第14話 気持ち悪い戦いの幕開け


「正気か皇帝!」


 真っ先に怒号を発したのは月天丸だった。


「何ぞ異論があるか?」

「異論しかないわ! こいつらに演説などさせてみろ! 下劣な言葉を吐き散らして信を失おうとする未来しか見えんわ!」


 いいや、おそらく言葉だけでは済まない。

 俺の推察どおり、既に一虎などは喜色を漲らせている。


「おいおい……オレはそんなふざけた演説はしねえよ。全身全霊でありのままのオレを見てもらうつもりだぜ」


 ありのまま。この言葉は、一虎イーフにとっては全裸を表す。

 もちろんその暗喩が分からぬ親子関係ではない。皇帝は鋭く牽制を放つ。


「演説の場は近く開催される武神祭の壇を予定している。神聖な行事ゆえ、明らかに品格を貶める行為は厳罰に処す。場合によっては死罪も検討するものと思え」

「くそ……卑怯だぞ親父! 人の特技を潰す気か!」

「みっともないわよお兄様。皇子としての演説なのだから、おふざけが許される訳ないでしょう? もっと国のためになる建設的な将来の政策なんかを語るべきよ」


 そう言う二朱リャウシャの目にも汚い光が輝いている。それを見逃す皇帝ではない。


「で、その建設的な政策とは何だ。言ってみるがいい」

「あら簡単ですわお父様。干からびる寸前まで税を搾って搾って搾り上げ、払えぬ者は運河の掘削にでも身柄を引く、苦悶の悲哀の絶えない国づくりを宣言――はっ」


 調子に乗っていたのだろう。

 頭は回るが所詮は二朱も馬鹿の一味である。気が緩むとこうしてとんでもない失策をやらかすことがある。


「現実味に乏しい民への脅迫は許されん。それで三龍サウラン。お前はどうする? 先に言っておくが仮病は禁止だぞ」

「先日、僕の元を去った女官に演説の場で婚儀を迫りたいのですがどうでしょう」

「余が『いいぞ』とでも言うと思ったか?」


 恐ろしいことに、三龍はゲスな試みではあれど本気で言っているようだった。実に未練がましい男である。


「加えて言うなら、その女官は既に祝言を挙げている。暇乞いの際に世話役がいい話を持ってきたからな」

「馬鹿な。皇子である僕との婚儀よりもいい話があったというのですか?」

「いくらでもな」


 皇子という地位は魅力的だろうが、添い遂げる相手の人間性が足を引っ張っている。

 ちなみに三龍は未練がましいが別に一途というわけではない。女官を口説こうとして失敗に終わった前科は今回で通算十五回目に及ぶ。


 項垂れた三龍は、しかしすぐに目を輝かせる。


「では真面目に政策を語ろうと思うのですが、皇帝一族の血統確保のために大後宮を築くというのはどうでしょう。数百人の規模で妾を囲み――」

「三龍」

「はっ」

「そういうところだからな」


 撃沈。

 皇帝の無慈悲な一言で己が負の側面を浮き彫りにされた三龍は、絶望して床に四つ足をついた。

 そして皇帝の視線がとうとう俺に向く。


「……まずい、まずいぞ月天丸。馬鹿どもが勝手に失敗して落伍していく。このままだと俺の優秀さばかりが際立ってしまう」

「貴様はそのままでいいと思うぞ。自覚がないあたりが十分に阿呆だ」


 そのままでいい。

 そうか――と俺は天啓を得る。そして月天丸の身を担ぎ上げた。


「うわっ! 何をする降ろせ貴様!」

「皇子の演説ということなら、今回の演説でこの月天丸を民衆にお披露目していいんだろう!?」


 俺は無理に作戦を講じなくていい。

 絶大な人気を誇る月天丸がその素顔を晒せば、その他四人の皇子の演説内容など吹っ飛ぶに決まっているからだ。


「駄目だ。今回の演説は、義賊としての勇名がある月天丸とお前たちの知名度の差を埋めるためのものだ。月天丸も登壇させてはますます差が広がってしまう」


 しかし一蹴された。


「ほれ見たことか。だいたい、私は正式に宮廷入りするつもりなどないからな。演説などしては宮廷入りを応諾したも同然になってしまうだろう」

「くっ」


 俺は歯噛みして月天丸を床に降ろす。

 兄弟四人のあらゆる演説戦略が先手を打って封殺された今、残す手立ては地味に普通の演説をすることだけである。できるだけ平坦な声で、誰の心にも残らない内容を。


 しかし、そうなれば勝負を分けるのは演台に立つ者から漂う風格しかない。あまりにも俺に優位すぎる分野だ。

 危惧していると、皇帝が咳払いをした。


「あー……どうせこのままいけば、お前ら全員が『死んだような目と声で平坦な挨拶をする』くらいの演説にしかならんのは見えている。だが、そんな振舞いをされては親である余の沽券にもかかわる。故に、一つだけ救済措置を与えよう」

「救済?」


 兄弟揃って玉座を仰ぐ。


「己の評価を下げようとする試みは許さん。しかし、他の兄弟の長所を挙げることは認めよう。皇帝になりたくないのなら、せいぜい他薦に精を出すといい」


 近い位置で固まっていた兄弟全員が、一斉に散開して睨み合う姿勢となった。中央に残された月天丸だけがぽかんと立ち尽くしている。


 まさに風雲急。皇帝のこの一言により、事態は新たな局面を迎えた。

 既に四人は戦闘態勢に入り、互いの粗探しならぬ良いところ探しに全神経を集中している。


 ――しかし。


「くそ。どこにも褒めるところがない……!」


 ロクにありもしない長所の探り合い。

 此度の押し付け合いも、波乱必死の激戦が予想された。

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