第138話、遭難
前が見えない。切り立った崖でないのが幸いだった。でなければ、当に転落していたかもしれない。
慧太とセラは吹雪の中を進んでいた。
方向感覚はすでに麻痺している。太陽の光はなく、暗く、雪が荒ぶっている状況。動いてもろくなことにならないのは承知だが、豪雪と肌を切るような冷たい風を凌ぐ場所へ行かなければ、最悪凍死する。
とにかく退避しなければならない。アルフォンソがいれば、シェルターでも引っ張り出すという手もあっただろうが、無いものねだりだ。
慧太自身、寒さに対して肌表面を変化させることで鈍感になっている。景色から寒さを感じても、芯から凍るような思いや辛さはない。
だが――
セラがその場で膝を付いた。外套を着込んでいても寒さで震えている。自らを抱きしめるようにしながら、何とか摩擦で温めようとしているのだが、もはやその手も動かないようだった。
吐息は白い。しかし弱々しい。明らかに限界が近い。慧太は片膝をついて、風に対して壁になるように位置を変えながら、セラの肩に手を置いた。
「セラ! 大丈夫かっ!?」
「……」
その唇が動く。だが聞こえない。
周囲の視界は最悪だった。雪がつぶてのように降りかかり、黒灰色の壁に囲まれているように周囲の距離感がまったくつかめない。……というか、夜が近いのか?
「セラ!」
彼女の青い瞳は……慧太を見た。どこか虚ろげにも見えるが、まだ意識はある。とはいえ、このままでは悪くなるのは目に見えている。
「そういえば、昨日からほとんど寝てないもんな!」
街道から森へ下がり、砦の夜戦。さらに退却戦とろくに寝ていない。まともな人間なら、疲れていて当然だ。セラは皆の前では立派な導き手として弱音を吐かなかったが、彼女とて例外はない。
慧太はセラを背負った。彼女は何も言わなかった。その元気もないのだろう。
とりあえず、背中の温度を高めて、この寒さの中でも少しでもセラの体温低下を抑えよう。
ざく、ざく、と雪を踏みしめ、慧太は銀髪のお姫様を背負って進む。
くそ――先の見えない山、その緩やかな斜面を行く。
唐突に、背中に圧力がかかる。セラが少し、慧太にしがみつくように力を入れたようだった。彼女の胸の感触が背中に伝わる。服といっても慧太の場合は自らの身体の一部なのだ。
――まあ、たぶん背中温めたから、それで抱きついているんだろう……。
まだセラに意識があるうちに、退避場所を――
慧太は立ち止まる。岩肌の切れ目のようなものが見えたのだ。洞窟、だとしたらありがたいが、最悪、大した穴でなくても何でもいい。
たどり着く。高さ二メートル、幅八十センチほどの穴が岩肌に亀裂のように口をあけていた。中は……空洞になっている。ありがたい。とりあえず、雪と風は凌げる。
慧太はセラを担いだまま中に入った。風が当たらないだけで、少しは温かく感じるだろうか――現在、気温について鈍感状態の慧太にはわからない。
靴音が反響する。中は真っ暗だ。
慧太はセラを下ろし……ビチャリと水音に目を見開いた。
「やべ、濡れてた……?」
暗くてわからなかったが、どうやら水溜りがあったようだ。セラの外套、お尻のまわりを濡らしてしまった。
「ごめん、セラ……アレ持ってる?」
「……」
「おい、寝るなよ」
軽く、彼女の頬を叩いてから、彼女の服のポケットを漁る。
「……持ってるよな、持ってろよ……あった!」
セラの服から、グノームの集落でもらった魔石灯を引っ張り出し、それを光らせる。懐中電灯ほどではないが、闇の中を照らすには十分な明るさだ。
そして、その明るさは――そこにいたモノを照らし出した。
「ああ、嘘……」
次の瞬間、虎のような姿をした獣がこちらに突進してきた。慧太は素早く右手に斧を形成し、突っ込んでくる獣の頭に叩き込んだ。
・ ・ ・
洞窟の主を始末した後、慧太はセラの身体を確かめた。……正確には服だ。外套を着込んでいるが、先ほど水でスカートを濡らした。彼女の白と青の服は――しっとりと濡れていた。……汗のせいか。
濡れているのはまずい。非常にまずい。
風を凌ぐ洞窟の中とはいえ、空気はひんやり冷え込んでいる。濡れた服は体温を奪うから、このままではセラが凍えてしまう。
――暖房器具があればな。
さすがにそれは無理だった。シェイプシフターの能力で以前、家具を再現したことがあるが、機械的なものはその外観だけしか作れなかった。
そうなると、着替えさせて、温かくしてやるしかないのだが……どうしたものか。慧太が着ている外套をとりあえず渡しても、その下に着る服がないので――
そうなると、もうアレしかないか? 雪山で遭難、凍える寒さの中、最後の手段として人肌を触れ合わせて抱き合うとかいうアレ。
「……」
慧太は押し黙る。裸で、抱き合う――いや温めあう。若い男女が。……これで意識しないのは無理な話だ。
――でもあれ、漫画や映画でのネタであって、実際はやっちゃいけないんじゃなかったっけ……?
