第127話、翻弄


 森を進軍する間、ベルゼ連隊は錯綜さくそうする情報に振り回された。

 行方不明が頻発した前衛の軽歩兵中隊だが、後方の部隊が進むうち、隊からはぐれた者がぼちぼち合流しはじめた。

 正体不明の敵にやられたばかりでなく、仲間の捜索や謎の敵の影を追って迷子になった者が相当数いたということだろう。彼らは、後方の魔騎兵大隊や後続の軽歩兵大隊に吸収される形で随伴した。

 一方で、ベルゼの本隊は森の中を右往左往させられた。

 アルゲナムの姫騎士――セラフィナの目撃報告に、東へ西へと振り回されたのだ。それにより、通行に不便な箇所が多い森の中を相当歩かされた。


「おちょくりやがってぇ……!」


 アルゲナムの姫騎士が、そんな短期間に森を突っ切って東西を移動できるものか! ベルゼの苛立ちは募る。

 だが報告する者は、本当に銀髪の女騎士を目撃したのだから『間違いありません!』と上官に断言した。……見た目完璧にセラに変身しているシェイプシフターによる偽者などと夢にも思わない。


 結果、前衛大隊の迷子、脱落者はなお増大する結果になった。

 気づけば前衛の歩兵大隊は、後続であるはずのベルゼ直卒の魔騎兵らに追いつかれてしまったのである。

 最後の目撃報告――この頃にはベルゼも半分キレた状態で報告する兵に応対していた――に従い、森の中に開けた場所にある古い砦に到達した時、あたりはすっかり夜の帳に包まれていた。


「なるほど、ここであたしらに抵抗しようってんだな」


 ベルゼはゴルドルに騎乗したまま、リッケンシルト兵が立て篭もる森の砦を眺め、指示を出した。


「砦を包囲しろ。第一歩兵大隊は右、第二は左。第三は砦の裏側。あたしら騎兵は門のある正面だ」


 伝令が、それぞれの大隊へ走る中、副将のガルス・ガーはやはり魔獣の背に乗りまま、口を開いた。


「珍しいですな。いつもなら包囲する前に突撃を命じそうなものですが」

「……あたしもそうしてぇよ?」


 ベルゼはどこか不満げな顔だった。


「だけどさすがに、ちょっと森を歩かされ過ぎた。つまり」

「お疲れになられたと」


 ガルス・ガーが後を引き継げば、ベルゼは苛立ちも露に言った。

「悪いかよ!」

「いえ、兵どもも疲労しているので、休憩はすべきですな」


 ただ――ガルス・ガーは上官である姫君を見やる。……はたしてこの人、どれくらいじっとしていられるだろう。

 攻城戦は好きではないとはいえ、目の前の砦は随分と古びていて、さほど堅牢さを感じない。数で押せば、攻城兵器がなくとも落とせそうに見える。それは、ベルゼが痺れを切らしたら、すぐにでも突入もありえるということだった。


「とりあえず、森の中でかなり隊が混乱しておりますれば」


 ガルス・ガーは腰に下げていた水筒をとる。


「小休止がてら、隊の再編と不明者の確認作業をするがよろしかろうと」

「かなりグチャグチャにされたからなぁ」


 ベルゼは天を仰ぐ。雲が多く、星はあまり見えなかった。


「あの森にいたのは、何だったんだろうな?」


 結局、直接見ることは叶わなかった謎の敵。今では兵どもの見た幻覚だったのではないかとさえ思える。消えた兵は、迷子になっているだけではないか。


 ベルゼ連隊の各隊は森の砦を包囲する。きちんと距離をとっていたために砦側から妨害行為や攻撃はなかった。さすがにアルゲナムの姫騎士の光の攻撃も、すさまじい火力を持つ魔法も射程外のようだった。


 この点、いきなり真正面から突撃を敢行しなかったベルゼの判断は褒めてもいいとガルス・ガーは思った。この姫君は、指揮官先頭も辞さない勇猛果敢な一方、蛮勇が過ぎるところがある。……もっとも蛮勇さでは、ゴーグラン人も相当なものであるが。


 ベルゼ連隊は砦を包囲したまま、小休止をとる。松明に火がともされた砦を見張り、静かにその時を待つ。

 そんな中、隊から落伍した者は原隊へ戻り、再編成が行われたが――


「不明者が約二三〇名?」


 ガルス・ガーは、各大隊から上がってきた不明者の合計を聞いて眉をひそめた。


 レリエンディール軍の編成において、一個魔騎兵中隊は騎兵九〇騎、軽歩兵中隊は一二〇名が定数となっている。大隊となると、中隊三個と大隊司令部要員となり、魔騎兵は約二七〇騎、軽歩兵で四四〇名となる。


