第30話 嵐の前


 五日目が過ぎていく……表立った出来事一つ無く。

 残された時間はもう少ない。実質、明日一日を無事に過ごせばゴールは目前だ。


 昨日、おとめ座の間の事件現場に探偵マーヴェルによって集められた、その後の昼過ぎ。みんながそれぞれの部屋へ分かれて戻って行ってから、何の動きも見えない。


 奇天烈な招待を受け、孤島での生活を無事過ごしてきたゲストたちも、自分に用意された部屋でほとんどの時を静かに過ごす。たびたび御用聞きにやって来るはずのメイドも、雰囲気を察してか、差し出がましいと取られかねないお節介はせぬように気を利かせ、屋敷中を動き回るのを控えているようだ。


 ただでさえ広くせきたる館内が、こうなってしまっては、すっかり時の止まった作り物のセットかと思わせる様相。


 かく言う名探偵も、今までとってきた活発なフィールドワーク的探偵行動は行わずに、かに座の間で安楽椅子ならぬダイニングルームのキッチンチェアに大人しく座っていた。



 「……」


 「…………」


 ガバッと立ち上がり、腕組み。下半身は『笛を吹く少年』の様なポーズで、足をコツコツさせ始める。部屋に充満する暗くしみったれた空気の中、だんだんイライラがピークに達しつつあった。


 「あ~! もうっ! うちは限界、げ・ん・か・い! や~!!」


 クリスは爆発した。


 「いつまでもイジイジすんじゃあ~ねぇ! よ~し、こっからは、助手の……ちゃうちゃう! 天才パートナーキュートな~クリスちゃんが、き~っちり事件解決や!」


 張り切りモードに入った相棒に冷ややかなまなざし、口の端にちょいと微笑みを見せつつマーヴェルは、右手の掌を上にして少し前に示し、どうぞ、お手並み拝見とポーズをとった。


 「OK! まかせときぃ」

 自信喪失なダメダメ探偵になってしまったマーヴェルの代わりに、いざ! クリスが今までの経過をまとめようと奮闘する。



 天才クリスたちは、シラヌイという謎の大富豪にお呼ばれして、絶海の孤島のでっかい屋敷に集まった。それが今から五日前のこと。


 どうしてそんなけったいな招きに応じたのか? もちろん、うちは面白そうだったから! だけど他のみんなは、お金……一人10億円くれるらしい。

 う~ん怪しい……、その上シラヌイという金持ちは、いらぬ余計なことを最初の夕食会で宣言してしまったのだ。

 一週間の間、この島で過ごした人にその約束したギャラは渡す……もし……途中で帰った場合には払わず、その分は残った人で山分けしてあげちゃう! やって!?


 「うちはすぐ思ったね、それ言ったらあかんわぁ~せっかくインクレディブルタレント有する仲間同士、仲良くしようって集めたのに……そんなこと言うたらおしまいや」



 そう、集められた人はみ~んな特殊な能力を持つ変な人間だった。


 「最初の最初だけは、よかったなぁ。優しいメイドさんウルフィラに、仕事のできそうなダンディおじさん執事。……ま~ちょっとサービス係が二人ってのは少ないけど」


 目線を上にやって過去を思い出すように頷くクリス。


 「それじゃあ、これからの休日を……まぁまぁ十分なお接待で、ほなゆっくりさせてもらいまひょかってな感じでなぁ。集まった面白い人らと……時には驚き、笑いながら、ニコニコ楽しく……」


 ここで一度、一呼吸置きマーヴェルの反応、様子をうかがう。が、相変わらずの薄い手ごたえ。


 「おっほん! 天才美少女名探偵クリスの行くところ、そうは問屋が卸さなかったなぁ……やっぱり……屍さんこんにちわや……」



  二日目、強烈なパワーを持ったサイキック少年ロクロウが毒殺された。次の日、三日目には、嘘が分かると言っていた外科医が撲殺された。そして昨日、四日目に絶世の美女のクガクレ嬢が遺書で犯行を自白して首つり自殺。


 胡散臭いマジシャンを中心に、ちょっと若いじいさんと黒ずくめのばあさんが話し合った結果。彼女の犯行に間違いなさそうということで意見がまとまりよった。



 その後は新しい死体が見つかることもなく、本日に至る。……どうやら五日目はこのまま終わりそうだ。


 「…………」


 (これで事件解決か? え? 本当に!?)


 「…………あぁ…名探偵のクリス君? ……少し抜けている点があるのでは?」

 マーヴェルが、たまらず口をはさんできた。


 「チッチッチッ!」

 言わずとも分かってますよと指を振るクリス。


 確かに、招待主のシラヌイは未だに姿を見せない。執事も青年も消えたまま。


 「このままで行くと…うちらと、手品師、カメラマン、そしてばあちゃんで賞金を山分けか? ……そやそや、ウルフィラも頑張ったからいれたろうか」


 「そいつは、お前が決められることじゃあないぞ…………じゃあなくてぇ」


 「あ~分かってる分かってる。最大の謎は、誰もはっきりと正体を見たことがないという……D.M.シラヌイ……そう言いたいんやろ? ぷぷぷ……」


 おしゃまな少女が口に手を当て笑う、可愛らしい仕草を大げさにして見せる。


 「うち、分かったもんね~、シラヌイの正体」


 「!?」


 これにはマーヴェルも流石に驚きを隠せない。


 「ヒント! 実は……みんな、もうすでに会っている~」


 「招待客の中に、シラヌイがいるって!??」


 込み上げてくる喜びを隠せないクリス、両手で口を押え肩を震わせて我慢している。クックックッ……。数十秒経ってやっと収まり、笑い満面で言った。


 「ブッブゥ~!! 残念!!」


 「……!…………じ、じゃあ誰なんだ? 一体……」


 たっぷりとマーヴェルの反応を堪能したのちに、名探偵クリス様の正解を発表した。


 「船長」


 「?」


 「みんなを送り届けてくれた、あの船のパイロットや~! 客の様子をしっかり観察し、確実に島に送り込み、そして颯爽と去って行き…………やがて……ラストに戻ってくる! 船長の真の正体、それこそシラヌイ、その人だ!」


