第24話 死亡フラグ


 三日目の昼を回り、現時点で集まることが可能な招待客達は一階の中央ラウンジへ集合した。集まる目的を明確に決めていた訳ではないが、何となくこれからの事を話し合う為に顔を合わせるのだろうという共通認識はあった。


 誰よりも早い段階で集合場所に来ていた探偵は、組んだ両手の親指をせわしく動かしたり、ポケットから手を出し入れしたりと、落ち着きなく意味のなさそうな動作を繰り返している。

 指の動きが止まりブツブツと独りごちながら、うなだれ加減で大階段の下段端に腰かけた。広げた足元も少し震えているのは、慣れない階段を何度も上り下りしたからだろうか。


 「いつまでも落ち込んでたら~あ・か・ん!」

 見かねた相棒のクリスが励ましの声をかける。


 どこか焦点の定まらない、どんよりとした眼差しで見返すマーヴェル。

 「……あ、ああ…………お前は…いつも元気でうらやましいよ……」


 「なさけない!! いつもの明晰な推理力はどうしたんや? ……ま~あ、そうは言っても~うちよりは、ちょいちょい劣るけどなぁ…ガハハッ」


 「…………かの有名な名探偵、シャーロックホームズの言葉に……あり得ないことをすべて取り除いていけば、最後に残ったのが『どんなにあり得るはず無い』と思えることでも、それが真実だという教えがあるんだけれど……」


 探偵は深いため息を漏らすと、こめかみに細い指を強く押し当てた。せっかくのクリスの言葉も功を奏せず、意気消沈したまま呟く。


 「ああ……僕には分からない…………もう自信がなくなってきたよ……」


 ……他の客たちの集まってくる足音を耳にして、マーヴェルは顔を上げる。


 「……いったい何が常識なのか……あり得ないことなのか…………今まで経験したことのない未知の能力の存在が高く高く立ちはだかってる…………ぼっ、僕には取り除くすべがない……僕ごときでは」




 ミスターモリヤとクガクレ嬢が、少し間をあけて上の客間から降りて来た。

 男の方は相変わらずの上機嫌さを上手く顔に張り付けていたが、女は、かなり気持ちが沈んでいるのか……美貌はそのままに、ますます白く、すっかり血の気を失ってしまったようだ。


 程なくスリング婦人とメイドのウルフィラも合流した。

 老婦人は続けざまの殺人事件にも一切の動揺なく落ち着いている様子。メイドは淡々と自分に課せられた義務をこなし、気を利かせ水差しとペットボトルのミネラルウォーター、ガラスコップなどを用意している。


 「カメラマンの爺さんは? どうしてる?」


 モリヤの質問にクナ・スリングが答えた。


 「ああ、ちょっと前に目覚めてね……ドクター達のことは伝えておいた、もうすぐ来ると思うよ」


 その答えが終わるか終わらないかという時、カメラマンのオオツが、ゆっくりとではあるが、しっかりとした足取り階段を下りてくる。……傷一つ無い顔で。


 「おお…すまん……みんな? 待たせたのか?」


 彼は階段隅にうずくまるように座っている探偵を一瞥したが、声はかけずに皆の集まっている中央付近へ歩み寄る。


 「おい、じいさん……本当に大丈夫なんだな!? あの傷で……」


 ミスターモリヤが両手を広げる大げさなジェスチャーで驚きをわかりやすく表現しながら話しかけた。


 「世話になったな……、俺自身この体どういう理屈か知らないが……超回復とでも呼べばいいのか…フフフッ……まあ、有り体に言ってみりゃあ不死身の肉体ということだ」


 マジシャンはオオツの周りを一定の間隔で歩き、あからさまにじっくりと観察するように顔を近づける。


 「やった奴のこと……本当に覚えていないのか?」


 「……頭をひどくやられると、記憶がぐちゃぐちゃになり飛んじまうんだ……悪いが本当に覚えていない……女子供ではなかった気がするが……いやぁ……これも実際、事実かどうか、他の記憶と混ざっていないのか…自信がまったくない……」


