第128話、攻撃開始


 進軍開始の合図を受け、砦を囲むベルゼ連隊各大隊は、動き出した。

 ベルゼ率いる第一・第二魔騎兵大隊は砦の正面を、第一軽歩兵大隊は砦の東側、第二大隊は西側、第三大隊は門の反対側となる北側からゆっくりと前進した。

 兵たちは松明たいまつは持たない。星もまばらで光源に乏しい闇の中、歩調だけ合わせて前進する。

 まだ、走らない。

 闇に紛れ、砦の守備兵が反撃してくるまでそのままだ。そしていざ攻撃を喰らった時、兵らは一斉に突撃を敢行する手はずである。


 軽歩兵大隊は、基本的に三個の歩兵中隊と大隊本部である騎兵小隊、歩兵小隊各一からなる。包囲を狭めながら、正面に二個中隊が展開。その後方より大隊本部小隊と一個歩兵中隊が続く形だ。


 反撃は、ない。


 砦は不気味な沈黙に包まれている。松明の赤々とした明かりが漏れているので、無人ではないだろうが……それとも、人間連中はこちらの接近に気づいていないのか。

 あるいは全周から迫る魔人軍に、どこへ攻撃していいのかわからなくなっているのかもしれない。


 魔人兵らはいつ放たれるかわからない、アルゲナムの姫騎士の攻撃に緊張を深めながら前進し続けた。


 ――まだか……まだか。


 攻撃はない。砦との距離が縮まる。

 砦の周囲を行く軽歩兵大隊は、とうとう攻撃を受けることなく、城壁まで十メートルミータ付近まで到達した。


「停止!」


 前衛を務める指揮官は信じられない面持ちのまま、隊の進軍を止めた。兵もまた、困った顔で隣を行く戦友と顔を見合わせる。


「大隊長。どうしますか?」


 副官が問えば、歩兵大隊の指揮官は首を横に振った。


「砦から攻撃を受けたら、という命令だからな……反撃がない以上、別命あるまで待機が妥当だろう」


 本来なら、反撃がない場合はどうするか、最上位指揮官であるベルゼが各大隊長に予め説明するべきなのだが、深く考えないという彼女の悪癖がここにきて次の判断を迷わせた。

 もっともベルゼ指揮下の兵たちも野戦を好み、敵に向かっていけばいいと考える単純な思考の者が多かったから、どっちもどっちであるが。

 普通に考えるなら、敵が迫れば砦側は反撃してくるはずだった。だから、砦に突撃する、というのはほぼ確定事項。今のように攻撃されなかったら、などと微塵と考えもしなかった。

 それが、このまさかの事態である。反撃を受けることなく、城壁前までたどり着いてしまったのである。

 ただ、それだけだったら砦への侵入を図ったからもしれない。だがここで彼らが待機の判断を下したのは、やはりというべきか指揮官たるベルゼの性格ゆえだった。


「勝手に動いて手柄取られるのをベルゼ様は嫌うからな……」


 部下たちは乱暴者が多いが、上官であるベルゼより戦果を上げようとは思っていない。

 それは彼女が拗ねてしまうからだ。そんなことしなくても、共に戦場を駆けた部下に対しては彼女は賞賛を惜しまず、また褒美に関しても自由にさせていた。ベルゼより目立たない限り、彼女は非常に話の分かる上官だったのだ。


 結果、部下たちは突入せず、城壁前での待機をそれぞれが選択した。

 作戦指示どおり、攻撃されたらその時は命令どおり突っ込めばよい。少なくとも包囲している限りは敵は逃げられず、正面を行くベルゼが砦に進撃するのを間接的に助けることにも繋がる。つまり、ベルゼが戦果をあげるということだ。何も問題はない。

 そもそも、敵はアルゲナムの姫騎士を入れても一個小隊程度というではないか。ベルゼ直卒の部隊だけでも十分な戦力だ。

 軽歩兵部隊は、城壁越え用の梯子――付近の森の木を切り倒し作った――の準備をし、どこに梯子をかけて突入するか吟味しながら次の指示を待ったのである。



 正面を行くベルゼは、とうとう開かれた門、その中がうかがえる位置までゴルドルを進ませた。

 開け放たれた城門。本来なら閉じておくべきそこが開いているのは、アルゲナムの姫騎士が例の光の攻撃を放つためかと勘ぐったが、抵抗はなかった。

 むしろ入って来いといわんばかりに堂々と門が開け放たれている。


 さすがにベルゼも一度止まった。


「……どういうことだ?」


 罠だろうか――ベルゼの思考にそれがよぎった。それとも圧倒的な戦力差に、抵抗は無駄と観念したのだろうか……?

