ピントを合わせて
@araki
第1話
「それで、また孝がさ――」
「なにそれウケる!」
「……うんうん、ウケるウケる!」
――何がそんなにウケるんだろう?
とりあえず口で同調して、その後で理由を考えてみる。そんなあべこべなことをしても、やっぱり分からない。二人がどこに笑っているのか、私にはまるで見当がつかなかった。
放課後、駅前のファストフード店で話し始めてから、かれこれ一時間が経つ。分校時代、森に向かうしか選択肢がなかった頃にはどこにもなかった時間。何だか偉業を達成している気分だった。
美樹と幸。目の前の二人は高校に上がって初めてできた友達だ。二人が話しかけてくれなかったらきっと、私は前と同じ、一人きりの学校生活を送っていたんだと思う。
だから絶対、手離したくない。ただ、
「そういえばあれ見た?」
「昨日アップされた動画でしょ? 見た見た。猫が踊ってるところとか超可愛いかったよね」
「そこそこ! かなりエモイかったぁ~」
――すごいなぁ……。
息を吸うように話の流れを読む二人に、私は唯々感心してしまっていた。サーファーが自然と波に乗るような以心伝心。けれど、二人は私と同じで高校からの付き合いらしい。
――やっぱり育ちの差なのかな。
どうしたらできるようになるのだろう? 今の私にはそれが山の天気を読むよりも難しいことに思えてならない。
同じ趣味を持てば少しは変わるかもしれない。そう思って頑張ったことがある。けれど、
『別にいいよ。無理しなくても』
『そそっ。私たちは好きでやってることだからさ』
二人にやんわりと断られてしまった。私にはまだ早い、そう思われたんだと思う。
早く二人との距離を埋めたい。全てをマルバツで決めるルール、それがどこかにあるはず。二人は知っていて、私だけが知らない当たり前。それさえ分かれば、今のもやもやもきっと――。
「で、歩夢はどう?」
「えっ?」
不意に名前を呼ばれた私は慌てて意識を現実に引き戻す。いつの間にか、二人の視線が私に集まっていた。
「最近面白いことあった?」
「歩夢ってなんか私たちと違う感覚があるからさ。興味あるんだよね」
「えっと……」
――……どうしよう。
二人とお揃いの話題。必死に頭の中を漁るけれど、哀しいほどに引っかかる記憶が一つもない。
なら、せめて無難な話を……そう考えて、
――あっ、この前撮ったタロウの写真。
先週帰省した際、愛犬と撮ったツーショット写真を思い出す。それを見せれば、少なくとも話の繋ぎにはなるはずだ。
「この間撮ったんだけど……」
「おっ、写真?」
「どんなの?」
二人が向ける期待の眼差しに怖々しながらも私は、携帯をテーブルの上に置く。そのままアルバムアプリを起動、画面に最新の写真を表示した。
そしてすぐ、私は後悔した。
「あっ」
「ん?」
「おや」
画面に大きく表示されたのは、紫色を帯びた斑模様の羽を持つ蝶。間違ってもタロウではなかった。
――そういえば画像整理さぼってたんだっけ……!
趣味の写真はいつもパソコンに移すようにしているのに。思えば久しぶりの森にテンションが上がり、結果撮った写真は大量で、後になってげんなりした私は作業を後回しにしていたのだ。そんな昨日までの私を呪い殺したい。
「ごっ、ごめん、これじゃなくて――」
私は笑って誤魔化しながら急いで写真に切り替えようとした。けれど、
「すごっ、きれいじゃん!」
「オオムラサキって言うんだっけ? 歩夢が撮ったの?」
「……えっ?」
二人は写真に食いついていた。全く予想外の反応だった。
しばらくフリーズした後、私は恐る恐る尋ねた。
「えっと……大丈夫なの?」
「何が?」
「いや、こういうのって、みんな気持ち悪いとか思ったりするんじゃないかなって……」
おずおずと尋ねた私に対し、二人はきょとんとした顔を見せる。すると、二人は言った。
「他の人たちはどうか知んないけど、あたしは別に?」
「私もかな。というか、むしろかなり面白いと思ってる」
またもやまさかの返し。訳が分からない。二人はてっきり――あ。
――私、考えすぎだ。
余計な思考を止め、改めて幸と美樹の顔を見る。やっと、焦点が定まった気がした。
「なんか日本もまだまだ捨てたもんじゃないって気がするわぁ……」
「步夢の実家って島だったっけ? こういうのっていっぱいいるの?」
今、ありのままを見つめること。それが自然を楽しむ一番の秘訣。どうやらそれは、都会でも同じだったらしい。
「うん、いるよ。例えばね――」
頷いた私はうきうきして写真を披露し始めた。
ピントを合わせて @araki
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