第117話、ベルゼとベルフェ


 リッケンシルト国、王都エアリアが見える位置に、魔人軍ことレリエンディール軍は布陣した。


 謎の飛竜による空爆、その二日後のことだ。

 破竹の勢いで王都を目の前にしながらも、思いがけない打撃を受けたベルゼ率いる先鋒隊は、一度後退し後続部隊と合流した。


 だがそれは、ベルゼ指揮下の連隊だけではなかった。レリエンディールは、さらなる増援をリッケンシルト国攻略に差し向けたのだ。

 七大貴族の一人、『疾風迅雷』の異名を持つベルゼは、大股で無数の天幕が張られた野戦陣地を歩いていた。目指す天幕には、レリエンディール第四軍の司令官がいる。


 警備兵がベルゼに敬礼する。だが当の本人は頷くだけで、無遠慮に天幕の入り口を開けた。

 一瞬、何とも形容し難い異臭がしてベルゼは顔をしかめる。中は魔石灯が輝いていて天幕内にも関わらず明るかった。


「邪魔するぞ!」

「邪魔するなら帰って、どうぞ」


 何ともやる気のなさげな少女の声。ベルゼは相手の姿を見やり、口もとに皮肉げな笑みを浮かべた。


「……相変わらず、野暮ってぇ格好してんな、ベルフェ」


 その人物は、緑色のローブをまとった小柄な少女だった。

 外見は十歳程度に見えるが、実際その年齢ではないことはベルゼも知っている。茶色い髪を三つ編みにしていて、髪のあいだから覗く耳はクマ耳である。

 魔鏡(眼鏡)をかけていて、綺麗にまとまっている顔立ちなのだが、およそ表情というのが欠落したそれは、まるで人形のようだ。そしてその表情とおり、平坦な口調でベルフェ・ド・ゴールは言った。


