第132話、白銀の舞


 うわぁぁっ!? ――無数の悲鳴が上がり、魔人兵らがなぎ倒された。


 投擲とうてきされた爆弾が炸裂。無数の破片が兵らの肌に、鎧に食い込み、衝撃波と熱が魔人兵の三半規管にダメージを与え、また吹き飛ばした。

 即死した魔人兵は十数人程度だったが、負傷した者はその倍以上いた。それらの多くがショックから立ち直る間もなく、銀髪の戦乙女を先頭にしたリッケンシルト親衛隊の突撃をまともに受ける。


 セラは光剣と化したアルガ・ソラスを振るう。まるでバターを切るナイフのように、魔人兵の胴を鎧ごと切り裂いていく。

 駆ける勢いでなびく銀色の髪。

 風のように抜けていくセラは、次々と魔人兵を葬っていく。


 慧太もまた、右手の戦闘斧で魔人兵の返り血を浴びながら、左手に棍棒を具現化させる。そして手に届く範囲の魔人兵に貫通する打撃を与えた。

 意外に思うかもしれないが、殴打するメイスは、時に刃物よりも凶悪な威力を発揮する。相手を殴っても血の出にくい武器という印象だが、その実、相手の人体に打撃を与えることで骨折や内臓破裂などのおぞましい結果をもたらす。

 すれ違いざまに魔人兵の顔面にメイスをぶつければ、その兵は身体を一回転する勢いでぶっ飛び地面に落下した。

 慧太はセラから離れないように注意を払う。乱戦をついて、彼女の横合いから狙おうとする敵を排除するのだ。

 そのセラは、混乱する魔人兵を一太刀で斬りつけ、倒していくものだから、どんどん敵部隊の奥へと進んでいく。


 ――あの光剣、オレも欲しいな……!


 一撃あたりの威力はどうしても、セラに劣ってしまう。それによって敵兵とぶつかるたびに、一歩ずつ差が開いてしまうのだ。


 対して、リアナはというと、身軽な運動力を利用して魔人兵の喉や急所を的確に仕留め、セラに随伴している。こみ合う魔人兵らの隙間をぬって進む彼女は、いささかの迷いもなく確実にセラとの距離を保っている。……ひょっとして彼女たちより、オレ弱い?


 リッケンシルト親衛隊も突撃するセラに続くが、その両端は確実に遅れだし、中央が突出する形となっていた。混乱している魔人兵を親衛隊兵も倒していくが、セラのスピードが速すぎるのだ。

 だが中央近くのリンゲ隊長は闘争本能をむき出し、その剣で魔人兵を両断、返り血を浴びながらも前進を続ける。ただでさえ強面こわもてであるが、鬼神もかくやの凶相に、対峙した魔人兵は震え上がった。


 ここで、再び爆発が上がった。

 それは爆弾による第二撃を思わせたが、場所が違った。セラや慧太たちが背後を突いた部隊はもちろん、同士討ちをしている部隊でも――魔人兵に紛れていたシェイプシフターたちが、自らを爆弾と変え自爆し始めたのだ。

 当然、密集した場所で、しかも起こるはずのない場所での爆発は、魔人兵の多くを殺傷し、さらなる混乱を引き起こした。隊列後方の爆発だったり、指揮官が突然吹き飛んだり――


 そこへ白銀の戦乙女が流れ込んだ。

 舞を舞うかのような軽やかさ。まばゆい光に包まれた銀魔剣は魔人兵に反撃の暇を与えない。

 彼女の青い瞳は、静かな闘志に満ちていた。しかし表情は硬い。その横顔は微塵も揺らがない。


 怯えも、喜びもなく、ただ敵を殺す人形のように冷たく……。


 長い銀髪が舞う。

 白銀の鎧は、一滴の血も浴びず、曇りなき輝きを保っている。彼女の光剣の熱が瞬時に敵の傷口を焼き、血を蒸発させているからだ。


 神々しき天使。光の戦乙女。


 彼女は魔人を打ち払う。伝説にあるとおりに。

 白銀の勇者――その伝説の末裔に恥じない無双ぶりだった。


 戦いの中、慧太はふっと溜息をついた。


 ――これまでオレは、彼女を過保護に扱っていたのかもしれない。


 だがそれも無理もなかった。慧太は不死身ではないが、それに近い身体を持っている。それに比べれば、人間の何と『か弱い』ことか。その命も簡単に消えてしまう。

 魔人を倒していくセラだが、決して安心して見ていることはできない。

 わずかな油断、不運が重なれば、次の瞬間にもその命を散らしてしまうこともありうるのだから。



 ・ ・ ・



 戦闘が終わるまで、さほど時間はかからなかった。

 結局のところ、魔人兵は最後まで混乱から立ち直ることができず、セラを中軸に据えたリッケンシルト親衛隊の前に大損害を受け、散り散りとなって逃げたのだ。


 そこに統制はなかった。そもそも統率していた者、統率しようとした者から真っ先に倒され、それぞれが本能に従って行動するしかなかったのである。

 自らの生存を優先させた者は逃げ出せた。しかし、立ち向かおうとした者、状況を立て直そうとした者は例外なく、屍と化した。

 逃げ出せた者は百もいなかったように思える。なにぶん夜間のこと。正確な数まではわからない。だが魔人軍歩兵大隊は、同士討ち、混乱、そして背後からの突撃と言う、劣勢要素を積み上げた結果、壊滅したのである。


