第8話 何の躊躇いもない救出計画


『第五皇子・月天丸の身柄は預かった。命が惜しくば、西方の守関を解放せよ』


 翌朝一番に宮廷の城壁に突き立った矢文は、俺たち兄弟を震撼させた。

 住処を突き止めたら無茶をしないように近くで見張っておこうと決めていたのだが、その矢先にこれである。

 デタラメではなく、事実として月天丸の消息は昨夜以来雲のように消えていた。犬でも追えぬほど完璧に。


「陛下!」

「お前たちが何を言いたいかは分かる。だが、本物でもない皇子の身柄ごときに要求を呑めるわけがなかろう」

「いえ。犯人に心当たりがあるので俺たちで討ち入りしてきていいか聞きにきました」


 俺たちが一目散に走って向かったのは謁見の間である。

 そこでは同じ報せを受けたらしい皇帝が、いつもと変わらぬ平然とした顔で座っていた。


「心当たり?」

「ええ。聞けば、矢文には赤い頭巾の切れ端が結び付けられていたと。これは先日、月天丸が夜襲に失敗した阿片売りに雇われていた用心棒のものと思われます。ならば、阿片売りの屋敷に囚われている可能性が大きいかと」

「残念だったな」


 俺の渾身の推測はしかし、皇帝の一言で否定される。


「今朝、街の見廻り組から報告があった。その阿片売りの屋敷は、何者かに襲われて既に壊滅状態だそうだ。主犯の薬師から用心棒どもまで、気を失って転がっていたそうよ」

「その中に赤い頭巾の男は?」

「いなかった、と聞いている」


 ほら、と言って二朱(リャウシャ)が俺の脇腹を肘で突いた。


「要求からして、安都のチンケな阿片売りがする内容じゃないでしょう。たぶんそいつ、蛮族の一味だったのよ。頭巾の風習があるって聞いたことあるわ」

「なるほどなぁ。皇子なんて格好のカモを見つけたから、雇い主にも牙剥いてトンズラこいたってわけか」

「まあ皇子というにはいささか怪しいですがね……」


 今後の策を練ろうとする兄弟たちの前で、皇帝が咳払いをした。


「ともかく、この件についてお前たちは手出し無用。人質の命も諦めるがいい。よしんば賊の居所が知れても、討ち入りなぞ断じて認めん。蛮族の戦士には余を手こずらせるほど卓越した戦技の持ち主もいる。跡継ぎになるお前たちに危険を冒させるわけにはいかん。くれぐれも行動は慎め」

「しかし……」

「余の勅命だ」


 ぎろりと睨まれ、俺たち四人は跪いて肯定の意を示す。この帝国を支配するただ一人の男に、真っ向から逆らえる者など存在しないのだ。


 真っ向からは。


「で、姉上。あの頭巾から賊の根城を犬で追えるよな?」

「もちろんよ。挑発か何か知らないけど、あんなもの括りつけてきたこと後悔させてやるわ」

「っしゃあ! 手っ取り早く賊どもぶっ殺してやる!」

「僕たちを怒らせるとは愚かな、いいえ哀れな賊どもですね……」


 裏を返せば、真っ向からでなければ普通に逆らえる。

 謁見の間を出てすぐに、俺たちは討ち入りの手順について打ち合わせていた。


「皇帝が認めなくても、俺たちにとっては妹だ。絶対に助けるぞ」


 そして面倒な皇位を継がせるのだ。



―――――――――――――……


「知らなかった。こんな穴倉があったんだな」


 二朱の仕込んだ犬に追わせて辿り着いたのは、安都の外れの貧民街をさらに外れたところにある、地下に通じる坑道だった。

大昔に掘り尽くした地下鉱の跡か何かだろうか。鎖で封鎖されていたようだったが、今はその鎖がバラバラに断ち切られている。


「敵が賊だけなら油でも流して火を付ければ片付いた地形ですね」

「せっかく獲物が潜んでんのに火攻めなんて勿体ねえだろ、男は黙って突貫だ」


 一虎(イーフ)が拳の骨をバキボキと鳴らす。確かにこの四人で強襲をかければ、火攻めなどより余程恐ろしいはずだ。


「あたしはここで待ってるわ」


 だが、全員で入ろうとしたときに二朱が突然の一抜けを宣言した。


「なぜだ姉上? 確かに、三人でも十分とは思うが……」

「馬鹿ね。あたしら全員が入った途端に火攻めにでも遭ったらどうするのよ。外に見張りを一人は立てておくのが賢明でしょ?」


 俺は月天丸が薬売りの蔵で罠にかかったのを思い出した。もしあれを発案したのが赤い頭巾の男だとしたら、同じ手口を仕掛けてくる可能性は大いにある。

 油や火薬の匂いは今のところしないが、背後の見張りを立てるというのは妥当な判断だ。


「分かった。ここは任せたぞ、姉上」

「はいはい。あんたらは早く行ってらっしゃいな」


 そう言って俺たちを追い払うように二朱は手をひらつかせる。それに背中を押されるように、俺たちは穴倉へと駆けこんでいく。


 穴倉に入ると同時、敵意の充満した戦場の空気が鼻に触れた。





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「ったく、あんたたち。罠を仕掛けるならもう少し上手くやりなさいな。あの馬鹿どもは騙されても、あたしは途中から気づいてたからね?」


 同じ頃。

 穴倉の番として残った二朱は、苛立ったような声を岩陰に向けていた。その声に反応して、顔を隠した男たちがぞろぞろ姿を現す。その手には剣や槍が握られている。


「あら往生際の悪い。まだ続けるつもり?」


 いいわよ、と二朱は扇を振る。


「あいつらが戻って来るまでの暇つぶしに、少しだけ遊んであげる」

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