 あまりに何もなくて、ベルゼは拍子抜けした。

 ガルス・ガーは口を開く。


「斥候を出しますか?」


 罠に備えて、様子を見させようというのだろう。確かに門は開け放たれているが、その先については不明だ。門の左右、見えない位置に敵が伏せていて、入ってきたところを攻撃する魂胆かもしれない。

 どうしたものか――ベルゼは考えをめぐらす。

 だがその沈黙は、要するに、ない頭で考えているというのを心得ているガルス・ガーは、いかにも命令がありましたといわんばかりに背筋を伸ばし、声を張り上げた。


「第一中隊、戦闘斥候! 先導しろ!」


 第一魔騎兵大隊の一個中隊が、ベルゼ直卒隊の左側側を通って、砦の門へと列を成して早足で進む。

 ベルゼは「うーん……」と如何にも考えている風を装っているが、たぶんガルス・ガーが正しいのだろうと、何も言わなかった。

 魔獣ゴルドルは、その嗅覚や聴覚をもって待ち伏せを警戒したが、門を抜けるのは実にあっさりだった。そこに待ち伏せがないと早々に判断したからだ。


 魔騎兵たちは門の中に入ると、順次、正面、左右へと分隊ごとに散った。そのまま砦の敷地内を敵を求めて捜索を開始する。

 中隊丸々一個が砦に入っても、戦闘は起きなかった。先導の第一中隊に続き、後続の第二中隊が門へと向かい始め、ベルゼは決めた。


「よし、あたしも入るぞ。ガルス・ガー、お前は第二大隊と共にここに待機だ」

「はっ、承知しました姫君」


 馬と違って柔軟な身体能力を持つゴルドルは、ある程度の屋内戦闘もこなせる。だが本来は平地での突撃戦法こそと、得意とするところである。

 本当なら、魔騎兵ではなく軽歩兵の連中を砦に侵入させるのが普通だ。だから魔騎兵の半分を外に残すのは、何ら問題がない判断だった。


 門をくぐったベルゼは、まず中庭に小さな噴水らしきモノに目をやった。

 随分と小洒落たものがあるものだと思った。防御拠点に過ぎない砦には珍しいが、大方、敵が門を破った時の障害物として設置したのだろうと思った。この噴水のせいで、侵入した部隊はその針路を二手に分かれさせられるからだ。

 四方を囲む城壁。松明などの火が周囲を照らす。逆に内側である中庭には光源がなく薄暗い。だがベルゼの目にも、そこに魔騎兵らが溢れているのはわかった。


 ――何で、さっさと建物に侵入しねえんだ……?


 それどころか、城壁に上がったりさえしなかった。すべての魔騎兵が中庭にいる。どこか右往左往しているように見え、そこまで馬鹿な部下を持ったのかとベルゼは、鼻息も荒かった。

 ベルゼの傍らに、先導した第一中隊の騎兵隊長がゴルドルに騎乗したままやってきた。


「姫! この砦、妙であります!」

「妙?」


 ベルゼは聞き返す。赤顔のゴーグラン人の隊長は頷いた。


「中への入り口や、城壁に上る階段がありません!」

「はぁ!?」


 そんな馬鹿なことがあるか。ベルゼは声を荒げた。どんな寝言だよ、と黒髪の女魔人は視線を走らせる。


「で? アルゲナムの姫騎士はいたか!?」

「いえ! まだ発見できません!」


 隊長は叱責を恐れるように身をすくめた。ベルゼが不機嫌になりつつあるのを察したのだ。


「敵の兵士は!? それもいないって言うのか!?」

「はい、そうです……今のところ、影も形も――」

「ありえねぇだろ!」


 あの銀髪の姫騎士がこの砦に入るところは目撃されている。それに砦のところどころに設置された松明には火が点っている。誰かが点けなければ、この明かりも存在しない。


 森の怪異――ドクリ、とベルゼの心臓がひときわ大きく鼓動した。


 森を進む間、姿なき敵によって部隊を滅茶苦茶にされた。行方不明者を多数出したが、それでも戻ってきた者もいた。この砦でも、また不審な事が起きているというのか――

 

 ぴちゃり、と音がした。


 水音。それもかなり近い。

 ベルゼはもちろん、魔騎兵らもそちらに注目した。

 例の中庭の噴水だ。先ほどまで何もなかったそこに、いまは人影があった。

 薄ぼんやりと、銀色の甲冑をまとった女のような。


「アルゲナムの姫騎士かっ!?」


 ベルゼは、とっさに腰に下げる細剣を抜いた。

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