決戦前夜

@araki

第1話

 カーテンレールにてるてる坊主がいくつも吊るされている。あまりに大量に並んでいるせいか、その光景は中世の大規模処刑を彷彿とさせる。見ていてあまり気分のよいものではなかった。

「……これなに?」

「なにって、てるてる坊主に決まってるじゃん」

 そう答えた私の妹の沙紀は今も黙々とてるてる坊主を量産し続けている。私の方を見向きもしないその集中力はすさまじく、ものの数秒で吊るし首が生まれていく様は若干の恐怖を覚えるほどだった。

「そうじゃなくて、なんでこんなたくさん坊主を作ってるのかって話」

 作業机と化しているローテーブルには空のボックスティッシュの空箱がうず高く積み上げられている。今日一日で家のストックを全て使いきる勢いだった。

「……さすがに作りすぎじゃない?」

「だって、明日晴れてほしいんだもん」

「だからってあんなに吊るさなくても」

「私が頑張った分だけ神様は耳を貸してくれるの。だからまだまだ頑張らないと」

 明日の天気ごときにそこまでの成果が求められるとは。妹が頼ろうとしているのはかなり能力主義な神様らしい。ベンチャーだろうか。

「明日なんかあったっけ?」

「……お姉ちゃん」

 信じられない、といった顔で沙紀が私を見てきた。思わず手を止めてしまうほどの衝撃だったらしい。

「秋祭りだよ。町内会の秋祭り」

「ああ、あれね。明日だったんだ」

 昔はよく足を運んでいたけれど、今ではめっきり行かなくなってしまった。大学生はさすがに屋台一つではしゃげる年齢ではない。

 だから特に気にかけることもなくなっていたけれど、まだ小学生の沙紀には一大イベントのようだ。微笑ましい。

「誰かと一緒にいく約束でもしてるの?」

「ううん、一人で行くつもり」

「……そうなんだ。ああいうのって一人で行って楽しめるもんなの?」

「ごめん。楽しむとか、そういうのはもう卒業したの。私には目的があるんだ」

 沙紀はいつになく真剣な顔をしている。まるで戦場に赴く兵士のよう。一体何を企んでいるのか。

「……屋台の全制覇とか?」

「それは去年やってる」

 食欲の秋でないとしたらなんだろう。すると、沙紀は教えてくれた。

「去年、輪投げのおじちゃんが教えてくれたんだ。来年はプレステ4を景品にするって」

「……ボックスティッシュ、まだ必要?」

「うん」

 あそこのスーパーはまだ開いているだろうか。私はスマホで営業時間を調べながら玄関に向かった。

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