第52話、水晶に潜むモノたち

 ざくっと土を踏んだ感触。差し込む光に反射して水晶が煌く。

 しかし空間全体を見渡せば、やはり薄暗かった。

 先頭を行くグレゴが足を止める。

 視線の先には人――いや、すでに白骨化した頭蓋骨が水晶脇に落ちていた。


「人……」


 セラがぽつりと呟く。グレゴは片ひざをついて骨を検分した。


「水晶泥棒の成れの果てダ」

「頭だけ?」


 慧太もそれを覗き込む。グレゴは頭蓋骨を持ったまま、周囲に視線を走らせる。


「身体は喰われたな。水晶虫すいしょうちゅうか……もっとでかい奴か」

「でかい奴……?」

「例えば、水晶サソリスケルピオスとか」


 スケルピオス? ――慧太は改めて水晶の群生した周囲を見渡す。


「でかいって、どれくらい?」

墓場モグラマクバフルドぐらい」

「マジかよ……」


 慧太は、自身の影に取り込んでようやく倒した巨大土竜を思い出し顔をしかめた。


「それだけでかけりゃ、気づくか」

「油断は禁物ダ。身体中、水晶に覆われているから、案外近くにいても気づかないことがある」


 グレゴは立ち上がると数歩移動して、うなずいた。


「身体の残りがあったゾ。……この荒らされ具合は、水晶虫ダ。そして――」


 グノーム人は折れた矢のようなものを拾って見せてきた。


「ゴバードの矢ダ」

「ゴバード?」


 そういえば前にもその名前を聞いた気がする。グレゴは矢を足元に放った。


「犬ダカ狼ダカに似た獣人ダ。……知らんのカ?」

「獣人博士じゃないからな」


 慧太が皮肉れば、グレゴは首を横に振った。


「この水晶泥棒は、きっとゴバードにやられたンダ。奴らが身包み剥がして放置したところを、水晶虫が喰っちまった……そんなところダろうナ」

「えげつない」


 慧太がぼやけば、リアナがポツリと呟いた。


「狼はキライ」

「ワシもゴバードは嫌いダ」

「ちなみにゴバードって……伏せて!」


 リアナが警告を発した。

 直後、ひゅんと風を切る音と共に、グレゴの頭ひとつ横を矢が通過した。

 ギョッと目を丸くし、慌てて近くの水晶の影に飛び込む。


 飛翔音が連続し、矢が飛来する。

 慧太は、セラとリアナがすでに姿勢を低くしているのを確認し、護衛対象であるセラのもとへ駆け寄る。


「いきなり攻撃されるなんて」


 セラが銀魔剣を手に、矢の発射地点を探る。

 大水晶の影から窺うが、薄暗いあたりにいるのか敵の姿が見えない。だが矢は飛んでくる。慧太は首をかしげた。


「よく見えない……リアナ!」


 狐人の少女はその場にしゃがみこみ、その碧眼は鋭さを増していた。

 手には弓を保持し、相手の居場所を探っているようだった。

 もう少し遮蔽に近いところにいたほうが――慧太が一言指摘しようとすると、スッとリアナが矢を取り弓を構える。

 そして物言わず、放った。


 矢の軌道を追う慧太。

 セラも注目するが、途中でその矢が見えなくなり……「ぎゃ!」と鳴き声のようなものが闇の中から聞こえた。


「当たった……!?」


 セラが自信なさげに言えば、慧太は思わず微笑した。


「リアナなら当てるだろうさ」


 例え見えてなくても、訓練した狐人は音だけで相手の位置を割り出すのだ。リアナが二射目を放つ。暗闇からまたも悲鳴が上がる。


「さすがだリアナ。敵は? あと数は?」

「狼系の獣人」


 リアナは弓に矢を番える。


「たぶんゴバード。……十数体ほど」


「グレゴさん!」とセラが声を発する。


「右側! そちらに近づいてきてます!」


 視線を向ければ、陰になっている部分を飛び出し水晶を避けながら、移動する人型が三、四体ほど駆けてくるのが見えた。

 グレゴは大水晶を盾に接近する敵を探し、見つけたらしくベルトの爆弾を手に取った。


「ゴバードめェ! これでも喰らエェ!」


 矢が飛来する中、グレゴは力強く爆弾を放った。

 だがそこで一つの不運が起きた。

 爆弾が思いがけず近くで爆発したのだ。飛来した矢が爆弾に当たったのだが、当然ながらそれを目で追えた者はいなかった。


 ぬおっ、と声をあげグレゴが大水晶の裏で倒れた。


 だが接近するゴバードにも予想外だったのか、唐突に彼らは引き返し始めた。

 その後をリアナの矢が追い討ちをかける。

 敵が退散したので、その隙に慧太は倒れているグレゴのもとに駆け寄る。


「グレゴの旦那!」

「……」


 返事がない。まさか怪我でもしたのか。


「旦那! ……旦那?」


 屈強なグノーム人はうつ伏せ状態だったが、頭は上がっていた。死んでないし、それどころか意識もあるようだ。

 驚かせやがって――慧太は呆れも露に近づく。


「何やってるんだ、旦那」


 グレゴは振り返らない。右手の人差し指を上げ『静かに』と合図しているようだった。一点を見つめていた彼は唐突に匍匐(ほふく)前進を始めた。


「……上物ダ」


 そっと手を伸ばしたグレゴは十テグルセンチほどの水晶を掴む。彼は振り返り、にんまり笑った。


「旅の途中、これで美味いもんが食えるかもナ」


 地底暮らしのグノーム人が上物というからには、それなりに値の付くような代物なのだろう。

 金になるものに目がくらんだ、といえば呆れもするが、あくまで仲間たちのことを考えてのことと思えば、かえって微笑ましくもあった。

 グレゴが水晶を手に立ち上がった。満足げな表情で、それをツールベルトのポーチへとしまおうとする。


 その時、背後の大水晶が動いた。

 慧太は錯覚かと思い、目を瞬かせれば、水晶を背おったそれがのっそりと、しかし突然現れた。


「旦那、後ろ!」


 とっさに叫んだ。グレゴはギョッとした顔をして、振り向く。

 反射的とはいえ、その場を動こうとしたのが功を奏し、『それ』が伸ばしたハサミ状の腕に挟まれるを回避した。

 だが直後に腕を振り回したのには巻き込まれ、『それ』の真正面に倒れてしまう。


 仰向けになったグレゴの身体に、真上から巨大な水晶の塊が落下し、その腹を直撃した。


「ぐぉぉっ!?」 

「グレゴの旦那!」


 慧太は目の前の光景に一瞬、呆然としてしまう。

 まるで計ったようににグノーム人の胴体を押し潰すハンマーの如き一撃。

 瞬きの間に起きた出来事だった。

 水晶を擬態に使っていた大型生物――クリュスタ・スケルピオスがその偉容を現した。

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