第80話、王都を囲む城壁
王都エアリアを囲む長大な城壁。
高さにして十
昼間ゆえに開け放たれた門。観音開きのその扉は厚く、また高かった。王都の出入り口たる門は、警備隊が守りを固めている。
時間帯のせいか、城門を通過する人間はまばらだった。役人による審査問答を終えて人々が王都外に出たり、入ったりしていた。
慧太は、セラ、続いてユウラを見た。
「審査があるみたいだけど、大丈夫かね?」
「目的を明かせば、大抵入れますよ」
ユウラは言った。
「あくまで手配されるような犯罪者や不審者を止めるための審査ですから。善良な人間なら、特に問題はないはず」
「
慧太は振り返る。真っ先に見たのはシスター服の女魔人。
「一人確実に駄目そうなのがいるんだが?」
「角は隠してるわよ」
アスモディアが心外そうな顔をした。
「どこからどう見ても、敬虔なシスターにしか見えないでしょう?」
「外見はな。でもお前、変態だから」
思わずセラが噴出しそうになり、それを堪えた。アスモディアは眉をひそめた。
「笑ったわね、お姫様」
「それで――」
慧太はユウラに視線を戻した。
「あんたが連中と話してくれよ。そういうのはオレ慣れてないし」
「何事も経験ですよ、慧太くん」
「ヘマして入れないなんてことになったらマズイだろう?」
「考えすぎですよ、慧太くん」
「心配いらないですよ、ケイタ」
セラが口を開いた。
「リッケンシルト国の国王陛下にお会いしに宮殿にも行きますから、手っ取り早く門では私が話します」
「大丈夫かな」
慧太は小さく首を振った。
「セラがお姫様だってこと、向こうに通じるかね」
「……というと?」
小首を傾げるセラに、慧太は
「アルゲナムの護衛もなく、お姫様の取り巻きが傭兵風情じゃ、偽者って思われるんじゃないかってこと」
「それはない……と思いたいですが」
セラは苦笑した。首にかけるペンダントを服から引っ張り出す。
「聖アルゲナム国の王族の紋章もありますし、加えてこの銀髪――」
お姫様はさらりとした自らの髪を払う。
「一年前にも訪れていますし、私の顔を覚えている方も少なからずいるでしょう」
「そうだった。セラは前にも来てるって言ってたな。じゃあ安心だ」
「……ケイタって」
セラは不思議そうな顔をする。
「意外と心配性だったり……?」
「慎重、と言ってほしいね」
慧太は皮肉げに言うのだった。
やがて、城門に到着する。門の外にいる二人の歩哨の間を抜ける。幅は五ミータほどか。王都から出てきた商人の一団と思しき馬車や従者とすれ違い、門をくぐる。
リッケンシルト国の紋章の入った鎧兜で武装した兵たちが数人立っている。その中でローブ姿の役人が手を上げて、こちらへ来いと合図した。
「傭兵かね?」
四十代半ばと思われる役人は、値踏みするような目でじろじろと。羊皮紙の束に何やら筆を走らせている。
人数に、外見から想像される職業や人相でも描いてるのだろうか……?
「失礼ですが、急ぎ取り次いでもらいたい事柄があります」
セラが代表して、役人の正面に立った。例のペンダント、その紋章を見せながら。
「私は、聖アルゲナムの王女、セラフィナ・アルゲナム。故あって、リッケンシルト国、国王陛下にお目通し願いたく参上いたしました。……そのように、お取次いただきたいのですが」
「アルゲナムの……セラフィナ殿下!」
バッと驚きを露にしつつ、しかしセラのもつペンダントの紋章の確認は怠らない。すぐにそれが本物と見たか、役人はその場で膝をつき、
「これは大変失礼致しました、セラフィナ姫殿下! 急ぎ連絡致しますので、どうぞそちらの休憩所にてお待ちいただけますと幸いにございます! ……おい!」
役人は、驚いている兵の一人を呼んだ。
「姫殿下を休憩所にご案内しなさい!」
「ハッ! ……姫殿下、どうぞ」
屈強な兵はぴんと腕を伸ばし、城門わきの休憩所を指し示した。
セラは頷くと、さも今思い出したとばかりに言った。
「もちろん、私の護衛も一緒でよろしいですね?」
「は、ご要望のままに」
役人は恭しく頭を下げるのだった。
・ ・ ・
伝令が王都の中心にあるハイムヴァー宮殿に来た時、リッケンシルト国のオルター国王は、翌日に控えた祝賀パーティーの打ち合わせを終えた直後だった。
大臣や親衛隊の指揮官らがいる中、緊急を告げる伝令は、アルゲナムのセラフィナ姫が王との面談を求め、この王都にやってきたことを告げた。
ただ色々と不審な点があるという。
「連れは傭兵とな?」
露骨に顔をしかめたのは親衛隊隊長だった。
五十代にさしかかり、立派な口ひげを蓄えた彼の表情は険しい。浅黒い肌に、やや太めの体格。だが宮殿内にも関わらず帯剣し、その細目と相まって、周囲への威圧感は強い。
「ハッ、姫殿下を除けば魔術師風の男が一人、修道女が一人。残るは歳若い男の戦士と
「解せませんな」
親衛隊隊長は、玉座の王を見上げた。
「聖アルゲナム、その王女の護衛ともなれば、誉れも高き戦乙女を模した兜飾りが特徴の女性騎士団のはず。何故にそんな得体の知れない一団の、しかもわずか数名と行動しているのか」
「……そのセラフィナを名乗る女性は、本物なのか?」
齢六十を迎えるオルター王は、その細い腕を突き出し、伝令を指差した。
「アルゲナム王家の紋章を確認しました」
伝令は跪いたまま答えた。
「大変お美しい銀髪の女性で、審査官のリーヒェ殿は『本物』ではないかと」
「歯切れが悪いですな」
親衛隊隊長は鼻を鳴らした。
「断言はできないのか?」
「なにぶん担当官殿も間近でセラフィナ殿下のご尊顔を拝見したことがないとのことで……できれば、姫殿下のお顔を存じている方に確認していただきたいと申しております」
つまり担当の役人もまた、姫殿下を自称する者とその一団の取り合わせに疑問を持っているということだろう。
「リンゲよ」
「ハッ、陛下」
オルター王の呼びかけに、親衛隊隊長――リンゲは背筋を伸ばした。
「貴様は……セラフィナ姫の顔は覚えていよう」
「もちろんです、陛下」
「貴様が行って確かめよ。……本物であれば丁重に
「……もし姫殿下の名前を語る偽者ならば」
「貴様が処断せよ」
「御意に」
リンゲ親衛隊隊長は測ったような礼をこなすと、その場を後にした。
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