第131話、戦場への行進


 狼砦に内外に展開していたシェイプシフターの分身体は、およそ一三〇体ほどにも及ぶ。


 慧太、アルフォンソの身体を分離した分身体は、最初は一〇体程度の人型と、三〇近い小分身のみであった。

 だがこれらは魔人軍を森に引き込み、襲撃し、取り込むことでその数を百体以上に増やし十数体の大型体を含む一個中隊程度にまで増殖したのだった。


 狼砦に魔人軍が到達した際に、約一〇〇体のシェイプシフターが魔人軍各隊に紛れ込んだ。

 ベルゼ連隊全体ではこれとは他に二三〇名の行方不明者を出したが、そのうちの約二〇〇名を含めた、およそ三〇〇名がシェイプシフターの餌となったのである(残りは純粋に迷子になったまま森を彷徨っていた)。


 そして、砦を巡る戦闘である。

 魔騎兵は砦の中庭に誘い込まれ、その多くが魔法により灰燼かいじんと帰した。

 外に展開していた三個軽歩兵大隊も、複数のシェイプシフターの工作により、当人たちにもわからないまま同士討ちを余儀なくされた。

 東方部隊の兵力は半減。北方部隊に至っては、西方部隊により全滅。一番戦力を残していた西方部隊も、砦に派遣した一個中隊を喪失し、全体の約四割を消耗した。


 結果、ベルゼ連隊本部歩兵と魔騎兵大隊残存の一個中隊を含めても、約七七〇名にまでその数を減らしていたのである。

 だが、戦いは継続していた。

 東方部隊に食い込んでいた魔人兵(シェイプシフター)が北方へ逃走を開始。東方部隊はこれを追尾した。

 一度態勢を整えなおすという選択肢も存在したが、大隊指揮官は追いかけろと命令を発した。……この時すでに、戦いのどさくさに紛れ、大隊長がシェイプシフターに入れ替わったことに、兵たちは気づいていなかった。


 一方、北方部隊を全滅させた西方部隊は、戦闘が終結したことで、死体の検分作業を行っていた。

 魔人兵に偽装した敵兵――その化けの皮を剥がそうとしたのだが、そこでようやく自分たちが同士討ちをしていた事実に気づいた。これには当然ながら、西方部隊将兵ら全員を愕然とさせた。


 だが同時に疑問も浮かぶ。味方なのに、何故攻撃してきたのか?


 それに対する答えはでなかった。というより考える間もなかったというのが正しい。

 何故なら、今度は北上してきたシェイプシフター隊が西方部隊に対し駆けてきた。その後方からすさまじい勢いで追撃する東方部隊と共に。


 西方部隊の指揮官、そして兵らは困惑した。どちらも魔人兵。どちらが味方でどちらが敵なのか。

 判断に迷った指揮官は防御態勢をとらせた。少なくとも襲い掛かってくるのを敵と見なす。そのために様子見を選んだのだ。

 先頭を行く――逃げてきた連中は西方部隊の脇を抜けた。

 突撃してきたのは東方部隊だ。指揮官がシェイプシフターと入れ替わっていることも知らず、兵らは西方部隊に襲い掛かった。逃げていた部隊が西方部隊の裏に回る機動を見せたのが、余計に敵と誤認させたのだった。

 再び、同士討ちの幕が開いた。



 ・ ・ ・



 砦北部に面した森の木々のあいだから、慧太は片膝をついた姿勢でその光景を眺めていた。

 魔人兵らが勝手に自滅している様を。

 ざっと見たところ、双方合わせて四百と数十と言ったところだ。これが互いに潰し合うわけだが、はてさて、どこまで数を減らしてくれるのやら。 

 慧太は思案する。片方の大隊は同士討ちのショックを引きずっている。一方の大隊は、指揮官が入れ替わり、ひたすら同士討ちを扇動している。


 頃合か。


 慧太は立ち上がった。同時にすぐそばで様子を見ていたセラも立った。

 リアナ、そしてリンゲ隊長以下、親衛隊兵らが周囲に潜んでいる。


「ケイタ……」

「そろそろ、いいだろう。敵がこちらに尻を向けているうちに、一気に突き崩す」


 それが少数の――五〇程度のリッケンシルト親衛隊兵がとれる唯一の手段。正面ではなく、背後から攻める。

 慧太は、リンゲ隊長を見た。


「兵士たちには、アレ持たせてるな?」

「もちろん。使い方も全員に把握させた」


 リンゲの返事に、慧太も頷き返した。


「初撃が肝心だからな。失敗したら、いかに背後突いたって、数で負けてるこっちはヤバイ」

「念を押されなくてもわかっておる」


 歴戦の親衛隊長は、声にわずかな不満を含ませた。確かにしつこかったかもしれない。慧太はそれ以上言わなかった。

 セラが、すっと深呼吸する。これから魔人ひしめく戦場に飛び込むのだ。それも数の上ではまだまだ六倍もの差がある。緊張しないと言ったら嘘になるだろう。


 ――六倍?


