その手をいつか離して
@araki
第1話
相変わらずだと思った。
年に一度、地元の神社で開かれる夏祭り。ここの様子は昔から少しも変わっていない。奥まで屋台がずらりと立ち並ぶ中、焼きそばのソースやとうもろこしの焼ける匂いが辺りに漂っている。境内は人で賑わい、気を抜けば波に浚われてしまいそうだった。
何から何まで同じ光景。そしてもう一つ、昔からちっとも変わっていないものが隣にいた。
「……大丈夫だったのか?」
「ん? 何が?」
わたあめを頬張りながら首を傾げる少女。幼馴染の彩音だ。二つ年下の彼女とは実家が近いこともあって、お互い、兄と妹のような関係がずっと続いている。
地元にいた頃はお目付け役という役割もあって、よく二人で祭りに出かけていた。彩音の浴衣姿が様になった今でも、そのスタンスは変わっていない。
「俺は来てよかったのか?」
「当たり前じゃん。拓也、久しぶりのお祭りでしょ?」
大学の長期休暇で帰省した初日、どこから聞き付けたのか、彩音から連絡が来た。用件は夏祭りの誘い。特に断る理由もなく、俺は何も考えずにOKを出していた。
「大体さ、帰ってくるならちゃんと連絡しといてよね。私が連れ出さなかったら、今頃一人寂しく部屋で閉じ籠ってただろうし。絶対」
「それは確かにそうだが……」
出不精の俺のことだ。一人であれば恐らく押入で埃を被っているソフトを取り出し、孤独な冒険へと旅立っていただろう。
だから、彩音の誘いには正直感謝している。少なくとも一つは夏の思い出を作ることができたのだから。
ただ、一つだけ気がかりなことがあった。
「……あいつ、ほっといていいのかよ」
俺はちらりと視線を後ろにやる。俺たちのずっと後方、とぼとぼと少年が付いてきている。彩音のもう一人の連れだった。
「よくないんだけど……」
彩音は苦笑いを浮かべる。そして後ろを振り向くと、
「おーい、置いてっちゃうよー」
手のひらをメガホンにして少年に呼び掛けた。
すると少年は人当たりの良さそうな笑みを返す。けれど、それだけだ。こっちに近づこうとする気配は微塵もなく、心なしかさらに遠ざかったような気さえした。
「……これだもん」
やれやれというように肩をすくめる彩音。正直、そうしたいのはこっちだった。
多分、いや絶対、非があるのは俺たち二人だ。
「俺のことはあいつにちゃんと伝えておいたのか?」
「ん? 伝えたじゃん。さっき」
『さっき』とはつい数分前の初顔合わせのことを言っているのだろう。末恐ろしい奴だ。
「さっきじゃなくてそれより前だよ。ここに来る前に連絡を入れたかって話」
「ううん、伝えてない。だって一人増えてもお祭りに行くのは変わらないし」
「報連相はしっかりしといてやれよ……」
初めて顔を会わせた時の少年の驚きようといったら。そしてすぐに見せたあの落胆顔。俺は彼に心底同情していた。
「というか聞き忘れてたけど、あいつとはどういう関係?」
「高校の部活仲間。趣味の話でかなり意気投合しちゃって」
「ああ、だから今日なのか……ならちゃんと大事にしてやれよ」
「大事にしてるよ」
「いや、してない」
俺は首を横に振る。それは自信をもって断言できる。高校生になって少しは変わったかと期待したけれど、どうやらまだまだらしい。
だから少しだけ、ヒントを出すことにした。
「多分あいつ、俺のこと誤解してるぞ」
「なんで? ちゃんと年上の幼なじみって紹介したじゃん」
「……そうじゃなくてさ」
やはりちっとも変わっていない。いつになったら成長するのだろうか。
「変わってないな、そういうところ」
「……どういうところ?」
「そういうところ」
首を捻る彩音に、俺は苦笑いで肩をすくめるだけだった。
「で、今日の目的はあれだろ?」
俺が指さした先、そこに今日一番のメイン、射的の屋台があった。
「行ってこいよ。俺はここで待ってるからさ」
「拓也はやらないの?」
「俺はここで待ってる。あいつと一緒に楽しんできな」
「分かった。でも勝手にいなくならないでよ?」
「はいはい、了解」
彩音は少年の元へ駆け寄ると、彼の手を引きながら射的台に向かっていった。あの少年も彩音と同じ奇特な射的マニアらしい。なら、あの屋台が適当に二人の間を取り持ってくれるだろう。
――全く世話が焼ける……。
どうやら俺は、もうしばらく兄を続けなくてはいけないようだ。
――俺みたいなふうにはしてやるなよ?
彩音は向こうで楽しそうに笑っている。
その憎たらしい笑顔を、俺はずっと眺めていた。
その手をいつか離して @araki
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