 「鍵がかかってなかったが、誰かを部屋に入れたのか? それも覚えてないのか?」


 「……俺は……カギは…かけない……まあ…癖みたいなものだな。……殺されかける前……いや……ここへ来てから、誰も部屋へ招き入れた記憶はない……」


 その答えに少し怪訝そうな表情を浮かべる。


 「じゃあ、こっそり忍び込まれると、誰でもあんたを襲えたということか?」


 「……まあ、そういうことになるな」


 オオツは申し訳なさそうにポリポリと白髪交じりの頭をかいた。


 「子供が殺された後、まるっきり不用心だったというわけじゃないんだ……そこの暖炉にあった…ほら、推理小説かなんかでよく出てくるだろ……火かき棒っていうのか? その鉄の棒をちょいと拝借して寝ているベッドの脇に置いておいた」


 ラウンジにある暖炉は、半分金持ちの道楽のような部屋を豪華に見せる目的のオブジェで、火を焚くことも可能だったが、屋敷は空調設備が完備されている為わざわざ使うことはなかった。


 スリング婦人が駄目な生徒を嗜めるように、呆れて言う。 

 「はあ? 得物を使えず寝込みを殴られてたんじゃあ世話ないねぇ」


 ミスターモリヤと不死身のオオツ、老婦人のスリングが中心となってラウンジの真ん中辺りで輪になり話し合っている。やや離れてクガクレ嬢がもっぱら聞き役に徹して立つ。そして壁際に下がって静かに用事を待つメイドのウルフィラ。




 「そんなもんあった? 寝室に」


 少し距離を置いた位置で、聞き耳を立てて聞いていたクリスが疑問を小さく口に出す。


 「……ち、致命傷は顔面に受けた斧による打撃……と、火を見るよりも明らかな現場だったんだ…が……確かに後頭部に傷もあった。…………自分の凶器を現場に残し、用心のために彼が置いていた火かき棒を、代りに持って行ったのか!?」


 マーヴェルも小さく呟きながら、頭の中で推理を進める。




 モリヤが何やら思わせぶりな表情をして、階段にぽつねんと座っている誰の目からも落ちぶれぶりが痛々しい探偵をチラッと見た後、滔々と語り出した。


 「このゾンビの爺さんが……おっと失礼……蘇り様が言った、おぼろげな記憶から……。どうせ、この私、胡散臭い手品師を……フフフ、自分で言っちまうとなんだか悲しくなってしまうが……まあいい。成人男性の可能性という点で、私が今一番怪しまれているんだろうが? ちょ~っとその浅はかな考えは待ってくれよ」


 「おいおい、俺ははっきりと覚えては……」


 オオツの言葉を手で遮り制すると、モリヤは話し続ける。


 「最初にサイキック少年が殺されて、それで事件は終わりかとも思った。誰かは分からないが、その誰かにとって一番厄介な客人を始末しただけだと。しかし違った……」


 話に耳を傾ける皆の理解が及ぶように一呼吸置き、また続ける。


 「この謎の誰かさん、頭のおかしな殺人鬼はそれだけに終わらず、満足せず、どうやら我々を次から次へと殺しまくるつもりだ……最悪な事態……そこで、今一度はっきりさせたいのは、ドクターの能力によって私たちは、すでに無実が証明されているという事だ!」


 スリング婦人がぽつりと口を挟む。

 「あの子供の毒殺については、じゃがなぁ」


 片方の眉を上げ、少し嫌そうな顔をしてモリヤはこう聞き返した。


 「じゃあ聞くが? ロクロウを殺した犯人以外に、もう一人別の殺人鬼がいるというのか? ええ? このサークルは殺し屋同好会か? フハハハハ……マンガみたいな話だが、まあいいだろう……確かに絶対無いとは言い切れない、それは認めよう……しかし! 私はここで違う説を唱えさせていただく」


