慧太アスモディアの突きを、サターナセラが跳躍してかわせば、反撃とばかりに角剣から銀魔剣に姿を変えた斬撃が水平になぎ払われる。しかし、慧太アスモディアは素早く赤槍の刃先を垂直に走らせ、剣を弾いた。

 サターナがセラの顔で舌打ちする。一瞬の攻防。宙にあった身体が地面に着いた刹那、慧太アスモディアの懐へ飛び込む。

 槍を振り回すスペースを潰す――しかしセラの繰り出す剣は、赤槍の柄、魔法金属でできたそれにぶつかり止められる。


「……一度もぐりこまれたら、槍というのは不利でなくて?」

「と、思うでしょ……?」


 アスモディアの背後、臀部の上にあるサソリの尻尾が、セラの頭上から襲う!

 至近で組み合う中の、ほぼ死角となる頭上からの攻撃。これまでアスモディアに対峙した相手が、ことごとく葬られてきた必殺の毒針は、しかし、セラサターナのとっさの後退で空を切った。


「……呆れた。そこまで模倣するなんてね」


 サターナは苦い笑みを浮かべる。


「あなた、彼女に切り札を使わせたのね」


 慧太が化けるアスモディアは地を蹴り、距離を詰める。槍による連続の突き。セラは剣で弾き、後退しながら怒濤の攻撃を凌ぐ。


「ちなみに……こういうこともできる」


 アスモディアの赤い髪が、漆黒のそれに変わる。あろうことか、その姿をサターナに変えた。セラに変身している当人が目を見開く中、サターナ慧太は不意打ちの竜の尻尾ドラゴンテイル

 セラが数メートル、後退する。しかし衝撃は腕に具現化させた盾で防いでいる。


「……見た直後の技を使って、相手の動揺を誘う……知ってるわ、慧太。あなたの常套手段よね」


 サターナセラは口もとを歪める。


「でも、本物のワタシはもう少し美人だと思うのだけれど」

「自信過剰は結構だけど、それは自惚れだと思うわ――」


 サターナ慧太が角剣での刺突を浴びせる。セラは防戦一方。


「ちょっと、慧太! それやり難いから、他のに化けてくれる!?」

「お前もな!」


 相手の胴に蹴りを一発入れる。セラの姿だと、たとえ中身が別とわかっていてもやりにくい。

 サターナは慧太に、セラはサターナの姿に戻り、仕切りなおし。


「埒が明かないな」


 慧太は呟く。


「不毛な戦いだ」

「あら? もうバテたのかしらっ!」


 角剣を具現化させたサターナが再び飛び込んでくる。

 慧太は手を広げ、構えもせず立っていた。結果、心臓と右わき腹部を、サターナの角剣スピラルコルヌにそれぞれ貫かれた。

 無防備に攻撃を許した慧太に、サターナは眉をひそめる。


「いったい何のつもりかしら……?」

「言ったろ? 不毛な戦いだって。シェイプシフター同士が殴り合っても仕方ねえっての」


 物理耐性が高いシェイプシフターは、斬ろうが叩こうが引き裂こうが死なないのだ。だから『人間なら』心臓がある位置を貫かれようが、慧太はピンピンしている。


「そう? 少なくとも、あなたの身体に突き入れている剣に魔力を込めて開放すれば、あなたを倒せるかもよ?」


 サターナがニタリと笑った。慧太は思わず相好を崩した。


「そいつは考えもしなかったな。オレも迂闊だった。なるほどね、そういうやり方もあるの、かっ!」


 次の瞬間、慧太の胴体から無数の漆黒のトゲが伸び、サターナの艶やかな身体を串刺しにした。今度は狼耳の魔人女が感心する番だった。


「なるほどねぇ。シェイプシフターには密着するほどかえって危険ということね」

「あまり人には見せられないがね」

「でも確かに物理で殴っている限り、決着がつかないわね」


 豊かな胸、細い腰、太ももを貫かれながらも痛みを感じないが故に、サターナは平然としている。慧太は彼女の身体を串刺したまま、背中から倒れこんだ。女魔人は驚くまま、慧太の身体に馬乗りになった。


