センセーショナルな共犯者
栄地丁太郎
トーキョー・ループ・ライン
1
思い出すところ、まだ寒い2月の夕方。
なぜそうなったのか、周りをよく見てみると駅の出入口から真正面の位置が僕の経っている場所だったのだ。
「ちょっ、ちょっと……」
僕が声にならないような声を出すと、その男はこちらを見てくる。サングラスを掛けたセンター分けのテクノカットが、とても目に付く。
「え、何? お兄さん、自分、何かしました?」
「いや、その……」
バスに乗り込もうと列を進む友人。しかし、僕が声を掛けたからだろうか、二人組より後ろはピタリと列が止まってしまった。背後の加齢臭から、容易ならぬ気配も感じるが、とにかくは正面のほうが危ういと感じる。
何せ、テクノカットに隠れているもう一人もサングラスを掛けていて、テクノカットほどではないがこれまた不気味な風貌だ。おまけ程度に背が低いのが、これまた異様に思えてならない。
「ねぇ、後ろが困ってるよ。どうして欲しいわけ、兄ちゃんはさ?」
答えに困ってるうち、辺りから異様な雰囲気がわいてくる。僕は何をしでかしたのか、頭の中では理解できていても
「だからなんなんだよ。ちょっとこっち来いよ。周りに迷惑だろう?」
テクノカットは僕の腕を軽く掴み、列から離そうとした。同時に列から外れる後ろのチビ。
「触らないで」
僕はテクノカットの腕をはたいた。すると。
「んだてめぇ、おい、気安く触んじゃねぇよ!」
テクノカットが叫んだ。
「触ったのか?」
もう一人がテクノカットに聞いている。
「あぁ、兄貴、こいつ迷惑掛けてやんのに自分勝手なことしましたよ」
チビは兄貴とテクノカットに呼ばれた。兄貴、か。
「そうかい。そんなケチはさせねえよ?」
わけがわからないまま、話は進んでいるようだった。一方、列は動き出し僕の背後にいたはずのオバサンを先頭として、客はバスに乗り込む。参ったことに友人は降りてこず、満員になるまで客が乗り込んだところでバスは足早にターミナルを出ていってしまった。
「どこ見てんだてめ?」
強面二人に詰め寄られる僕に、向こうの駅舎側から視線を感じる。通行人も、流すように僕をわずかに見つつ、一瞬で視線をそらす。
「どう解決させるかって聞いてんだよ。大人だったらちゃんとしろ!」
「金ってことですか?」
僕は冷静に問いただした。
「そういうわけじゃないだろう? 話の悪い奴だなァ、ちょっと付いてこい」
一歩下がる「兄貴」を前に、テクノカットが僕の肩を掴むなり「そういうことだよ」言ってくる。
「あ〜いや、僕はそういうのは……」
露骨に付いていくのを嫌がるようなフリをしてみるも、テクノカットは手を離してはくれない。とにかく行くしかないらしいので、次の便を待つ乗客たちによって再び形成された行列を割って入り、駅舎前の通りを行く。交差点前。
人だかりに紛れているが、僕はどこかに連れて行かれそうになっている――その違和感も、そのうちどこかに消えそうになっている。歩行者信号はまだ赤で、まだ車両の通行は続く。
(この人だかりなら、僕は……)
車両が横断歩道の前で止まった。まもなく歩行者信号は青になる。向こうに見える何か……直感で対岸にいるOLの
若干のざわめきが背後からするが、そんなものは気にしない。同時、こちらへ向けて歩き始めるOLの娘。他の通行人も同じく。
いっその事飛び出すまでの勇気、という意味で本気で飛びつくつもりになってしまおうかとも思った。走りながらならだと、できないことはないと感じられる。だが、本当にそんなことをすれば捕まる。言い訳なんかできやしない。
怖い人に絡まれたから逃げて、女性に飛びつきました……? ただのイタズラとしか思われない。それでも、ここでアイデンティティを失ってはボコボコにされてしまうだろう。その時、ついにOLの娘とすれ違ってしまった。
後ろに続くごまんという人の波を押しのけるようにすれ違うのは、いくらスクランブル交差点が日常にある僕でも厳しい。それでもまっすぐに進んで、壁伝いに逃げていけば、なんとかなるはず。
狭い通りを抜け、たどり着いたのはサンシャイン60通り。あらゆる店が並ぶこの通りは、見覚えもある。いったいどこまで行くつもりなのか、自分でもわからない。真ん中の車道に飛び出すとクラクションが鳴った。
轟音に辺りは一瞬、沈黙と化し、すぐにドライバーのおっちゃんが沈黙を消す。
「あぶない、何やってんだ!」
「ごめんなさい!」
実はクラクションが鳴った瞬間、身構えた。上下左右、何が来るかわからないからだ。それくらい敏感な状態ということなのだが、振り返ってもみた。背後からはテクノカットと兄貴が迫る。二人はまだ僕を追いかけていたんだ。
また走り出すと、なんだか脳裏によぎるものがある。
「飛び出せよ/蛇のようになって/隙間に生きろ/弾けても潰されるな/とにかく飛び出せよ!」
ロックなんて、僕には合わない。なのに、いまはそれが『一時』の生きがいか。僕も変わったなあ――なんて、決して熱い生き方をしてるわけじゃない。僕はしがないサラリーマンだと、何度も思ってきたし、実際そうなのだから。
僕はなおも走り続けた。物陰の少ない通りを避け、直線も避ける。角を曲がり続けて、気づけば知らない路上で息を切らしている自分がいた。ここまで来ればと思ったが、まだ奴らは追いかけているかもしれない。
僕なんかを本気になって追いかけてきた連中だ。きっと、相当の因縁を付けたい理由があるはず。僕は背後の丁字路に人の気配がないことを確認して、急ぎ足でひとつ先の角を曲がる。無作為のつもりだが、右に曲がれば次は左に曲がる。完全に意識的だった。そうしているうち、首都高の下に出た。そこは何やら広い幹線道路。これ以上は右手には進めないようだ。
前を見れば、すぐそこに明治通りとの交差点があった。ここは見覚えがある。だが、信号は中々変わらない。とにかくアチコチ見渡すと、角のコンビニが目に留まった。僕は出来るだけ身を隠しておきたかったから、そのコンビニのドアを開ける。
入って左側、雑誌が陳列してある棚。外を見ているつもりだが、ビキニ姿のカバーガールが否が応でも視線に入り込む。すると、カバンから音がした。携帯電話の着信と振動。画面を見れば友人の名前と番号。出ないわけもなく「もしもし」と口にした。
「どうした? いまどこにいる?」
「ごめん、絡まれてから乗り遅れたっていうか、乗れなかった」
「逃げたのか?」
「うん。いま明治通りのところのコンビニにいるから、家で待っててよ」
「……わかったけど、気をつけろよ」
「はいはい。それじゃ」
電話に気を取られていたが、すぐに外を見る。どこかのテクノカットとサングラス、その一歩後ろに背の低い同類の兄貴。兄貴のほうはガムを噛んでいるようで、口をむしゃむしゃさせながら通り過ぎるも、そこの歩行者信号がちょうど青に変わった。
二人組は僕が行くはずだった明治通りを
肌寒いというのに、ワイシャツの中は変な汗をかいていた。季節外れの汗に僕は久々の不快感を覚えた。やがて歩行者信号が青になると、今度は自分が尾行している気分になる。あの二人組はずいぶん先に行ってしまっただろうけど。
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