 打ちひしがれて座り込み、会話に入ってくる気配のない探偵マーヴェルを再び見て、大げさに肩をすくめ話す。


 「僭越ながら。自信喪失で、もはやどうにも活躍しそうにない……あちらの名探偵様に代わって推理させてもらおう!」


 話に聞き入る人々を嬉しそうにゆっくり見まわす。


 「前にもこの説を私が言ったかどうか? それとも誰かが口にしたか? 定かに記憶していないが…………」


 タイミングを見計らい彼は結論を言った。


 「犯人は執事クロミズだ。最初に自ら姿を隠した、自分が優位にゲームを進めるために。……そして、さらに言えば謎の主人D.M.シラヌイとは、実は彼のことではないか? すなわち同一人物なのだ! さも架空の主人がこの屋敷にいるかのように振舞っていただけなのだ!」


 クナが一瞬睨みを見せたが、誰も無言のまま反論をしない。彼は先を続ける。


 「屋敷の構造を熟知しているあの執事が、今でもどこかにこっそり隠れているんだ。少年も医者も殺したんだ。あんたもその回復能力がなければ殺されていたんだ!」


 マジシャンの説に大体のところは同意の様子の老婆が、一つの疑問点を聞く。


 「あんたが確か……少年殺しの件で、外科医が怪しいなんてことを言っていたのは、この際とりあえず置いておいて……」


 彼女の少し蔑みを含んだ冷たい視線に射られ、堪らず目をそらすモリヤ。


 「姿を消しちまった……あの坊や、マーティは疑わないのかい? 仲の良くなった友達の死を見て、明らかに、かなり動揺してた。……もしかしたらだけどねぇ、そのせいで神経が一本おかしくなっちまって、あたしたちの中にいる……いると思い込んで、犯人に復讐するつもりで目ぼしいヤツを殺した……いや、皆殺しにする気にでもなったんじゃあ無いだろうね」


 「…………」

 てっきりあの青年は、不幸にも既に犯人の犠牲になっているのでは? と当然のように考えていた者は、その盲点、逆転の発想に言葉を失った。


 「大人しい人間っていうのは、切れちゃうと逆に恐ろしいのさ……」




 「あたりまえやけど、うちらが犯人じゃないのは正しい!」

 依然として皆とは離れた階段に腰かけたマーヴェルにクリスは力説する。


 「だって、医者のおっちゃんが殺され、カメラマンの爺さんが襲われた時、メイドのウルフィラちゃんと一緒にずっと地下室の変な扉を見張ってたんやから、これは立派なアリバイ成立や」


 「……たしかにな……みんなと違い僕たちには、おそらく犯行時刻と思われる頃のアリバイがある。も、もちろん……一晩中一時も離れず揃って居たわけではないから……正確な時刻が断定できない以上……少々弱いかもしれない……。!? …ああ!!……ついでに謎の主人が、あの部屋に居て出てこなかったというのなら……彼の無実も証明したという事か? 本当に実在したとしての話だけど……」


 物を取りに行ったり、用を足しに行ったり、数分だが、その場を誰かが離れることはあった。


 (襲われた時間の前後、おそらく数時間は扉の前にいた。それは間違いない……クリスの言う通りアリバイありと言える)


 名探偵の指摘に相棒は鼻と眉をぎゅっとしかめ不満げな顔をした。




 憶測を含め色々な話を一通り終え、最後に会話の内容が、この状況を打破すべくこれからどう行動すべきかという話に変わった。


 「さて、今夜どうするかだが……安全のためにこの場所、ラウンジでみんな一緒に一晩を過ごすというのはどうだ?」


 返ってくる反応をあらかた予想してのことか、あまり熱心な物言いではなくモリヤが尋ねた。


 しばらくそれぞれが頭の中で考える沈黙が過ぎた後、今までほとんど会話に入ってこなかったクガクレ嬢が言った。


 「わ、私は……遠慮するわ。気を悪くしないで……部屋で一人の方が落ち着いて寝られそうな気がするの……」


 続いて、彼女に一瞬見つめられたスリング婦人。


 「おやおや、お嬢さん……意外に気が合うねぇ。あたしも今まで通り自分の部屋で過ごさせてもらうよ……きちんとしたベッドでないと、この老体には良くなくてねぇ」


 カメラマンのオオツも肩をすくめ、笑って追随する。


 「ハハハッ……俺もあの部屋へ戻るよ。まあ……もはや知っての通り、俺を殺すことは不可能なんでね……わざわざ気を遣う大部屋へ泊ることもないだろう。それに犯人の奴も、もう計画をあきらめたかもな、この度の大きなミスで……」


