第2話

カフェ「アマルフィ」のテラス席 は板張りで木製のパラソルが立てられていた。

その下には白で統一された椅子とテーブルが置かれ、異国情緒が漂っていた。


その一番奥の席にはコーヒーフロートを飲みながら文庫本を読んでいる、佐多瑞希さたみずき(18)の姿があった。


前の通りが急に慌ただしくなり、テラス席に泣き喚きながら真琴が駆け込んできた。

「びぃずぅぎぃぢゃぁぁぁん!!」

両手を広げ、今にも胸に飛び込もうとする真琴の顔を、瑞希は左手で押さえている。視線は文庫本。


「やめろって。本に鼻水が付くだろ」

もがいている真琴にチラと視線を移す瑞希。左足で横の椅子を蹴って押し出すと同時に押さえ込んでいた顔をグイと押す。


後ろに押された真琴の脚が蹴り出された椅子に引っ掛かり、そのまま着席、自分で向き直ってテーブルに突っ伏して泣き出す。 

「全く、今度は何だよ」

瑞希、文庫本を閉じ真琴に向き直る。



ジャズ喫茶「ブルームーン」の店内は薄暗く、カウンターの両サイドには不釣り合いなほど大きいスピーカーが設置されていた。

天井に吊り下げられたランプシェードからはオレンジの光が漏れている。


奥のボックス席に柿沼慎一郎かきぬましんいちろう(17)が座り、その正面には祐介が居心地悪そうに座っていた。

祐介の左頬は晴れ上がり、顔は右向きで固定。

テーブルにはファッション誌が伏せてあった。


「で? その流れで真琴ちゃんに一発もらった訳だ?」

「そうです」

祐介、淡々と。

「人と話す時は、目を見て話せって教わらなかった?」

「むりです」

二人、無言でコーヒーを啜る。

「全く、なにやってんのよ」



泣き止んだ真琴の横で、グラスの氷をストローでくるくる回している瑞希。

「で、祐介に平手入れて帰ってきたんだ?」

頷く真琴。


「あんたねぇ、あのバカが一言多いのなんて、今に始まった事じゃないだろ」

瑞希、抜いたストローで真琴を指し。

「口悪いけど、昔から根は良いやつだからって言ったのは真琴だろ?しっかりしなよ」

「でもね!でもジャージだよ?彼女との待ち合わせでジャージってある?」

「ま、まぁ。その辺もあいつらしいって言うか」


「それにね!」


真琴、両手人差し指で自分の目尻を吊り上げ、祐介のモノマネをし始める。

「なんだコレ?ゴワゴワの毛糸で親の敵みたいにギッチギチに目を摘めやがって!

どうやったらこんなに固く編めるんだよ!?、軍手か!?」

瑞希、顔が引きつる


祐介のモノマネは続き

「見ろ!この編み目!7人掛けの椅子に9人座ってるみたいにミチミチだろが! 」

瑞希、あきれ顔で。

「あのバカ。また余計な事を」



祐介、ブルッと身震いする。顔は右を向いたまま。

「風邪か?」

「いや、なんか悪寒が・・って、それよりも!」

右を向いたまま身体を乗り出し。


「このクソ暑い時期に毛糸の帽子だぞ?しかもポテチ染みってあるか!?無いだ  ろ!?」

「まぁ・・・・・ないわな」

「だろ?ないよな?やっぱり!」

「でもなぁ」

慎一郎、眼鏡を外して拭きながら。


「おまえ、真琴ちゃんにそういう女子力的な事を期待してた訳じゃないだろ?」

「それは・・・・」

「あの子の魅力は、あの明るくてひたむきな所だって、おまえ言ってただろうが」

慎一郎、眼鏡をフッと吹いて掛ける。


「それに、何だよ。そのジャージ。普通着ていくか?彼女の呼び出しにジャージとか、それこそないわ」

「そんな事言ってもよ、お前みたいな洒落た服とか、俺持ってねぇし」

「まぁ、ダサ男君はそう言うだろうと思ったよ」

「んなにぃ!」

祐介、勢いで顔が正面を向く。


左手を突き出して祐介を制す慎一郎。

「最後まで聞けって」

クイと眼鏡を上げ、制した手でテーブルに伏せてあったファッション誌を持ち上げ。

「その辺、俺に任せなさいって 」

キラリと光る眼鏡。



「アマルフィ」のテラスでは真琴のモノマネが続いている。

現在は、過去に祐介がしでかした失言等を再現中。

さながらショーの様で、興味深げに通行人が数人覗いていた。


「しっかし、相変わらず真琴のモノマネはクォリティ高いよなぁ。この間やった、

現国の前田のも似てたし。この器用さがなんで他の事に生かせないかね」

頬杖をついて瑞希は呟いていたが、テーブルに置いてあったスマホの振動に気づいて、画面を確認し目を細めた。


「はぁはぁ。どう?瑞希ちゃん。あいつがいかにデタラメなのか分かるでょ?」

公演を終えた主演女優は肩で息をしながら問いかける。

瑞希、スマホの画面に目を落としたまま。

「それで、真琴はどうしたいんだよ?」

「え?」

「デタラメな奴だから、別れて新しい男作んな・・って言われたいのか?」

「それは・・・」

「だったら、あいつに・もう一度チャンスをやんなよ」

「でも・・・・チャンスってどうすれば」

瑞希、真琴の前にスマホを差し出す。

画面には着信・三代祐介(マヌケ)と表示されていた。


--------------------------------------------------------------------------------------つづく。

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