第116話、二人の銀髪姫


「わらわはラウラ・スゥ。見ての通り、銀狐の血を引く姫巫女だ」


 十代前半から半ばと思しき銀髪の狐人フェネックの少女は名乗った。

 姫巫女――慧太はその言葉を反芻はんすうしつつ、頷いた。


「オレは慧太。そっちのフェネックは、リアナ。傭兵なのは間違いないが、助けにきたのはあんたじゃなく、オレたちが守る別のお姫様だ」

「……そうか。なら、わらわは偶然助けられた、ということだな?」

「ああ、お姫様には悪いけど……そういうことだ」


 慧太は表情を引き締めた。


「で、こっちの姫はもうじき、ここに来る。狼人どもに連れられてな。オレたちは彼女を取り戻す」

「では、そちたちはまだ仕事が残っておるというわけだな」


 ラウラと名乗った銀狐の少女は手首をさすりながら言った。長時間の拘束の結果、肌に跡が残っているのだ。


「わらわに手伝えることがあれば協力しよう。そちたちには借りがある」

「ありがたい申し出だけど」


 慧太はやんわりと言った。


「大丈夫、手は足りてる」

「そうか? 見た目は華奢やもしれんが、魔術の心得があるぞ」

「姫様」


 ラウラの傍らに立つリアナが口を開いた。


「無理をなさらずに」

「無理? 馬鹿にするで――」


 歩きかけ、ラウラの身体が傾いた。それを素早く支えるリアナ。


「拘束されて、何日ここに?」

「……思ったより衰弱しておるということだな。……ああ、そういえば腹がすいたぞ」


 苦笑するラウラ姫。

 やれやれ、と慧太は背を向けた。


「リアナはお姫様についててやれ。こっちの始末はオレのほうでやっておくからさ」

「わかった」


 リアナは頷く。そこに何の疑問も不安もないとばかりに。



 ・ ・ ・



 かくて時間は戻る。

 慧太は、人質とされたセラを助け出し、狼人傭兵団『ヴォラール』は壊滅した。

 セラとラウラ、二人の銀髪姫が邂逅かいこうし、しばし話し合う。


「では、あなたも何者かから狙われて……?」

「オオカミどもは、『くらいあんと』と言っておったが、そやつに誘拐を依頼されたのだろうな」


 ラウラ姫は鼻息を荒くした。


「同胞の集落からの依頼で祈祷をしたその帰りに、オオカミどもに襲われてな。それはもう、奴らに雑に扱われたわ」

狐人フェネック狼人ヴォールは仲が悪いですからね」


 セラが言えば、ラウラ姫は頷いた。


「まあ、遥かな先祖の時代より争っていた仲だ。本当なら捕まった時点で、惨たらしく殺されていたやもしれん。……くらいあんととやらのおかげで、雑な扱い程度で済んだというべきか」

「でも、そのクライアントのせいですよね? 誘拐されたのは」

「そうだ! そやつめがわらわを狙わねばこんなことには……ってあれ、あれれ?」


 少し混乱したようにラウラ姫は両手で自身の耳を押さえるような仕草をした。

 むむー、と唸る銀髪狐娘。その歳相応の表情に、セラはまるで妹を見るように微笑む。

 だがすぐに表情を引き締めた。


「いったい、何者なのでしょうか。私やあなたを狙ったクライアントとは」

「さあて、何やらきな臭いな。狐人の姫巫女に、あるげなむ国の姫――共通しているのは、互いに姫であることと、髪の色くらいか?」


 結局のところ、わからずじまいだ。何せ、狼人らの生存者はなしだ。いまさら事情は聞き出せない。……ことになっている。

 慧太は、二人の銀髪姫の背中を見やりながら思う。

 とり込んだ狼人の戦士の記憶。そこには漆黒のフードローブ姿の小柄な人物のビジョンが残っていた。


 ただそいつが何者かはっきりしない。


 何か団体に属しているようだが、喰った狼人がそのあたりどうでもいいと考えていたようだった。……もうちょっとしっかりしろよ、と狼人に言いたくもなるが、すでに死人なのでそれ以上は思わなかった。


 ラドローなら――狼人のリーダーなら知っているだろうか。だがさすがに周囲の目があるところで、奴の死体を捕食するわけにはいかない。

 ともかく理由はわからないが、セラを狙った奴がいる。それが知れただけでもマシというものだ。


 ここから先、ちょっかいを出してくる可能性はあるが、どの道ライガネンへ目指す途中だ。例え敵の正体がわかっても寄り道などしている余裕などないから、手を出してくるならその時に返り討ちにすればいい、と自身を納得させた。


 砦の外に出る。

 すっかり夕焼け空となっていた。

 ラウラ姫は天を仰いだ後、セラに向き直った。


「すっかり世話になったな、セラ姫。そしてケイタとリアナ。わらわは、大事な行事が控えているゆえ、急いで帰るが、そちたちはどうする?」

「どうしましょうか――」


 セラが振り返る。慧太は右手を軽く振った。


「ユウラたちと合流しないとな」

「今から出ると、森で夜になりますが? ……ラウラ姫たちも危なくないですか?」

「わらわたちはフェネックだぞ? 夜の森など、散歩するようなものだ」


 どこか得意げに、ラウラ姫は薄い胸を張った。


「何ならわらわたちと途中まで同行するか? 森の先導くらいはするぞ?」

「心配ご無用」


 リアナが軽く挙手した。


「わたしもフェネックです、姫様」

「そうだな、そちがおるのだ、余計な申し出だったな。すまぬ」 


 ラウラ姫は快活に笑った。彼女は同族の部下、その一人である大男の背に飛び乗った。監禁されて日がたっており、長い距離を歩くのが不安なのだ。

 狐人の姫は振り返りながら、リアナを見つめた。


「そちを誘えなかったのは残念だ。……親しき友キティアは大切にせよ」

「はい、姫様」


 金髪碧眼の狐娘はこうべをたれた。


「……もし、行くところがなくなった時は、わらわの元を訪ねるとよかろう。そちならいつでも歓迎する」


 続いてラウラ姫は、慧太を見やる。


「一族は違えど、同じフェネック。その信頼を、ゆめゆめ裏切らぬようにな」


 オレがリアナの信頼を裏切るってか? それはないだろう――慧太は苦笑した。


「肝に銘じます、姫」


 うむ、とラウラ姫は頷くと、同胞の戦士たちと共に砦を囲む城壁、その門へと向かう。


「そちたちの行く先に幸あれ……微力なれど、我らが神に祈っておいた。では、さらばだ」


 立ち去る狐人の一行。

 それらが視界から消えるまで、慧太はじっとその背中を見つめた。セラも、リアナもそれに倣い、一言も喋らなかった。

 やがて、慧太は視線をリアナへ向けた。


「誘えなかったって?」

「うん。彼女に、スカウトされた」


 淡々と言ってのけるリアナに、慧太は驚いた。


「マジかよ」

「ケイタがセラを助けている間に、ラウラから誘われた。……断ったけど」

「断ったのか……」


 慧太が髪をかけば、リアナは小首を傾げた。


「断らないほうがよかった……?」

「それは寂しいな」


 深く考えるまでもなく、その言葉が出た。

 この世界に来てから、付き合いが長い人物の一人がリアナだ。彼女は相棒であり、仕事でも行動を共にした。危険な状況も何度も潜り抜けた。


「わたしもよ、ケイタ。わたしのキティア」

「キティアって、何です?」


 セラが聞いてきた。リアナはすっと銀髪のお姫様を見つめ、こう答えた。


「『生涯の友』。その相手のためなら、命を投げ出すこともいとわない存在のこと」

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