モニュメント

@araki

第1話

「入るよ」

 ドアを開けて中へ。すると、一面の白が目に飛び込んでくる。清潔感よりも殺菌されたという印象が先行する部屋。窓や家具の類が一切ないその空間の中央に、珀は今日も正座していた。

「また来たんだ」

 にこやかな笑みで僕を迎える珀。けれど、彼女は僕を受け入れているわけではない。来る者拒まず。ただそれだけのことだった。

 僕は珀の前に腰を下ろし、改めて彼女を見る。部屋と同じくらい真っ白な肌と枝のように細い腕や足。目を離せば消えてしまうのではないか、そんな不安を与える女性だった。

「何しに来たの?」

「様子を見に」

「だから必要ないって。前から言ってるじゃない」

 けらけらと珀が笑う。何の憂いもない、そう心の底から信じている笑み。僕は見て見ぬふりをして話を続けた。

「あれから変わったことは?」

「見れば分かるでしょ」

「できれば君の口から聞かせてほしいな。外からでは見えない変化があるかもしれない」

「本当に何もないって」

 珀は手のひらをひらひらさせる。しなやかに揺れるその手は非常に痩せこけていた。

「私は何も要らない。何も望まないし、何も想わない。私はただこの場所にいたいだけなの」

 相変わらずの主張だ。数年が経った今でも、あの日のまま、彼女はここに留まっている。

「……そうか」

 朱にも黒にも珀は染まらない。染まろうとしない。そんな彼女が、

「安心したよ」

 僕は愛おしくてたまらない。

「どうせろくに食事してないんだろう? 台所借りるよ」

「別にいいのに。だって――」

「気にしないで。好きでやってることだから」

 僕は立ち上がりながら珀の言葉を遮り、台所へ向かう。

 続く言葉はどうせいつもと同じだ。

『このまま消えられるなら幸せだもの』

 ――冗談じゃない。

 今の僕にとって、彼女だけが唯一の基準。いなくなってもらっては困る。

 珀は今のまま、ありのままの姿で居続けさせる。

 そのためなら、僕はいくらでも濁るつもりでいる。

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