『武神祭演説』編
第12話 生まれつきの天命
人には天命というものがある。
読んで字の如く、天が命じた役割ということである。
つまり皇帝のような大役に就く人間は、そうなるべくして生まれてくるのだ。
それはもう絶対の宿命というものであって、本人がどう抵抗しようと関係ない。運命という名の高波が、必然としてその者を皇位へと導いていくのである。
だというのに――
「月天丸、なぜ自分の運命から逃げようとするんだ?」
「その言葉、そっくりそのまま貴様らにお返ししてやるわ!」
月も隠れる曇天の深夜。
俺は月天丸を小脇に抱えて宮廷の庭を歩いていた。すぐそばには
ただし、実際は散歩などではない。
「まったく、家出なんて感心しないぞ。しかもこんな深夜に。連れ戻すこっちの身にもなってくれ」
「ここを家と認めた覚えはない。というか、これはれっきとした人攫いだからな貴様ら。いい加減に私を城下に帰せ」
宮廷からの脱走を試みた月天丸を、四人がかりで捕獲して連れ帰っているところである。
逃げ足こそ速い彼女だが、俺たち四人を相手にして逃げおおせるほどの狡猾さは持ち合わせていない。
一虎・二朱・三龍は取り縄を手にぶら下げながら、やれやれと首を振っている。
「ま、そう叱ってやるなよ
「でも、家出するほど悩みがあったなら一言くらい相談して欲しかったわね……」
「同感です。僕らも兄姉として何か力になれたかもしれませんから」
しごく真面目な調子でそう言う彼らを見て、月天丸は石のような無表情になる。
「どうした?」
「いや、貴様らよくもそこまで白々しい台詞が吐けるものだと感心してな……」
「何を言うんだ。俺たちは心の底からお前のことを心配しているんだぞ」
「ならば私を放せ今すぐ」
もちろん放さない。月天丸はじたばたと暴れているが、その程度で獲物を取り逃がす俺ではない。
その代わりに、兄として懇切丁寧に月天丸を諭す。
「いいか月天丸、冷静になって考えてみろ。皇帝っていうのはこの国の頂点なんだぞ? あらゆる権力がお前の手に集まる。なんだってやりたい放題だ。これを拒否する理由がどこにある?」
「貴様自身の胸に聞け」
なんとも強情なものである。
月天丸を正式な第五皇子として認めるお触れが出されてから、丸三日。次期皇帝の有力候補という破格の待遇で迎えられた彼女は、なぜかその地位を拒み続けている。
「そりゃあ、俺のように優秀な兄がいたら即位に気後れするのも分かるが……」
「待て。誰がいつそんな話をした?」
「だって、俺の胸に聞けっていうから」
月天丸は毛虫でも見るような目を俺に向けてきた。
「違うのか?」
「いや……なんかもう、反論する気にもならん。というよりもな、貴様らこそ冷静になって考えろ。どこの馬の骨とも知れん私なぞが本気で皇子に認められると思うか? どうせこの阿呆を呼び戻すための方便だろう。いずれ頃合を見て、なかったことにされるに決まっている」
「そりゃないと思うぞ。親父はお前のことをわりと気に入ってたし、お触れまで出して公認したことを翻すなんてダサい真似はしないだろうしな」
そういう問題ではない、と月天丸はうんざりした顔になった。
「部外者の私を皇帝に据えるということは、その代で皇帝の血筋が断たれるということだぞ? その深刻さを分かっているのか?」
「まあ、いいんじゃないか別に。務まるなら誰がやっても構わないだろ」
「はあ?」
父である皇帝本人が最も大事なのは「やる気」だと言っていた。その観点から見れば俺たち兄弟は全員資質が欠けている。ならば腐った血筋にはこだわらず、新しい息吹を取り入れるのも一つの案かもしれない。
俺は兄たちの方を振り向いて、
「兄上たちも別に気にしないだろう?」
「オレは好き勝手できる待遇さえ保証してくれれば誰が皇帝になっても文句ねえぞ」とは一虎。
「僕も今の生活が維持できれば異存ありませんね」とは三龍。
ただ唯一、二朱だけが笑いを堪えるようにして口元を手で押さえていた。
「姉上? どうかしたのか?」
「いや別に。ただ、お父様にも何か考えがあるんじゃない? あたしには全然想像も付かないけど」
俺と月天丸は揃って首を傾げる。
この姉の非常に愉快そうな態度は何かを察しているとしか思えない。
しかし、問い詰めてもどうせはぐらかされるのが落ちなので、気にはなるが放置しておく。
――と思ったが、腕に抱えている月天丸が弾かれたように身を捩らせた。
「そうか分かったぞ! つまり私は単なる当て馬というわけだな。皇子に認めるまでは本気かもしれん。しかし、いざ次期皇帝の指名では私を除外して貴様ら四人から選ぶというわけだ。なるほどなるほど、それなら皇家の血筋も保たれるしな」
俺は雷に打たれたような衝撃を受けた。いいや、俺だけではない。一虎と三龍も驚愕の表情を浮かべていた。
確かに「月天丸が当て馬」という可能性は大いにあり得そうだった。事実として、月天丸が迎えられてから俺たちは楽観しきっていた。
一虎は半裸で宮中を練り歩く奇行から足を洗ったし、三龍も「不治の病」の仮病をやめて普通に過ごすようになった。
もはや皇帝不適格を演じる必要がなくなったからである。
しかし、それこそが皇帝の狙いだとしたら?
後継が月天丸に決まったと思わせておけば、俺たちはわざと醜態を晒すことをやめて伸び伸びと己が実力を発揮するようになる。
その実力を見定め、真の次期皇帝を選ぶつもりだったとしたら。
「……危ないところだった」
もしこの策略に乗っていれば、次期皇帝は俺で間違いなかっただろう。月天丸を除く四人の皇子の中で、最も才気に溢れる者は他ならぬ俺だからだ。なにしろ知力と武力に加えて人格まで完璧ときている。
実力を正確に見定められたら、指名は免れなかっただろう。
「よくやった月天丸。あの親父の汚い魂胆がこれで分かった」
「はっ、この程度のこと少し考えれば分かることよ」
誇らしげに鼻を高くする月天丸。
この間、なぜか二朱はあらぬ方向に顔を背けてぷるぷると震えていた。自分だけが察していると思っていた皇帝の姦計を見破られ、悔しがっているのだろうか。
「しかし残念だったな。これで私に皇位を押し付けようという貴様らの作戦は終わったわけだ。さあ、諦めて私を降ろして城下に帰らせ――」
「何を言ってる?」
俺の言葉を受け、安堵したようだった月天丸の身がふたたび強張った。
「何を言ってるって……今の話を聞いていただろう? 皇帝は私を後継に選ぶ気がないと」
「その策略はお前が今見破った。なら、こっちも新しい作戦で迎え撃つまでだ」
簡単な話である。皇帝が後継指名に際して月天丸を候補から外すというつもりなら、その前提を突き崩してやればいい。
「あの親父から、次期皇帝の指名権を奪う」
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