第143話、頑なな住人


 少女は十代半ば。黒髪はうなじあたりまで伸ばしているが、前髪が長く、それが左目にかかり隠していた。

 体格は女性としては大柄であり、セラの背後に立っていても彼女が大きいのがわかる。身長も、あと胸辺りの発育具合も。

 革鎧を身に付けているところからして、戦士あるいは傭兵かもしれない。だがやや幼く見える顔立ちのせいか、少し迫力に欠けているように慧太は感じた。彼女はナイフをセラに突きつけているのだが……。


「この村の住人か?」

「武器を捨てろと言っている!」


 少女は歳相応の声だが、どうにも固い。殺意の成分が薄いような。本人はいたって真面目、いや本気なのだが、それがいまいち慧太に伝わらない。


「ああ、それなら心配ない」


 慧太は右手からダガーを消して――正確には自身の身体に戻して――両手を見せる。


「見ての通り、持っていない」

「……」


 少女は、慧太を値踏みするようにじっと観察する。腰に差しているダガー、ポーチ、手甲――とこちらの装備を見定めて。


「お前たちは、何者だ? 何しにここへ来た?」

「オレは傭兵だ」


 慧太はセラを指差す。


「そちらのお嬢さんを、ライガネンへ連れて行く途中でね。厄介な連中に追われてこの山に逃げ込んだんだが、集落を見かけて……」

「そうなのか?」


 少女はナイフを突きつけているセラに問うた。頷くセラに、少女は慧太へと視線を戻す。


「敵ではないのか?」

「敵?」


 慧太は肩をすくめた。


「敵って……?」


 正直に聞けば、少女は溜息をついた。


「盗賊や……そのほかの面倒な連中ではないか、ということ」

「面倒ごとを抱えてはいるが、少なくともあんたと対立する理由はない……そのお嬢さんを傷つけない限りはな」


 威圧を込めて言えば、少女はキッとにらみ返した。だがナイフはしまい、セラを解放した。


「何しに来たかは知らないけれど、さっさと出て行ってくれませんか」


 敵ではないと判断したのだろう、口調は改まったが、だがその声質は堅く、よそよそしい。慧太は階段を下りつつ、セラに歩み寄る。彼女は何か言いたげに少女の背中を見つめていた。


「怪我は、なさそうだな」

「ええ、私は大丈夫」


 セラはその青い瞳を慧太に向けた。


「ごめんなさい。油断した」

「無事ならそれでいいさ」


 んんっ、と少女が咳払いする。さっさと出て行け、という仕草。慧太は首を振った。


「余計なことだと承知で聞くが、二階の連中は何だ? 病気か?」

「あなたには関係ないです」


 少女はにべもない。セラは驚いた。


「病人がいるの?」

「あまりよろしくなさそうなのが十人くらい」

「薬は? 大丈夫なのですか?」


 セラは問うが、当の少女は腕を組んで険しい顔になる。


「あなたたちには関係ありません。お引取りを」

「知られたらマズイことでもあるのか?」


 慧太は言った。


「ひょっとして、あんたこそ、この村の人々に害を与えようとする悪党だったりして」


 ピクリ、と少女の眉が動いた。現れたのは怒りの感情。


「何も知らないくせに! 勝手なことを……」


 案外、挑発に乗るんだな。冷静に見えたけど――慧太は淡々と告げた。


「ああ、何も知らない。あんたが教えてくれないからな」

「……う」


 少女は思わず声に出してしまう。セラは畳み掛けるように言った。


「もし病人がいるなら――」


 言いかけて、ぐぅ~、とお腹が鳴った。誰の? セラの。

 銀髪のお姫様はお腹を押さえ、羞恥に顔が真っ赤に染まる。


「私、たちで……」

「その前に、何か食べるものが必要だな」


 慧太は肩をすくめた。少し前に携帯食の堅焼きパンを食べたが、食べ盛りの少女のお腹を満たすには足りなかった。



 ・  ・  ・



「事情は説明しますが、そこで大人しくしてください」


 黒髪の少女は無感動な表情で告げた。暖炉に薪をくべ、火を起こす。


「あと、二階には絶対上がらないでください。……伝染りますよ」


 慧太とセラは顔を見合わせる。どうしたものか――ただ黙って出て行くつもりもないので、大人しく椅子に腰掛ける。


「私はセラ、こちらはケイタ。……あなたは?」

「名乗る必要があるのですか?」


 少女は土鍋に水をいれる。


「どうせ、すぐにあなたたちは出て行くのに?」

「……長居するかもしれない。少なくとも」


 慧太は窓の外を見やる。まだ太陽は高いはずだが雲が出ているせいか、薄暗くなりつつある。


「昨日みたいな吹雪に見舞われたら、一泊するかも」

「そうなる前に出て行ってください」

「薄情だな」

「何とでも」


 黒髪の少女は、鍋を暖炉の火で温める。部屋を往復し、調理支度をしているが、時々寄越してくる視線は、どこまでもトゲトゲしかった。


「辺境の人間は排他的だと言うけれど」


 慧太は机に肘をつく。


「こうまで冷たくあしらわれるのはね……」

「……キアハ」

「え?」

「わたしの名前です」


 黒髪の少女――キアハは、机までやってくると、ナイフで萎びたニンジンのような野菜を切り始めた。

 名前が聞けたせいか、セラの顔がパッと華やいだ。


「お手伝いしましょうか? キアハ」

「結構です」


 きっぱり断られた。セラは肩を落とし、慧太はそんなお姫様を見た。


「料理できんの?」

「少し。野外でなら」


 セラは控えめに答えた。

 野外ということは、いわゆるアウトドア系ということだろうか。お姫様という柄ではないが、ひょっとしたら戦士としての訓練関連で身に付けたのではないかと想像した。……つまり、味は二の次というやつだ。


「それで、二階にいる病人? ですけど」


 セラが改まって聞けば、野菜を切り終わったキアハがそれを鍋にぶち込んだ。


「特殊な病に冒された人たちです」


 キアハは鍋の様子を眺める。自然とこちらに背を向ける格好だ。


「普通の病気ではないので、今のところ治す手立てはありません」

「どんな病気なんだ?」


 慧太は問うが、キアハはそっけなかった。


「聞いてどうするんです? 助けられないのに……、あなたは医者ですか?」

「セラは治癒の魔法が使える」

「ええ、少しでも力になれれば」

「……」


 沈黙。しばらく固まったようにキアハは押し黙っていたが、ふと振り向く。


「……好意だけ受け取ります。ありがとう」


 キアハは、そこで初めて柔らかな笑みをこぼした。善意の申し出に対し、少し心を開いてくれたようだ。


「でも、彼らには効果はないでしょう。そういう病気です」


 キアハは口をつぐむ。慧太とセラは顔を見合わせる。しかし何か言葉も浮かばず、しばらく黒髪の少女の背中を眺めるのだった。

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