 ほぼ全員の意見が同じだと見定めたモリヤは最後に言った。


 「提案しておいてなんだが……まあ、そうなるだろうね。……いいだろう、もしも誰か一人だけ単独行動を取り一人きりになると言ったら……そいつの頭に見えない死亡フラグがピコン! と付くところだが……。こうもみんながバラバラになるってんなら、スプラッタームービーお約束の『けっしてやってはならぬ行動』に当てはまることもなさそうだ」



 話し合いは終わった。やがて、それぞれ思い思いに上の自分の客室へと分かれて行く。


 クガクレ アマコが階段を上っていく際、ふと何かに気づいたような素振りをし、マーヴェルに身を寄せるとそっと肩に手を置き囁いた。


 「……もう私が信じられるのは……あなただけ……あなたしか残ってないの……」



 ラウンジに残ったのは探偵達だけ、最後におもむろに階段から立ち上がりマーヴェルも部屋へ、とぼとぼと向かう。


 その時クリスが急に、後ろで軽くお辞儀をして探偵を見送っているメイドのウルフィラに労いの声をかけた。


 「あ、そうやウルフィラちゃん。医者の部屋の片づけありがとうな~、面倒な仕事全部押し付けて……ごめんやで」


 ウルフィラはいつもの屈託のない笑顔で答えた。

 「いいえ! 気にしないで下さい。わたしに与えられた役割ですから」


 ドクター・Tの死体を探偵とモリヤ、ウルフィラでベッドに運んだ後、後の汚れ仕事を彼女が引き受けてくれて一人残り、部屋を片付けたのだ。

 実際、この作業は非常に精神的に疲れる大変な仕事であったであろう。


 犯罪現場を現状のまま維持する事が、後々の犯人特定には重要かもしれない。しかし現実には、人としてあのような状態で遺体を放置しておくことはできなかった。


 指を顎に当て小首をかしげ、ちょっと考えるような仕草でクリスは続けた。


 「そういえば……あの部屋にあったワゴン、どうやって運んだん? 階段をあれ持ち上げて上るのは無理やろ~」


 「……あ、あぁ……まさかぁ、フフフ……ワゴンはそれ専用のエレベーターがあるんです。建物の左右にそれぞれ一つずつ設置されてます。外観を良くするためだと思うんですけど、ちょっと分かりにくいですね」


 「な~んや、そっか」


 「あぁっ! 面白そうだからって乗っちゃあダメですよぉ。ギュウギュウで無理すれば人でもなんとか入れない事はないですが、階段を使った方が絶対安全ですからね」


 可愛らしくユーモラスな仕草をしながらそう話すメイドを見て、思わずニッコリ笑ってしまう。そうして彼女と別れ部屋へと階段を上って行った。



 狂気にとらわれた殺人鬼が暗躍する屋敷の中で、本来ならば一人になるのは危険が増すだろう。だが多少事情が異なるのは此処に集まった者達は全員、常識では測れない特殊な力を持つ者。

 信頼できぬ人間の側にいる方が危険、一人で部屋に籠る方が安全だと感じていた。


 この、ともすれば一見愚かにも思える行動は、皆それぞれ己の能力に自信があることから来るのだろうか?


 もしかしたらそうではないのかもしれない。


 逆に言えば、どれほど強力な能力を持とうとも他人が怖い。結局のところ人は皆、信じられない人間が最も恐ろしいのだ。

 一人っきりでいる方が襲われる確率が上がるのだと理屈で分かっていても、他人に命を預けてまで、同じ部屋で枕を並べて寝ることなどできなかった。


 (寝首を掻かれる)


 誰一人として口にこそ出さなかったが……この中に真犯人がいないとも限らないのだから。


 疑心暗鬼の闇から……本物の鬼が飛び出してくる……信じていたあの人が…………。


 そう…………。


 殺人鬼かもしれないのだから……。

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