第4話 率直な国民の声を聞く
皇帝も兄たちもどうかしている。
所詮、俺は妾腹の子である。十歳のときに宮廷に迎えられるまでは、自分が皇子だということも知らずに貧民街を裸足で駆け回っていたような人間だ。
こんな俺が皇帝になれば人心は離れ、たちまち国は乱れるに違いない。
その事実をもってして、なんとしても彼らを説得せねば。
「なあ、次の皇帝ってどの皇子がふさわしいと思う?」
「はあ?」
宮廷のお膝元たる安都。碁盤目状に整えられた広大なる都市――その外れに位置する貧民街に掘っ建てられた立ち飲みの屋台で、俺は店主に尋ねていた。
皇子としての衣は家出の際に捨て置いた。今の俺が纏っているのは、庶民に紛れていても不自然のない、麻編みの粗末な装束である。
「なんだよ兄ちゃんいきなり。酒の話題にしても突飛すぎねえかい?」
「いや実は、俺の仲間内で次の皇帝が誰になるか博打を張っててな。選ぶ参考に情報を集めてるんだよ」
そう言って俺は銅銭を数枚ちらつかせる。大した額ではないが、世間話の報酬としては上等なくらいだろう。
案の定、がめつそうな屋台の親父は嬉しそうに手を伸ばして銅銭を受け取った。
「なんだ博打かい。畏れ多くも陛下の跡継ぎを賭け事にすったあ、兄ちゃんもなかなか度胸あんねえ……だが俺に聞いたのは大正解だぜ。こんな商売してたら酔っ払いどもの本音が嫌ほど耳に入ってくるからな」
「ああ、そうだと思った。それで、誰が一番評判がいいんだ? やはり第四皇子・四玄(スガン)か? 最も強く人格的にも優れているからな……」
「何言ってんだ兄ちゃん。そりゃ節穴が過ぎるぜ」
危惧していた予想は一蹴される。めでたいはずなのだが、なぜか少し悔しい。
「では第一皇子・
「はっは、冗談きついぜ。あの皇子はこの間花街でとんでもねえ馬鹿を晒したって聞くぜ。まあ、ああいう御仁も嫌いじゃねえけどよ、キワモノの部類だろ」
長兄はキワモノ扱いされて候補から脱落した。彼の作戦が成功した形だが、末代まで拭えぬ傷を残しているような気がする。
「ならば第二皇子・
「馬鹿言っちゃいけねえよ。あのお方ぁ確かに別嬪だけど、怪しい妖術を使うんだろ? 百里を見るとか敵を呪い殺すとか……。そんなおっかねえ御仁が皇帝なんぞになったら、俺たちゃ金玉が縮み上がっちまう」
なるほど。彼女の能力がかえって悪い方に働いたようだ。妖術の評判に尾鰭が付いて、あたかも魔物のような存在として恐れられているのだろう。
「すると消去法で、第三皇子・
「なぁに言ってんだい。あんな青っちそうな御仁が皇帝の代わりになるわけねえだろうがい」
まさかの三龍まで否定され、俺は目を丸くした。そうなるとまた一周回って俺ということだろうか?
しかしそれは節穴とまで言われ否定されたが。
「この安都で百人に聞きゃあ百人がこう答えるだろうよ。『次の皇帝にふさわしいのは、我らが第五皇子・月天丸様だ』ってな!」
第五皇子と聞いて、俺は途端に呆けた面になった。
「月天丸……? 誰だそいつ?」
「おい兄ちゃん? まさかこの安都で月天丸様を知らねえのかい? まさかよそ者か?」
「あ、ああ。実は最近まで外地を旅してたんだ。そのせいで近頃の話題に疎くて。だから親父に話を聞こうってわけで」
「なるほどな、そういうことかい」
合点がいったように屋台の親父が頷く。その第五皇子とかいうけったいな人物を知らないのは、そこまで不自然なことなのか。
「月天丸様は、そりゃあ偉大な人よ。悪徳商人や金貸しの蔵から財物を盗んじゃ、それを貧しい人々に惜しげもなく分け与えるんだ。あんなお方が皇帝になりゃあ、この国はもっとよくなるに違いねえ」
「要するに、義賊か」
ただの盗人ではなく、そういう正義心をこじらせた輩が時折現れるというのは知っていた。過去にもこの安都でそうした盗人が跋扈したことがある。中には最後までお縄にならず、伝説のような形で名を残している者もいる。
宮廷の役人などからすれば「無暗に正義を標榜する、言い訳がましいだけの盗人」なのだろうが、元が貧しい育ちである俺はある程度の好感を持っている。
盗んだ財宝から多少の私腹を肥やしても、それは手数料というものだ。
「でも、第五皇子ってのはさすがに自称だろう? 本物の皇子が盗みなんてするわけない」
「だろうなあ。だけど、噂があんだよ。以前に皇帝の隠し子が庶民に紛れてたってよ……。もしかすると月天丸様もその一人かもしれねえ」
その隠し子とは俺のことである。
若かりし日の皇帝がお忍びで安都を遊び歩いていたとき、母と一夜限りの関係を持ったために産まれたのが俺だ。
皇帝は『貧民街に住むやたらと強い子供』の噂を聞いて、まさかと思い使者を送ってきたのだが、それまで存在は一切知らなかったらしい。ちなみに母も同時に宮廷に迎えられたが、心臓の病にかかって数年後に亡くなった。
葬儀は決して盛大ではなかったが、列席した皇帝は珍しく涙を浮かべていたように思う。
「隠し子か……」
とはいえ、皇帝の隠し子が俺一人とは限らない。若い頃に奔放をしていれば、月天丸とやらも本当に皇帝の落胤という可能性がある。
――もし本当にそうだとしたら?
義賊として盛大な支持を得ている第五皇子。この存在が正式に認められれば、これはもう即位待ったなしである。
皇帝の求心力はうなぎ登りとなり、国は豊かとなる。貧民を想う心もあるならばきっと名君になるだろう。
「そうか……これはとんだ希望が湧いてきたぞ。誰も損しない完璧な構図じゃないか」
「兄ちゃん? なんだいブツブツと独り言なんか呟いて」
「なあ、もう一つ質問いいか?」
俺は興奮を抑えきれずに屋台に身を乗り出す。そして満面の笑みで聞く。
「その月天丸っていうの。次どこに出そうか分かるか?」
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