第11話 帳尻が合うかどうかは誰も知らない
「って、よく考えたら逃げられたけどこれじゃ宮廷に帰れないじゃねえか! どうしてくれるんだお前!」
「知らぬわ! だいたい無関係の私を散々巻き込みおって! 貴様のような屑に皇帝なんぞ任せられんから攫ってやったのだ!」
坑道から無事に逃れ切った後。
安都郊外の河原に倒れ込みながら、俺と月天丸は醜い言い争いをしていた。
「あー……帰ったら戴冠確定じゃねえか。だいたい、天下の義賊のくせにむざむざ攫われてんじゃねえよ。おかげで酷い目に遭っただろ」
「お前の家のゴタゴタに私が巻き込まれただけだろうが! むしろ私の方にこそ謝れ!」
ひとしきり叫びあって、互いに疲労で息を切らす。
河原のすぐ上の往来を賑わす話題は、まるで皮肉かのように月天丸のことばかりである。
昨晩、卑劣な火計に遭った月天丸は見事にその罠から脱出し、今日の朝にはその天誅として阿片売りの屋敷を壊滅させたと。
最後の下手人は我が父・皇帝陛下である。
「よかったな、商売に箔が付いたじゃないか」
「とんだ大恥だ。まったく……だが、蔵での借りだけはしっかりと返したぞ。忘れるな」
「ああ」
意固地に釘を刺してくる月天丸にうんざりと俺は頷く。
「それより、明日からどうするかだよ。皇子の権限も使えないし、どこかで用心棒でもやるか……」
「貴様のような用心棒がいたら強すぎて評判になってすぐ素性が割れよう」
「だよなあ」
かといって他の商売など皆目アテがない。侠客にまで身を落とすつもりはさすがにないし。
「素性の割れぬ仕事が欲しいというなら、貴様も義賊でもやればいい。世直しにもなるし、まあ食い扶持だけは差っ引いても誰も文句を言わんしな」
「やっぱり自分の分は引いてたのかよ」
「そうでないと食えんからな。だが、盗人よりは良心の呵責がなくて気楽だぞ」
月天丸は少し悪どく笑った。今までは生真面目な正義漢ぶった印象だったが、今回はなんとなく俺たち兄弟の笑みに近い気がする。
「そうだな、義賊か。案外それも悪くないかもしれないな」
と思っていた晩に事件は起きた。
―――――――――――……
「号外ぃ――! 号外! なんと皇帝からのお達しだ! なんと、あの義賊・月天丸様を正式に第五皇子と認めるってぇことだ! とんでもねえぞぉ!」
報刷りの下働きが駆けまわり、宮廷からの御触れを街中にばら撒いている。その内容は叫び回っている言葉のとおり、月天丸をとうとう皇帝が認知したというものだった。
安都大通りにも堂々と看板が立てられており、そこにはこう記されていた。
『月天丸を宮廷に迎えるにあたり、第四皇子の四玄を使者として送る。至上の礼をもって招く故、どうか受け容れられたし』
この立て看板を見ながら、既に俺は傍らの月天丸の手首をしっかりと握っていた。
彼女は逃げようとしてさっきから踏ん張っているが、腕っぷしではこちらに敵うはずもない。
「き、貴様……! 何を考えている!? こんなものどう考えたって罠であろう! 目を覚ませ!」
「悪いな。そこに一片でも希望がある限り、突き進むのが男ってものなんだ」
「この馬鹿めが! こらぁっ! 離せ! この人攫い――――っ!!」
俺は月天丸の身を抱え、喜び勇んで宮廷へと舞い戻った。
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その頃。
宮廷の謁見の間では、大臣が渋い顔で皇帝に奏上していた。
「よかったのですか、陛下。縁もゆかりもない者を第五皇子に認めるなど」
「ああ。義心もあれば腕も見込みがある。養子を迎えることも考えていたのだから、四玄を帰らせる餌にするには安いくらいよ」
「しかし、月天丸はいささか民草からの支持が厚すぎます。本当に皇帝へ推挙せざるを得なくなるのでは?」
皇帝は鼻くそをほじりながら、こう答えた。
「そのときは帳尻合わせに四玄の阿呆でも婿に取らせればいい。ずいぶん懐いているようだからな」
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