「何の用です、ベルゼ」

「着陣早々で悪いが、あたしの軍とお前の軍で打ち合わせがあんだろう?」

「……メンドクサイ、お前がやれなのです」

「なんですと!?」


 面食らうベルゼに、お気に入りの専用椅子に腰掛け、思案しながらベルフェは頷いた。


「冗談なのです単細胞。とりあえず面倒ごとは全部押し付けるつもりだから、そのつもりで」

「なんでお前はいつも、そうやる気がねえんだよ!?」

「お前がやる気を余らせてるから問題ないのです……バランスです、バランス」


 そうか――とベルゼは頷くと、手近にあった簡素な木の椅子に座った。深く考えないのがベルゼ・シヴューニャという女魔人の長所であり短所であった。


「まあ、無気力なお前にしては、随分と速い到着だったじゃないか。リッケンシルトの拠点は残ってただろう?」

「ああ、お前が攻城戦を嫌って迂回しまくったせいで、ボクが全部潰したのです。感謝するといいのです」


 ベルフェは、ボクっ子だった。

 それとは別に、ベルゼは驚いた。


「全部かよ! つーか、攻城戦って普通時間がかかるもんだぞ! それを攻略してこんなに早く来れるもんか!」

「来れるもんか、って、実際来てボクは目の前にいるのです。バカなのですか?」


 ベルフェは愛用の席を離れ、机の上においてある鉄色のポッドを手に取った。中に入っている液体を愛用のマグカップに注ぐ。


「どうやったんだよ?」

「戦闘工兵と砲兵で。文字通り、拠点を潰してやったのです」


 ベルフェはカップに口をつけ、すぐにふぅふぅと熱を冷ます。思ったより熱かったのだ。


「何なら見てくるといいのです。ここまでにあった城や砦は、いま更地となっているのです」

「はっ、マジかよ! お前、容赦ねえな!」


 ベルゼは声を上げて笑った。ツボに入ったらしい。


「じゃ、その大層な手腕で、王都もぶっ潰すか?」

「いや、王都は潰してはいけないのです」

「何で?」

「リッケンシルト国を支配下に置いた時に、管理運営するための拠点が必要なのです。よって、王都を完全に更地にするのは本国からも認められていない」

「つまり……うーん」


 ベルゼは椅子の上で足を組み――スリットから覗く艶かしい足がちらり――額に手を当て考える。


「あんま王都は壊さずに制圧しろっていうことか?」

「普通の攻城戦になるのです」


 退屈そうに眼鏡の魔人少女は言う。これにはベルゼも肩をすくめた。


「時間がかかるのは嫌いだ! あと、メンドクサイ!」

「それには同意なのです。メンドクサイ」


 ベルフェもまた、心底嫌そうな顔をした。普段表情に乏しい彼女だが、こういう時だけ、顔に出るのだ。


「とりあえず、城壁は潰すのです。そうなれば制圧も多少は早いのです」

「うん、じゃ、その後はあたしの軍で王都に殴りこむわ」


 適当感丸出しでベルゼは言った。即時行動が彼女のモットーである。待たされるのは好きではないのだ。


「で、いつはじめるんだ?」

「ここに来るまでに砲の弾薬を使い切ってしまったのです。後方からの補給が来るまで、このままにらみ合いなのです」

「かっ、補給待ちかよ……」

「お前が面倒がって迂回した所を全部潰した代償なのです」


 ベルフェはたしなめる。へいへい、とベルゼは口を尖らせた。


「そういえば、王都から難民が出てたな。退屈しのぎに、あいつら狩って来てもいいか?」

「珍しいのです。お前が野戦を挑まず放置するなんて」

「いや、一応大隊を送ったぜ? ただあたしとしては、こっちが避難民を襲っているところ王都から軍勢が出てくるのを期待したんだけど」

「なるほど、そっちを待ってたわけですか」

「ああ、でも出てこないんだよこれが。……腰抜けめ」

「それで憂さ晴らしに逃げる連中を追うと」


 ベルフェは愛用の椅子に腰掛け、ずずずっとカップの飲み物をすすった。


「いいだろ? 別に。暇なんだからよぉ」

「それなら暇つぶしに面白い話をしてやるのです」

「面白い話?」


 胡散臭そうな顔をするベルゼ。ベルフェはカップを置いて一息ついた。


「アルゲナムの姫は知っているですね?」

「あ? セラ何とかっていう天使みたいな名前の姫か? 確か、アスモディアが追ってたよな」

「その、天使みたいな……いや天使の名前を持つ姫ですが……王都エアリアにいたみたいなのです」

「マジかよ!」


 だらしなく腰掛けていたベルゼだが、ピンと背筋を伸ばした。


「あたしら魔人の仇敵! そうか、王都にいんのか!」


 俄然楽しそうな顔になるベルゼ。大方、白銀の一族の末裔と直接戦いたいのだろう。一方のベルフェは溜息をついた。


「お前、人の話を聞いてるのですか? ボクは、いたみたい、と言ったのです。今いるとは言ってないのです」

「いないのかよ……」

「つい先日まではいたようなのです。ただ、今はいない」

「つーと?」

「先の避難民より少し先か、あるいは避難民らと一緒に王都を離れたようなのです」

「それなら、ここでじっとしているわけにもいかねえじゃねえか!」


 今度こそベルゼは立ち上がった。


「アルゲナムの姫は最重要標的だろ? わざわざ七大貴族の一人を割いたくらい……って、あの色呆けアスモディアはどうしたんだよ? あいつの任務だろ」

「アスモディアは行方不明なのです」


 ベルフェは飲みモノをすすった。


「リッケンシルトに潜入していた部隊を全部撤収させたようなのですが、その後の足取りは掴めていないのです」

「返り討ちにあったとか?」


 ベルゼはしかし顔をしかめた。


「でもおかしいじゃねえか。何で部隊を下げたんだよ?」

「ボクが知るわけないのです。ただ――」


 ベルフェの魔鏡眼鏡がキラリと光った。


「せっかくその白銀の姫が近くにいるかもしれないなら、その本人に会って聞けばよいのです。『お前はうちの色ボケ魔人を返り討ちにしましたか?』と」

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