第81話、王との面談
城門わきの休憩所でまたされることしばし。
石造りの簡素だが広い部屋だ。木製の長テーブルが六つ。同じ長さの長椅子が倍の数並んでいて、おおよそ六十人程度が一度に食事が摂れるようになっていた。いま兵たちは隅に数名程度いて、休憩しながら慧太たちを見ていた。
出されたお茶を優雅に飲むセラに対し、慧太は一人落ち着かなかった。
その様をユウラだけではなく、リアナはアスモディアにまで指摘されては、どうして他の連中は落ち着いてられるのかと思うのだった。
どれだけ待たされるのか?
長ければ長いほど、リッケンシルト側はセラが本物かどうか疑っていることを意味している。茶菓子などを出されていても、休憩所の外では同国の兵士らがいる。
もし本物だと信じてもらえなければ、王都に入れない……というのは軽いほうだ。最悪、セラの名をかたる偽者とその仲間として、逮捕拘束される恐れすらあるのだ。
「ねえ、ケイタ」
セラは紅茶の入ったカップを穏やかな目で見ながら、言った。
「あなたって、かなり神経質だったりします?」
「……どうかな? こういう場はオレの出番がないから、落ち着かないのかもな」
「先方に疑われるのは当然のこと。でも心配はいりませんよ」
「……」
「私を知る者が来れば、それで疑いも晴れます。状況説明さえすれば、護衛があなた方傭兵であることも分かってもらえます」
「自信満々だな」
「ええ、先にも言いましたが、私は何も心配していません」
ふむ――慧太は腕を組む。
エアリアでの用件の主役といえるセラが、どっしりと構えているのは何とも頼もしいことだ。
おそらく大丈夫だろうが、暇なのでもしトラブった時のために考えておくか――
やがて、休憩所の扉が開いた。
入ってきたのは堂々たる体躯に煌びやかな朱色の甲冑をまとい、口ひげを生やした男と、同色の装備に身を固めた兵士が数名。
――お出ましか。
慧太は席を立った。構えこそしないが、いつでも武器を手にする心構えはする。
セラも立ち上がると、先頭の口ひげの指揮官を見やり、朗らかに笑みを浮かべ一礼した。
五十代半ばの口ひげの男は表情一つ変えず、しかし礼に応えた。
「お待たせして申し訳ありません、セラフィナ姫殿下――」
重々しい声。歓迎、しているそれには見えないが、セラは笑みを崩さない。
「一年ぶりですね。……リンゲ隊長。息災でしたか?」
「はっ、見ての通りにございます」
リンゲと呼ばれた指揮官は片膝をついた。背後の部下たちも習い、そこでようやく、リンゲは口もとに笑みを浮かべた。
「お久しゅうございます、姫殿下。……覚えていらっしゃられたとは、光栄に存じます」
「一年前にお会いした時は、顔をあわせただけでしたからね」
「職務に忠実たればこそ――その折は失礼致しました」
「構いません。……それよりリンゲ隊長、国王陛下にお会いできるよう手配できるかしら?」
「は、姫殿下のご要望とあらば」
よろしいでしょうか――リンゲは顔を下げたまま聞いた。
「
セラは頷くと、リンゲは言った。
「失礼ながら姫君。如何なご用件にて、陛下との面談をお望みになられるか、お伺いしてもよろしいでしょうか?」
「緊急の要件。……できるだけ早くお知らせせねばならないことがあります。リッケンシルト国にも大きな災いになる重大事」
それは――
・ ・ ・
「アルゲナムが……陥落した」
オルター王は、玉座から腰を浮かしかかった。
リッケンシルト王都のハイムヴァー宮殿。その玉座の間。
紅いカーペットが敷かれた床。居並ぶ重臣らにも一様に驚きがさざ波のように広がる中、セラは心持ち沈んだ声で告げた。
「はい……。嵐の時を狙った奇襲でした」
リンゲ親衛隊長とその部下たちの護衛のもと、宮殿へ案内されたセラたち一行。慧太らを外で待たせる中、セラは一人、オルター王やその家臣団と面談していた。
