昼下がりの特等席
@araki
第1話
――……今日も駄目かな。
ぼんやり外を眺め続けている彼。いくら普通に話しかけても、その視線はこちらに向きそうにない。
彼の担当になってしばらく経つけれど、回復の兆しは未だ見られない。見えないベールが彼の周りに張られ、彼はその内に流れる独自の時間に揺蕩っているようだった。
穏やかな時間の中、彼はいつもその顔に微笑を湛えている。私もすっかりそのファン。私はベッドの端に腰を下ろし、彼の時間に身を委ねた。
正直、彼のことを考えれば、このままの方がいいと私は思っている。
病院としては早く彼に治ってもらいたいらしい。けれど、自分以外の、それも一度きりの出会いになるだろう人のため、今まで彼は頑張ってきたのだ。
『これはね、義務ではなく権利なんだよ』
誰よりも愛に近い人。私は今もそう思っている。だから、せめてこの残された時間は彼自身のために使ってもらいたかった。
……ただ、どうしても、寂しい気分になる時がある。
だからそっと、彼の耳元で囁きかけた。
「……先生、カルテを見ていただけませんか」
とっておきの魔法の言葉。彼はゆっくりと私の方を見て、優しく手を差し出す。
彼の瞳と目が合う。その瞬間を私は目に焼き付けた。
心行くまで、彼の愛を味わうために。
昼下がりの特等席 @araki
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