日本に居た頃、そんな話を友人が得意げに話していたのを思い出した。
とにかく、セラは温めてやらないと低体温で凍死だ。代わりの服に着替えさせて……ダメだ。その服どこから出したの、と突っ込まれたら誤魔化しようがない。背に腹は変えられないが、人肌ならまだ正体ばらさずに切り抜けられる可能性が高いかも。
――やるしかない……!
決して邪な感情ではない。彼女を助けるためだ。
「セラ……」
呼びかければ、彼女の目が、かすかに慧太へと動いた。
「これから君の服を脱がす」
「…………へ?」
かすかに驚いたような反応。だが鈍い。睡魔に襲われつつあるのかもしれない。この環境で寝たら死ぬ……んだろうかやっぱり。とりあえず十分温めてから寝てくれ。
慧太はセラの服に手をかける。上着を脱がし――大きくはないが小さくもない双房が露になる。冷気のせいか、わずかに彼女の身体が震えた。
まだ反応があるということは、望みがあるということだ。本当にヤバイ時は感覚がなくなるのだ。
ベルトをはずし、スカートを脱がす。座っている彼女の足からスカートを抜くときは少し手間取ったが、セラは抵抗しなかった。……おい、まだ意識はあるよな? 正直殴ったりしてくれたほうが、まだ安心できる。
慧太は自身の外套を彼女にかける。その間に慧太は服を脱ぎ――あくまでフリだ。慧太の服は自分自身の身体でできている――セラの身体に自身の身体を寄せた。肌の感覚を鋭敏にすると、セラの身体が相当冷えているのがわかった。
あまり強く抱きしめず、慧太は自身の身体を温める。気分的には人間カイロである。そして外套でお互いの身体を包む。外の冷気に肌をさらさないためだ。慧太は外套二枚で包むフリをしつつ、その外套(シェイプシフターの身体の一部)の端を変形させて、即席の寝袋のようにして外の空気を遮断した。これをやらないと、たぶん温まらない。
ひょっとしたら――この外套を加工すれば脱がずとも済んだのでは、と慧太は思ったが、すでに後の祭りである。
慧太自身の身体が発熱しているためか、即席の寝袋もどきの中はさほど時間をかけずに温かくなる。しかしそれ以前に、慧太はセラと直接肌を触れさせていることに激しく緊張していた。……まったく経験がないわけではないのにこの昂ぶり。彼女のことを憎からず思っているから、なのか。
柔らかな肌。ふたつのふくらみが、慧太の胸に押し付けられている。素肌を触れさせるというのは、そういうことだ。
自分の手をどこに回したものか――慧太は考えるが、自然とセラの細い腰を軽く抱くような格好になった。
セラの頭が慧太の右肩付近にある。彼女は熱に吸い寄せられるように身体を寄せて、肌を触れ合わせる。
「セラ、ちょっと……」
直接肌が触れ合っている。その状況で身体をこすりつけるように動かれると……自然と股間のそれが頭をもたげる。
――ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ……それはヤバイって!
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