 もちろん、あくまで定数であり、戦闘を経験すれば損耗が出る。ベルゼ連隊も、リッケンシルトの軍勢と連戦しており、現在定数を満たしている部隊はない。

 そして今、連隊は歩兵中隊二つ近くの人員が行方不明になっていた。視界の悪い森とはいえ、そこまで難所だったわけではない。謎の敵やアルゲナムの姫騎士発見の報で振り回されたとしても、少し考え難い数字だった。


「ガルス・ガー」


 ベルゼがやってきた。手には鳥だろうか、串に刺して焼いた肉があって、それをほおばっていた。  


「不明者出たっつっても、こっちにはまだ二千近く残ってるだろ。問題ないよ。どうせ後でひょっこり顔を出すさ」


 はむっ、と肉にかぶりつく黒髪の女魔人。ガルス・ガーや、近くにいた兵らは呆れ顔になる。


「その肉どうしたんです?」

「あたしが落とした!」


 得意げな顔で、ベルゼはその胸を張った。


「やんねえぞ。欲しければ自分でとって来い」


 あっという間に肉を平らげ、ベルゼは腰に手を当てる。彼女の指揮下の部隊ではいつもこうである。欲しければ自分で手に入れろ――それは自分自身も例外ではない。


「うし、それじゃあ、こっちも動くか。砦を攻め落とすぞ!」

「ですか」


 ガルス・ガーは頷いた。


「朝まで待つ手もありますが?」


 兵にも多少の疲れが見える。もう少し休ませてもいいと思うが――


「いんや。あたしを誰だと思ってるんだ、ガルス・ガー。『疾風迅雷』のベルゼ様だぞ」


 ベルゼは不敵に笑った。


「アルゲナムの姫騎士も、こちらを振り回して疲れさせるつもりだったんだろうなァ。今夜の攻撃はないと思ってるだろう。だからその前に攻撃する。敵に時間を与えるな。攻めろ!」


 敵と見れば突撃。時間を与えないことで、準備の整っていない敵を攻撃する。ベルゼの常套手段だ。


「兵どももいい塩梅で小腹がすいたんじゃねえか?」


 不敵に笑う指揮官に、ガルス・ガーもまた「そうですな」と頷いた。……ああも、美味そうに肉を食っている姿を見せられれば、俄然、兵どもも刺激されただろう。


「つーわけだが、注意事項」


 ベルゼが確認するように言えば、ガルス・ガーは答えた。


「敵側には、強力な大規模攻撃手段が存在します」


 ガルス・ガーは手招きでベルゼ直卒部隊の指揮官らを呼びながら、上官に言った。


「一箇所に固まるのは危険です。よって砦には全周囲から同時に接近、敵がその全てに対応できないうちに一気に取り付きます」

「運の悪い奴らが出るな」

「犠牲は致し方ありません」


 ガルス・ガーは、あっさりしたものだった。


「アルゲナムの姫騎士と戦う以上、無傷では勝てないでしょう」

「厄介な技だ。気に入らない」


 ベルゼは鼻を鳴らした。


「何とか損害は減らせんものかねぇ」

「アルゲナムの姫騎士が光の技を使う兆候があれば、部隊を広く展開させ、その射線内の犠牲を減らすくらいしか……ないでしょうな」

「あたしはお前たちがやられるのは嫌だぞ」


 ベルゼは、周囲の魔騎兵らを見回した。ガルス・ガーは自身の胸を叩いた。


「我らゴーグラン人は、戦場で命を落とすが本望」


 赤顔の鬼型魔人らは同意した。レリエンディール内でも、こと好戦的な種族で知られるゴーグラン人である。命知らずの魔騎兵隊、突進こそ彼らの道。 


「戦って死ぬのはゴーグランの誇りです」

「……わかった」


 ベルゼは微塵も恐れを抱かない兵どもを見やった。


「なら、精強なる魔騎兵の強さをアルゲナムの姫騎士に叩きつけてやろう!」

『応っ!』


 ゴーグランらは答えた。

 ベルゼの攻撃準備命令が指揮下の各隊に伝達された。本来、作戦説明となると大隊長クラスを集めて行うものだが、ベルゼの指示は簡潔だった。


『合図と共に、全軍砦に向かって進撃。攻撃があれば速やかに城壁を越えて内部に侵入し、中にいる敵兵を殲滅せよ』


 各大隊に派遣された伝令が伝えたベルゼの命令は、各大隊長から指揮下の中隊長へ、中隊長は小隊長に、小隊長は兵たちへと下っていった。

 やがて、命令が全体に行き渡った後、ベルゼ連隊本隊から進撃を告げるアイコルヌの重音が響き渡った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る