星屑連想

@araki

第1話

「……はぁ」

 ベンチに腰を下ろした後、小さく息を吐いてみる。一息つけば気持ちが変わるかもしれない。そう思って試してみたけれど、心は相変わらずフラットなままだ。

 ――やっぱり薄情なんだろうな。

 そんなことをぼんやり考えながら、私は目の前の景色に視線を移す。夕暮れ時の公園。滑り台やブランコ、花壇の花、目に映る全部が茜色に染まっている。

 いつも綺麗と思って見てきた光景もこれで見納め。明日からは他所の景色になる。その事実をちゃんと理解できているのか、私自身のことなのによく分からない。

 一週間前、お母さんとお父さんがいなくなった。その見送りをしたのが五日前。その後面倒な色々があって、今日、学校に転校のことを伝えてきた。

 引っ越し先は由美おばさんの家。ここよりずっと都会らしいから、今より騒々しい毎日になるかもしれない。気が休まる時がないのは少し困るけれど、多分大丈夫だ。

 ――どうせ何も感じないだろうし。

 私はずっと、微睡みながら生きているのだと思う。何かを強く願うこともなく、ただ揺蕩っているだけ。海月みたいな私は流れに流され、どこかでぱったり消えてしまうに違いない。

 今までもそう、これからもきっとそう。

 ――ほんと、しょうもない人間。

 頭に浮かんだコメントに思わず苦笑がこぼれた、その時。

「お疲れ様」

 突然、頬に冷たい感触を受けた。

 はっとして振り向けば、冷えた瓶ラムネが私に押しあてられている。その先を目で辿っていくと、見慣れた顔が私を見下ろしていた。

「……何か用」

「差し入れ」

 安輝。腐れ縁の幼なじみ。今、私が一番会いたくなかった相手だった。

「………」

 私は無言で瓶を受け取る。すると、安輝は私の横に腰を下ろした。どうやらまだ居座るつもりらしい。

 安輝はもう一本持っていた瓶を開け、そのまま中身をあおる。やがてビー玉が元の位置に戻ると、安輝は言った。

「やっぱり紗矢はすごいよ」

「……何が」

「式の途中、一度も感情を表に出さなかった」

「………」

 思わずため息が漏れた。いつも通りの節穴な目。私の本質をちっとも見抜けていない。

「別に悲しくなかったから。ただそれだけ」

 あの日、私の心はずっと凪いでいた。

 家族がいなくなる。その現実を目の当たりにしているのに、私は何も感じることができなかった。

 だから私は私を見限った。なのに、

「……相変わらずだね」

 安輝は私に微笑みかけてきた。いつもと同じ調子で。

 ――それはこっちの台詞。

 安輝は昔からそうだ。私に不釣り合いな眼差しをずっと向けてくる。私はそんな人間じゃない、そう何度も言っているのに、安輝は一度も耳を貸してくれたことがなかった。

「君はとっくに傷ついてる。隠すのが上手いだけなんだよ。他人からも紗矢自身からも」

 ほら、今だってそんな知った風な口を利いている。夢を見るのもいい加減にしてほしい。こっちは嘘をついているみたいで、気分が悪いのに。

 けれど、それも今日で終わり。私と安輝は明日から赤の他人になる。そうしたら、私は安輝の言葉に気を煩わされることもなくなる。私は私。クズな私。その結論に寛いでいられる。

 それは安輝も分かっているはず。なのにどうしてまだここにいるのだろう。どうせ安輝のことだから、湿っぽい言葉の一つでもかけに来たと思ったのに。

「……用がないならもう帰ってよ」

「いや、まだもう一つ」

「何? あるならさっさとして」

 あからさまに迷惑そうな目で私は安輝を睨み付ける。すると、安輝は言った。

「志望校を教えて」

「……は?」

 あまりに唐突な言葉だった。訳が分からず呆然とする私をよそに、安輝の話は続く。

「紗矢のことだからかなり高いところを目指してると思う。でも、頑張るから。頑張って君に追い付いてみせる」

 その意味を理解するのにかなり時間がかかった。それくらい、私にはあり得ない話だった。

「……まだ、私につきまとうつもりなの?」

「うん、そのつもりだよ」

 満面の笑みで頷く安輝。今この時ほど人の顔を殴りたいと思ったことはない。

 信じられない。信じられないけれど、私は嫌というほど知っている。どれだけ罵倒を浴びせても、どれだけ突き放しても、離れようとしない。他の人は全員見捨てた。そんなジャンクを今も大事に抱えようとしている。

 そんな筋金入りの物好きだということを。

 ――この頑固者め……。

 私はたまらず尋ねた。

「いつになったら離れてくれるの?」

 安輝は間を置かず答えた。奇もてらいもなく。恥ずかしげもなく。

「君が涙をみせるまで」


 結局、私は安輝に志望校を教えた。それは今度の引っ越し先に近い大学で、安輝が到底狙えそうにない所。さすがの安輝でもどこかで諦めるに違いない。そう私は高を括っている。

 ――でももし合格したら?

 その時は……その時に考えようと思う。

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