ライトハンティング

@araki

第1話

 最近、私はちょっとした副業を始めた。

 ついこの間、著作権保護を目的に施行された制度。そこから自然に生まれた仕事で、基本誰でも、バイト感覚で取り組むことができる。資格は不要。実入りも中々よく、頑張れば頑張るほど稼ぎが増えるため、正直、私はかなりのめり込んでしまっている。

 そんな私は休日の今日、美術館に来ている。

 別に絵画観賞が趣味だとか、感性を磨きたいとか、そんな高尚な志向は持ち合わせていない。

 単純に、ここが私の戦場だからだ。

 ギャラリーに入り、様々な絵画が飾られている回廊を進んでいく。やがて、私は一枚の絵の前で足を止めた。

 『乙女達の午後』というタイトルの絵。大きな木の下、うら若い貴婦人たちが優雅にお茶会を催す光景が描かれている。20世紀の画家が描いた作品らしい。

 ――……狙い目かな。

 標的を見つけた私は早速仕事に取りかかることにした。

「すいません」

 私は近くを通りかかった学芸員を呼び止めた。

「ご用でしょうか?」

 人当たりのよい笑みを浮かべて私のもとへ歩み寄ってくる学芸員。そんな彼に私は言った。

「この絵に関してご指摘したいことがありまして」

「……なんでしょう」

 途端、学芸員の顔から笑顔が剥がれ落ちた。またこの手の客か、そんな思いが表情としてありありと表れていた。

 彼の様子を意に介すことなく、私は鞄から一冊の分厚い画集を取り出す。それは今や 私の仕事道具のようなもので肌身離さず持ち歩いている。

 私は手早く目的のページを見つけると、学芸員に突きつけた。

「この絵、ここに載ってる絵と似てません?」

 そこに載っていたのには目の前の作品よりも少し年代が古い絵。それでいて、構図は飾られている絵と瓜二つ、かつ題材も催し物と非常に似通っていた。

「ごめんなさい、仰る意味がよく分からず……」

 渋面をつくる学芸員はあくまでしらを切るつもりらしい。徹底抗戦の構え。これは骨が折れそうだ。

 まあ、こちらの絵に描かれているのが女性ではなく男性、そして彼らが持っているのがティーカップではなくジョッキという違いはあるけれど、そこは微々たる差異だろう。

「ほら、ここのタッチ。あの絵にある貴婦人の微笑みを彷彿とさせるじゃないですか」

「私には男が豪快に笑っているようにしか見えませんが……」

「それにあそこ、本が描かれてますよね? あれは人の虚栄心を表してるはず。そういう本の象徴的な用い方はこの絵の画家が好んで使っていた手法なんですよ」

「当館の絵にはそのような意図はないと思われますが……」

 中々手強い。やはり本業として常日頃携わっているだけあって、私の寄せ集めの知識では膝を屈してくれそうにない。

 ただ、私は彼を論破しに来たわけではない。幸いなことに、こちらは小さな穴を空けられれば十分なのだ。

 他に突ける箇所はないだろうか。私は飾られている絵の説明書と画集の絵のそれを見比べる。

「失礼ですが、お客様の欲目が入っておられるかと。申し訳ありませんが……」

 タイムリミットが迫る中、

 ――あっ、この人のミドルネーム……。

 一つ可能性を見つけた。

「お引き取りを――」

「この絵の作者、こっちの作品を描いた画家の子供ですよね?」

 私の言葉に学芸員が一瞬固まる。そして、画集に記載された作者名をしばらく眺めた後、おもむろに口を開いた。

「確かに……そうですね」

「そうなると、この絵の作者は親の影響を受けてる可能性が高いですよね?」

「確かに、彼の画家に感化された面があるかもしれません。ですが――」

「なら、私の主張は否定できませんよね?」

 私はにっこり笑い、学芸員に手を差し出した。

「……仰る通りです」

 彼は盛大に顔を歪めながらも、私に報償金の100円を手渡した。

 ――よし、この調子で次だ。

 ここの入館料は1500円。少なくともその額以上は稼がないと。

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