第28話、襲撃

 傭兵団のアジトの居住区にある慧太の部屋。

 年季の入った天井に壁、ベッドがあり、学習机があり、木製の書棚がある。丸いテーブル、ふかふかのソファー、来客用の椅子。壁の隙間にはテレビ――その全てがこの世界では異質なものだ。


 もっとも、慧太に言わせればがわだけ。中身はまったくの別物だ。

 だからこの世界の人間が見ると、『微妙に気持ち悪い』とか『変』という感想が出る。……まあ、獣人たちの部屋だって、人間から見たら十分変だが。


 持っていくものは何もない慧太ではあるが、身体の補充作業だけはしておこうと思った。

 今回の旅はおそらく長期になる。自分の分身体・・・はできるだけ取り込んで、状況に対応できる『容量』を増やしておく。


 ――テレビも、学習机も、ソファーも……!


 慧太が触れると、それはたちまち黒い粘着性のある塊になり、慧太の身体に取り込まれていく。シェイプシフターの身体は、吸収していくと身体が大きくなってしまうので、増加分を自分の影へと流す。外見のサイズを変えることなく、影の密度を濃くすることで身体を構成する量を増やしているのだ。


 ベッドだけが残った室内。慧太はその身を横たえた。

 この寝心地最高のベッドの弾力、感触も、自身のシェイプシフター体が作ったもの。

 今のところ、これよりいいベッドはめぐり合ったことがない。

 実は団長のドラウト、リアナやユウラも、シェイプシフターベッドの愛好者だったりする。


「……明日はここを出るんだよなぁ」


 天井を見上げながら慧太は呟いた。

 世話になっている傭兵団、こみ上げてくるのは一抹の寂しさ。別にやめるわけでもないのに、何を感傷的になっているのか。


 ――ちょっとした出張だ。これまでだってあったじゃないか。


 いつ戻ってくるかはわからないが。この世界で唯一、帰るべき場所があるとすれば、ここ、ハイマト傭兵団だ。


 ――お姫さんは、どうなんだろう……?


 ライガネンまで同行する約束をしたセラフィナ。

 国を滅ぼされ、使命を帯びて一人旅をしてきた少女。目的地についたら、彼女はどうするだろうか? やはり故国に戻って魔人と戦うのだろうか。

 あの煌くような銀髪を脳裏に思い描き、瞼を閉じて休もうとしていると――扉がノックされた。


「……ケイタ、起きて」


 リアナの声だった。彼女の微妙な声のニュアンスで、慧太の思考は覚める。


「何かあったのか?」

「お客さん。……どうやら魔人のよう。親爺が呼んでる」

「……あー、つけてきたのかよ」


 慧太はベッドから跳ね起きる。傭兵団のアジトに魔人がやってくる理由などそれしか思いつかない。


 ――どんだけお姫さんを狙ってるんだよ魔人あいつらは!


 扉を開ければ、完全装備のリアナが待っていた。慧太は首を振った。


「親爺はいまどこ?」

「見張所」


 そう言うとリアナは駆け出し、慧太もその後に続いた。

 居住区を抜け、広間を通過する時も、何人かの武装した獣人団員の姿を見た。……さすがに只事ではないのを察する。

 アジトの正門を出て、丸太壁に囲まれた庭を走る。


 門の傍にある見張り台に登る梯子をリアナはタン、タン、タンとリズミカルに三歩で駆け登った。狐人は身軽だがこれには苦笑する慧太である。


「親爺!」

「おう、来たかケイタ」


 ドラウト団長はギロチンの刃じみた長刀を背負って、見張り台から周囲に目を凝らしていた。


「臭う、臭うぜケイタ……! 魔人どもがうようよしてやがる」


 団長の傍らに立つ犬人の戦士も盛んに鼻を引くつかせる。


「正面に数十……」


 ヒュイ、と口笛のような音が背後から聞こえ、一瞬、ドラウト団長とリアナ、犬人の戦士が振り返る。鋭敏な獣人らの耳に聞こえる周波の声だと、と慧太は気づく。


「どうやらアジトをぐるっと包囲するつもりのようですな」


「だな」と、団長も頷いた。

 傭兵団アジトには四方にそれぞれ見張り台が設置されている。そこに立つ獣人らは、それぞれの声で素早い連絡を取り合って状況を確かめ合うのだ。


「奴らの目的は、アルゲナムのお姫さんだろうなァ」


 それ以外に考えられなかった。慧太はほぞを噛む思いだった。

 魔人連中と事を構えたとはいえ、まさかこうも早く行動を起こしてくるとは。……しかも傭兵団のアジトにいる間に。


「すまねぇ、親爺」

「いまさらどうこう言ってもしょうがねえ」


 ドラウト団長は眼光鋭く吠えた。


「一戦は避けられないだろうな。ちと面倒な数いやがるみたいだ。ケイタ、オマエお姫さん連れて、抜け道から脱出しろ」

「え? ……いや、オレも戦う!」

「バーカ。傭兵ってのは命あってのモノダネだ。ガチで戦争する必要ねえんだよ。敵さんの狙いは何だ?」

「お姫様」

「そうだ。だから本命のお姫さんには、とっととこの場を離れてもらって、俺たちは時間稼ぎをしながら、適当なところでトンズラする」

「アジトを捨てるのか!?」


 驚く慧太に、熊人の団長は肩を組むように腕をまわした。


「一時的だ。どうせ魔人のやつら、お姫さんがいなけりゃここに留まらないしな」

「あ、ああ……」

「とりあえず一戦はもたせる。だがその後は知らん。だからとっととこの場を離れて距離を稼げ。俺らは死なない程度に頑張るからさ!」


 よっしゃ行ってこい、と、ドラウトは慧太の背中を叩いた。

 危うく見張り台から落下しそうになる慧太だが何とか踏みとどまり、振り返ると頷いた。


「わかった。親爺も無理すんなよ」

「オマエもな!」


 ドラウトは片目を閉じて、親指を突き立てて見せた。

 慧太は頷くと、リアナを呼んで、梯子を滑り降りた。フェネックの少女も後に続く。


 ちょうどそこへユウラに連れられたセラフィナが現れた。さらにもうひとつ。

 やや小太りな印象のある黒い馬。彼はアルフォンソ。荷物運びとして同行する予定だった慧太の所有物だ。

 すでにその背中にはバッグやら鍋やら折りたたまれた小型天幕などが積まれている。手綱はつけていないが、その必要はない。

 ユウラがその首もとに手を当てれば、アルは大人しく従うのである。

 一方、セラフィナは戦闘の気配を察し、その姿は戦闘時の戦乙女の銀甲冑姿だった。


「魔人ですか?」


 硬い表情のセラフィナ。この事態は自分が招いたと言わんばかりの顔に、慧太は自分の中にあった罪悪感が薄れるのを感じた。――きっとオレ以上にセラフィナは自分を責めている。


「そのようだ。敵の狙いはあんただ。だからオレとあんたはさっさとここを離れる!」

「逃げるのですか!?」

「ああ、親爺たちが時間を稼ぐ! 急ぐぞ」

「で、でも――!」


 セラフィナは躊躇う。慧太は、ドラウトと交わしたやりとりを思い出し、思わず苦笑したくなったが耐えた。


「親爺たちが逃げる時間がなくなる。周りの連中のことを考えるなら、あんたはさっさとここを去るんだよ!」


 ついてきな、と慧太が有無を言わせず示せば、セラフィナは不承不承ながら同意した。

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