 もっと開いていた戦力差を考えると、随分と少なくなったものだと思う。それでもまだまだ魔人軍のほうが数では圧倒しているのだが。


 皆が、アルゲナムの戦姫を見つめていた。白銀の鎧をまとい、天使の翼を思わす羽根兜を被った銀髪の少女の背中を。


「小隊、展開。突撃隊形!」


 セラが力強く告げれば、リンゲ隊長が復唱。リッケンシルトの兵たちはセラの左右に広がりながら隊列を組んだ。

 セラの右隣にはリアナ。左隣に慧太が立つ。


「このような戦いに巻き込んでごめんなさい」


 呟くような声で、セラは詫びた。


「そして、ありがとう。共に戦ってくれて!」


 セラは銀魔剣アルガ・ソラスに光を付加する。闇夜に輝く光の剣。アルゲナムの戦姫は剣を掲げ、目標を指し示した。


「敵魔人軍の後方――小隊、前進っ!」


 先陣きってセラが駆け出す。慧太とリアナが続き、リッケンシルト親衛隊も駆け出した。

 突撃の声は上げない。魔人兵らが背を向けている。懐に飛び込むまで、こちらの正確な数をつかまれては奇襲の効果が薄れるのだ。

 慧太は左手にグノーム製爆弾(もちろん自身の身体から生み出した模造品だ)を握りこむ。これと同じものを親衛隊兵にひとつずつ配っている。


 彼らは駆ける。味方同士でぶつかり合う魔人軍に向かって。砦までの平原は、膝丈ほどの高さの草が生え、それらが靴や脚にこすれる音が耳朶を打つ。


 距離が縮まる。

 魔人の中には人間より聴覚に勝る者もいる。こちらが声を上げなくても、走ってくる音で気づくのではないか。

 慧太は顔が自然と引きつる。自分ひとりならこんな気持ちにならないのに。隣にはセラがいて、リアナがいて、親衛隊の兵たちがいる。

 敵はこちらの数倍は残っている。背後からの奇襲なら劣勢を覆す可能性が高いが、まったく無傷で済むとも思えない。


 誰かが死ぬ。――オレ以外の誰かが。


 くそ、と心の中で悪態が浮かぶ。その思いは砦にいるユウラへと飛ぶ。……何が兵器になりたくないだ。

 あの青髪の魔術師が、砦の中に入り込んだ魔騎兵を一掃したように、魔人歩兵同士の戦闘にも『爆砕』魔法をぶち当てれば、もっと楽できたのだ。ちょうど今、それができる位置取りで、しかも敵は密集している。


 ――ああもう、勝手だな。どいつもこいつも。……オレを含めて。


 彼が兵器になりたくないという気持ちは痛いほどよくわかる。

 だがいざ誰かの命がかかっている状況ともなると、それは我侭ではないかと思うのだ。そう、結局、人の感情というのは、自分勝手なものである。


 ちっ、と慧太は舌打ちした。

 雑念だ。この状況に対する不満がよぎってしまった。――目の前に集中しろ。


 剣戟が響き渡る。怒号が飛び交い、獣にも似た断末魔の声が上がる。敵魔人の軍勢、あと二〇メートルほどで接触する。ぐんぐん、近づく。

 ふと、魔人兵が振り返った。銀髪の女騎士を先頭に突っ込んでくる人間の軍勢に、飛び上がるほど吃驚し、声を上げた。


『て、敵襲ーっ!?』

「第一列!」


 周囲の喧騒の中あげた魔人兵の声と、セラの声はほぼ同時だった。


投擲とうてきっ!」


 突入前、慧太は左手の爆弾を放り投げた。親衛隊兵も前列の二〇名がそれぞれ持った爆弾を投げつける。

 真っ直ぐ投げた者、遠くを狙って放物線を描いて投げた者。二一発の爆弾は、襲撃に気づき、ふり返り始めた魔人兵たちの近くで爆発し、衝撃と破片を撒き散らした。

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