第147話、セラ VS キアハ


「あなたは、魔人……!」


 セラの投げかけた言葉に、キアハは一瞬キョトンとした。

 次に浮かんだのは、皮肉とも自嘲にも見える笑みだった。


「そうですね、この姿を見れば、魔人だと思いますよね……」


 灰色の肌、額に二本の角を生やした黒髪の少女。その金色の瞳に、殺意が宿る。


「あなたはマラフ村の人々を見てしまった。そして私のこの姿も……だから」


 死んでください。


 鬼魔人姿のキアハは踏み込む。大柄な体躯に見合わぬ、鋭い加速にセラは一歩挙動の遅れを悟った。

 振り下ろされる金棒、セラのアルガ・ソラスが割って入る。魔力反発を起こし、双方が弾かれる。……いや、セラは反発を利用して、窮地を脱したのだ。


「ダメじゃないですか、避けたら」


 キアハは追いかける。


「私には村人を守るって役目があるんですから。早く帰らせてくれませんか?」


 金棒を振り回す。風を切る音が連続する。セラは下がる、下がる、下がる!


「……こんな山奥で」


 セラは、キアハの金棒の振り下ろしを避けると、身を翻して反撃に出る。


「いったい何を企んでいるの! 魔人軍はッ!?」


 小型盾が、セラの斬撃を受け止める。キアハは眉をひそめた。


「魔人軍? 何を言っているのですか、あなたは? 私は魔人軍では……ありません!」


 足を砕くべく横薙ぎの一閃。セラはジャンプしてかわす。


「私たちは、ここで静かに暮らしているだけです! その平穏を壊しにきたのは、あなたではありませんか!」

「私が……?」


 セラは距離をとる。さっきからこの鬼娘は何を言っているのか。魔人軍ではない? 平穏?


「魔人のくせに魔人軍ではないなら、あなたはいったい何なの!? 」

「私は人間だっ!」


 キアハは怒鳴った。だがすぐにそれを恥じたように、表情が戻る。


「いえ、人間だった、というべきですね。私も、マラフ村の人たちも……元は人間でした。身体を弄られ、こんな姿になるまでは!」


 元、人間……? セラの動きが止まる。しかし剣は下げない。キアハは今だ身構えている。


「……人間たちは私たちを魔人だと言って追い立てる。人間は、私たちの存在を許さない。そしてあなたは私たちの正体を知ってしまった。生かしておけば、大勢の人間を連れて私たちを殺しにくる……!」


 キアハは小型盾を掲げ、突進する。


「私たちの村のために! 私は、あなたを殺す!」


 兜ごと頭を砕かんとする一撃。だがそれが届く寸前、セラのアルガ・ソラスが横合いから力いっぱい叩きつけられ、金棒が逸れる。


「だから、ケイタを殺したというの……?」


 セラはポツリと呟く。キアハは殺意を剥き出しに再度、金棒を振りかぶる。


「あなたたちが、来なければぁ……っ!」

「……!」

 

 セラの青い瞳に深い怒りがこもる。一瞬、キアハは心臓を鷲づかみにされたような強い意志を感じ、怯んだ。

 銀髪の戦乙女は銀魔剣を振るう。鋼のような冷徹な意志にさらされ、キアハは一歩下がり、金棒でそれを弾く! ……いや、弾かれたのは金棒のほうだった。

 魔力同士の衝突による反発効果。セラが渾身の一撃を叩き込むたびに、守りに入る金棒が右へ左へと弾かれる。


 がら空きになる正面。斬りかかるセラ。胴を両断する一撃。しかしキアハは盾のある左腕を滑り込ませて、からくも攻撃を逸らす。

 セラの身体が前傾し流れる。キアハはとっさに膝を出した。その一撃はセラの胴に入り、彼女を雪上へ倒れこませる。

 倒れた銀髪の女騎士。キアハは素早く息を整え、金棒を振り上げる。これまでどおり。人間の頭部を砕く。それで脳髄を撒き散らして息絶える。

 だが寸前、セラは横に転がることで金棒の一撃を間一髪避ける。雪に塗れて、しかし腹部を押さえながらも剣を構えて立ち上がる。

 荒い呼吸。畳み掛ける――キアハは再度挑みかかるが、そこでセラは引くどころか突っ込んできた。正確には肩からの体当たりだ。


「しまっ――」


 振り上げた金棒は、懐に飛び込まれては振るえない。それどころか両手を挙げて、がら空きとなった胴に、セラの白銀の鎧の固い肩当をまともに喰らった。

 倒れることはなかったが、この一撃は痛かった。そこからの足首裏に、セラの足が回り、引っ掛けられてキアハは背中から雪の上に倒れた。

 立場が逆転した。立っているのはセラ。光り輝く銀魔剣を喉に突きつけられ、動けないキアハ。


「村を守りたいっていうあなたには同情するけれど、あなたは私を生かすつもりはないんでしょう?」

「……」

「ケイタを殺したように。……あの人を私から奪い、今度は私の命も奪おうとするの」


 セラの青い瞳が揺れる。

 こみ上げてくるのは、ここまで旅を共にした黒髪の少年戦士。

 彼の皮肉な笑顔、幾度となく危機を切り抜けた姿、温かな背中――胸を引き裂かれるような痛み。視界が溢れてきたものでぼやけだす。


「あなたにはあなたの都合があるんでしょうけれど、私にも私の都合がある。……ライガネンへ行かなければならない」


 故国のため、多くの民のために――声が震えた。湧き上がる怒り、心臓が跳ね上がり、血液が沸騰する。


「だから、ここで死ぬわけにはいかないの……!」


 銀髪の戦姫は、鬼魔人の少女の首を光剣で――


「……とりあえず、剣をしまえ、セラ」


 背後から、すっと腕を掴まれた。かけられた優しい声音は、二度と聞けないと思っていた彼のもの。背中から抱きしめられるように、ケイタの手がセラの手を引かせる。


「ケイタ……?」


 確かめるように、その名を呟く。全身を巡っていた溶岩のごとき熱が、すっと引いていく。彼の声は、セラの耳朶を優しく打った。


「誰も死んでない。彼女を殺す理由もない」


 ケイタ――嘘でしょう? 信じられない。戦っていたことも忘れ、セラは身を翻して、そのまま彼に胸に顔をうずめた。すでに溢れる寸前だった涙がとめどなく流れる。


「バカ、死んじゃったかと思ったじゃない……!」

「おいおい、バカは酷いな。オレはヘマしたつもりはないんだけど」


「どうして――」


 その声は倒れているキアハのものだった。黒髪の少年は皮肉げに口元を歪める。


「オレを殺したと思ったか? 残念だったな、オレは忍者なんでな。忍法『変わり身の術』ってな!」


 もちろん、実際に吹っ飛ばされたのは彼本人であり、人間だったらこんな軽口たたく以前に間違いなく死んでいた。

 だが、セラはもちろん、キアハもそれを知らない。

 目の前の少年が、『人間ではない』ことなど。

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