 (……あ、あながち…完全否定できない……できないが……)


 努めて冷静に、クールにマーヴェル。


 「そ、そうか? ふ~ん……でも……声が、声の感じが違ったかなぁ」


 「……」


 ガーン。

 絵に描いたように落ち込むクリス、バックに心の影線が見えるようだ。


 今の話はなかったことにしよう、という態度ありありでクリスは続けた。

 「な、ならば、こうだ。シラヌイはすでに、この島を脱出しているのだ!」


 「! なんだって~、いつ?」

 今度は少しわざとらしい驚きで、マーヴェルが合いの手を入れる。


 「フフフ…、気が付かなかったかね? マーヴェル君」


 またもチッチッと指を振ると 

 「ヘリコプターだよ……。ロクロウを連れてきたヘリでそのまま出て行ったんや、……そうや! 運転してたんがシラヌイ本人かもしれんな?」


 「なるほど……、あの場面をしっかり見ることができたのは、執事のクロミズさんなど少人数……彼らの目をかいくぐるか、黙っておくように指示できるなら、脱出の機会はあったという訳か……」


 クリスの素っとん狂なアイデアを受け、マーヴェルは思考モードに落ちる。


 「…………でも、それだと招待客全員の様子を観察する機会があまりない……? ロクロウ君にだけ直接、接近するというのも……流儀に反するような…………そしてなにより、苦労して用意したせっかくの舞台を、自分の目で見ずして去るだろうか……」


 探偵のいまいちな反応を見て、素早く付け加える

 「むむ……いや、じ、実は! ヘリとクルーザーのパイロットは同一人物や! そ、そして……そして…………はっ! 消えた執事、そう、あの優秀な執事が、地下の観察室から逐一報告してるんや! シラヌイがいる…」


 上を向いて天を指さすクリス。


 「空中司令部に……E-4Bみたいな」

 E-4B、それは米軍の所有する航空機のこと。


 明らかに後半部分はその時の思い付きを勢いで言っていた。


 最初は気持ち半分でクリスの推理を聞いていたマーヴェルだったが……。


(……偶にあることだけど…クリスの突拍子もない考え……が……何か……ヒットするときがある。…………だけど…まだ……)


 「外部との通信手段を秘密裏に残していたり、最高のショー観戦を他人に任せたりというのはどうも……僕には納得できないね……。……この事件にはある種の美学がある……もちろん悪の美学だけどね……。船長やパイロットにしても金で雇った完全に部外者、この閉ざされた空間には立ち入れない異物。シラヌイに指示されたスケジュールを守って機械的に行動しているだけの協力者だと思う」


 (だからこそ、逆に言えば、あのクルーザーはここで何が起きようとも約束の時間に、生き残った島のサバイバーを回収しにやって来るはずだ)


 「……じゃあひとまず、これはこれでいいとして、マーティ君のことはどう思うクリス?」


 あまりないマーヴェルからのお尋ねに、喜ぶクリス。


 「教えてしんぜよう」


 くいっと顎を上にあげ、瞼をやや下げた笑いですっかり悦に入る。


 「こちらも簡単な推理だよマーヴェル君。サイキックのロクロウとの様子を見たかね? あの息ぴったり仲良し同士の様子を。シンパシーを感じていた、……これはつまり同クラスということなのだ」


 「同クラス? 同じ能力者ってことかい?」


 「イグザクトリー! ということは? マーティの能力も超能力者や! そして、超能力といえば…………その通り! テレポーテーション」


 いつものことながらのクリスの独特の言い回しに、自然と癒され和んできていたマーヴェル、表情の硬さも幾分取れてきていた。


 「お友達が死んじゃったショックで、ジャンプして自宅に帰っちゃった……そういうことや、思春期にはよくあることやな、ぷいっと帰っちゃうのは」


 また黙り込むマーヴェル。


 少しして、最後に核心についても触れておこうという思いに至った。


 「クガクレ嬢の自殺については?」


 「……」


 口に出さずとも分かる、同じ思い。


 手品師のトリックのように、糸や氷、様々な工夫を施して密室を作り上げることはできるだろう。しかし今のマーヴェルでは物的証拠を示すことができなかった。


 (だが、彼女は殺されたのだ。絞殺されたのだ、間違いなく)


 この推理は、必然的に恐ろしいことを示唆している。

 まだ終わっていないことを。殺人の連鎖が……。


 (落ち込んでいてはだめだ、時間的にはあと少しだが、まだとんでもなく悪いことが起きそうな気がする)


 今一度、今一度立ち上がらなければ、名探偵の名に恥じぬように。


 マーヴェルはクリスのその後も続く他愛もない会話を脳から締め出し、ゆっくりと目を閉じた。


 (僕は…………僕の名は名探偵マーヴェル……)




 日が暮れる。

 外では空気が少し変わってきた。生暖かく、風も強まる、何やら嵐の予感。



 時計の針が、天を超え六の日を迎え、回る回るクルクル。


 東から上がってくるのは、初日とは正反対のどんより暗い朝。

 息苦しくなる曇天が館を圧迫する。



 とある場所にて、もう一人こちらの青年も暗黒の沼から何とか抜け出そうとしていた。


 彼の名はマーティ・アシモフ。

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