「守備軍の奮戦及ばず……父も……」
「そうか……」
オルター王は、すっと玉座に沈みこむように座り込んだ。老王はその白いあごひげに手を当て撫で付けた。
「不幸であったな、セラフィナ姫」
はい――セラは顔を上げた。
「父王の遺言に従い、魔人の国レリエンディールの脅威を伝えるべく、生き恥をさらして参上した次第です」
「よくぞ……生き残った」
王の口調は、咎めることなく、むしろ優しかった。
「そなたが無事であったのは、不幸中の幸いよ」
「恐れ入ります。わが身を犠牲にした民や臣下らの忠誠あればこそです」
うむ――オルター王は頷いた。その視線は、セラから自国の重臣らに向く。
「先日より聖アルゲナムから一切の連絡が途絶えたのは、魔人の手によるもの――」
「まさか、アルゲナムが陥落するとは――」
ざわ、と重臣らは顔を見合わせる。王は口を開いた。
「実はな、姫よ。先日、とある用件があって、そなたの国に使いを出していたのだが……アルゲナムに行ったきり帰ってこない。こちらとしても、何かトラブルが生じたのではないかと懸念しておったのだ」
ロウト将軍――王が呼べば、家臣団の中より初老の男が一歩前に出た。
「は、アルゲナムから連絡が途絶えて、はや二週間。我が国から調査隊を派遣しておりますが、報告はまだ――」
「報告を待つまでもあるまい。セラフィナ姫が命の危険を賭して報せにきたのだ。速やかに国境の守備隊に臨戦態勢をとらせるのだ。魔人の侵攻に備えよ」
「はっ、陛下」
ロウト将軍は頭を下げた。
「有事に備え、すでに国境に援軍を送っております。ただちに早馬を出し、守備隊を守備軍に昇格させます」
行け――オルター王が指差せば、ロウト将軍は家臣団を離れ、玉座の間から退出した。
それを見送ったセラは、国王に振り返った。
「それでは、陛下。私めも退出をお許しいただきたく――」
「もう、ここを出ると言うのか?」
オルター王は玉座の上でわずかに前傾した。
「部屋を用意させよう。しばし
「ご厚意、痛み入ります陛下。しかし私は、父王の遺言に従い、これよりライガネンに赴かねばなりません」
「ライガネンか」
王は玉座に肘を乗せて手を組む。セラは頷いた。
「魔人の脅威は国一つの問題ではありません。人類が力を合わせて対抗せねばならない状況であると考えます」
「我がリッケンシルトだけでは、不足――と」
「恐れながら。レリエンディールによって滅ぼされた国は、私の国を含めすでに三つ。敵を侮ってはなりません」
「……」
オルター王は押し黙る。
少し無礼な言い方だったか、とセラは思った。相手は一国の王。いかに隣国として付き合いがある王族であっても、今のセラには国の力などないに等しいのだ。
「魔人は、それほどの脅威と見るか」
重々しく、王は口を開いた。
「して、ライガネンに助力を請い、討伐軍が編成された暁には――故国の奪還を望むか、アルゲナムの姫よ」
「望まないといえば嘘になります」
セラは目を閉じた。だが瞼を上げ、露になった瞳には強い光が宿る。
「ただ魔人との戦いとなれば、私は先頭に立ち戦う覚悟です。アルゲナムの……白銀の勇者の末裔として――!」
「……うむ。そなたの心意気、清廉にして勇壮。まこと心地よい」
オルター王は頷いた。
「旅の疲れもあろう。父君の遺言はあろうが、二、三日はここに留まってはくれまいか。代わりといっては何だが、ライガネンへ赴くそなたのために便宜を図ろう」
「感謝の極みにございます、陛下!」
セラは深々と頭を下げた。
よいよい、とオルター王は玉座から立ち上がると、親衛隊隊長のリンゲに後を任せてその場を後にするのだった。
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