 リッケンシルト兵らは、目の前の勝利が信じられないようだった。

 控えめに勝ったことを口にする者、生き残れるとは思えなかった状況からの生還に、神に祈りを捧げる者などと反応はそれぞれだった。

 慧太はそれらから視線をはずすと、セラへと歩み寄る。

 彼女はいまだ戦場だった場所に立ったまま微動だにしなかった。眼前に無数に横たわる魔人兵の屍を、感情のこもらない目で見つめていた。


「セラ。……大丈夫か?」

「ええ」


 銀髪の戦姫は、どこか投げやりだった。

 そこへリンゲ隊長がやってくる。もとより赤い甲冑が、返り血により染まっているが、彼自身は怪我はないようだった。


「姫君、戦死五名、負傷十二名……うち重傷三名です」

「……そうですか」


 ゆっくりとセラは振り返る。穏やかな表情――を浮かべようとして失敗した。悲しそうな、無理でも微笑みを浮かべようとしている顔。慧太もリンゲ隊長も、少女の心情を思いやり胸が痛くなった。


「損害は軽微です」


 リンゲ隊長は真面目な顔つきで言った。頬に跳ねた血の跡がある。


「生き残った者のほうが多かった。それに二千にも及ぶ魔人軍は壊滅しました」

「……ええ、そうですね、リンゲ隊長」


 セラは顔を背ける。


「でも、五人も死なせてしまった」


 五人しか、だと慧太は思った。だが、セラはそういう考え方をするのだ。ただの一人も死なせない、死なせたくないという思い、願い。

 リンゲ隊長は背筋を伸ばした。


「失礼ながら姫君。いくさともなれば、生き死には当然のこと。一兵も失わぬ戦などありましょうか」

「……」

「慣れていただくしかございません」


 ただ――リンゲ隊長は視線を下げた。


「姫の兵を思いやる気持ち、その高潔な御心は、兵たちの慰めとなりましょう。……あなたのためなら、皆喜んで戦場に身を捧げることでしょう」


 ――それは、セラは望んでいない。


 慧太は、歴戦の親衛隊長の横顔を見やる。


 ――セラは、自分のために誰かが犠牲になることを望んでいない。むしろ、誰も犠牲にならないことを願っているんだ。


「ありがとう、リンゲ隊長」


 案の定、セラの顔は笑ってはいなかった。リンゲ隊長の言葉に理解できるし、戦場においては正しいのかもしれない。けれど、それを言葉どおり受け取ることにセラは抵抗を覚えているようだった。


 優しいのだ、彼女は――慧太は思う。それで心を痛め、自分を追い詰める。そんなに追い込まなくてもいい――そう言って、彼女を抱きとめられたらと、慧太はセラの背中を見つめる。


 白銀の勇者の末裔、アルゲナムの姫君――彼女が背負うモノを支えられたら!


 だが、慧太は自重する。今は兵たちが見ている。圧倒的多数の魔人軍に対抗し劣勢を跳ね返したアルゲナムの戦姫――


 必死に白銀の勇者を演じている彼女を、ただの少女にしてはならない。慧太は拳を固め、自らの気持ちを押さえ込む。


「……ユウラたちと合流しよう」


 戦場に長居をする意味が見出せなかった。魔人軍ベルゼ連隊はその多くが倒れ壊滅。街道を避難する王都住民らのための時間を稼ぐ必要も、もはやないだろう。


 うん、とセラが慧太に横顔を見せ、頷いた。

 その時だった。 

 地響きのような、闇夜のなか移動する集団の音――

 狐人リアナの耳が反応した。


「敵……っ!」 


 誰もがハッとなって、その音がする方向へと視線を向けた。


 夜の闇の中、かすかに見えたのは横列に展開する騎兵の姿。

 すでに、頭のなかで、その存在はないものとして扱われていた。だが彼らは確かにそこにいて、獲物を見つけて喰らわんと突撃を仕掛ける。

 魔獣ゴルドルを駆る魔騎兵部隊――ベルゼ連隊の主力のその一角が、突撃隊形で突っ込んできた。

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