「決着ならつくさ。シェイプシフターには……『捕食』という手がある」


 ズブリと、慧太の身体に接しているサターナの身体が溶けるように沈み込み――


「ちょっ……! 待って、待って、待って!」

「お互いに溶け合う……どっちがより取り込む力が強いか。一つになった時、どちらの意識が残っているか賭けてみるか?」

「待って、待って! ストップ! ストップよ! ワタシの負けでいいから!」


 サターナが武器を身体に戻して降参とばかりに手を上げた。慧太も捕食吸収をやめ、彼女の身体を貫き留めていたトゲを収納した。


「もう、本気にしないでお父様。ちょっとじゃれただけじゃない」


 サターナが拗ねたような顔を見せる。美女の拗ね顔は、それはそれで艶やかだが――お父様だって?


「何でお前、さっきからオレをお父様呼ばわりしてるんだ?」

「それはワタシがあなたの娘だからよ……って、言ったわよねさっき」

「魔人の娘を持った覚えはないんだが」


 慧太が真顔で言えば、サターナは馬乗りのまま、その好戦的な顔を近づけた。


「シェイプシフターよ、もう。怪物、魔物の類であることは認めるけれど」


 まるで恋人にキスをねだるが如く、甘えた声。少なくとも敵意は欠片も感じない。妙に緊張してきた。もし人間だったら、肌にしっとり汗が浮かんだかもしれない。


「お前はレリエンディールのサターナ・リュコスだ」

「ええ、ワタシの意識、記憶は彼女のものよ」


 サターナの瞳が、じっと慧太の瞳を見つめる。


「でも、ワタシは死んだ。あなたに喰い殺されたのよシェイプシフター。そしてそのあなたから生まれたから……ええと何と言ったかしら。……そう! あなたの世界で言うところの異世界転生した物語の主人公みたいな感じ、かしら。一度死んで、別の世界で前の記憶を持ちながら別の人生を始める、みたいな?」


 そんな言い方をするサターナに、慧太は微妙な気持ちになった。異世界の住人から異世界転生と言われるのは、何とも萎える感じだ。同時に、皮肉でもある。


「何となく理解したが……お前はオレの記憶がわかるのか?」


 異世界なんて言葉を口にしたのだ。慧太がこの世界の住人でないことを理解しているとみて間違いないが。


「忘れたの? 元々あなたの身体から分離したものからできたのよワタシ」


 サターナは上半身を持ち上げ、馬乗りポジションに戻る。改めて、中々発達したお胸のボリューム、それを下から見上げる格好の慧太である。


「完全ではないけれど、ある程度、あなたの記憶や知識は受け継いだわ」


 ふむ――慧太は考え込む。どうしたものか。


「それで、お前はこれからどうするんだ?」

「どう、とは?」

「レリエンディールに帰るのか?」


 慧太と違って、ここは彼女の世界。帰ろうと思えば、故郷に徒歩でも帰れるはずだ。

 そしてセラと対抗する――もしそうなら、ここで滅ぼさねばならない。


「元魔人としては、それが正しいのかもしれないわね。元人間のあなたが人間のサイドに立っているように」


 だが、サターナは首を横に振った。


「立場や状況が変われば、身の振り方も変わるわ。しばらく事態を静観させてもらうわ」

「静観?」

「色々思うところはあるのよ。しばらく、あなたのそばにいるわ……お父様」


 その細い手を伸ばし、慧太の両頬に触れる。


「意外だな。オレはお前を殺したんだぞ?」


 憎くないのか。先ほど剣を向けてきた――本心から敵意を抱いていたわけではないのは、うすうす感じ取ってはいたが。慧太は借りのある相手、もとの自分を殺した相手であるのだ。


「ええ、でも、ワタシを殺した相手があなただったおかげで、またこうして生きている」


 サターナは笑んだ。


「そして、もし元の記憶がなければ、やはりあなたを父としてワタシはあなたの傍にいたでしょうね」

「だから、考えるか」


 慧太は納得はしないが、おぼろげながら一定の理解はした。


「その結果、人間の味方になることもあれば、敵になる可能性もある、と」

「……ええ」


 黒髪の美女魔人の姿のシェイプシフターは頷いた。慧太は意地の悪い顔になる。


「下した結果が、人間の敵になるものだったら、その時は――」

「ええ、その時は……本気で殺し合いましょう」


 お父様――サターナは慧太の胸に自身の額を当てた。

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