第6話 黒と白
その優しく声をかけてきた男は
さっきまでの仏の様な、顔と声を、まるで別人格の様に、豹変させて
差し出した手を、身体ごとのけ反らせて、高く上へ振り上げた。
まるで汚物でも、触ってしまったかのように。
「あたし」の両手は、真っ黒だった。
煤で汚れた様な物ではなく、本当に、均等に滑らかに
誰かが塗ってくれたかのように、綺麗な、と言えば綺麗な、黒曜石の様に
黒曜石で出来た、彫刻の様に、光ってる様に真っ黒だったのだ。
じいさんも、そのことは無言で承知してて
店の従業員も、店主も、そんな事は、よくある事なのか、何も言わなかった。
この町は、そう言う所だった。
その男は、物凄い悪魔でもを見たかの様子で、まあ仕方ないケド
のけ反って,三歩ほど後ろへよろめいた。が、すぐ、笑顔に戻り
「可哀そうに・・・。口も利けない上に、病気なんだね・・・。驚いて悪かったね・・・。許しておくれ・・・。神も惨いことをなさる・・・。」
と、もう暗い空へ、たるんだ顎を震わせて、顔を上へ向けて、濁った空を見上げ、片手で目を覆い
「さ、気を取り直して、食事に行こう。君が今まで、見た事も食べた事も無い、夢の様なお店へ、連れてってあげようね。」
その「最初」の男は、「あたし」の、そのおぞましい手を、ぎゅっと痛いほど掴むと
貧民街を出て、早足で、言った通り、見た事も食べた事も無い、夢のような店で
夢の様に、カラフルに着飾った、食事をご馳走してくれた。
そして、「あたし」は、そういう類の優しさと,親切の後には
必ず、対価が要求される事を知った。
「あたし」は、女、だった。
今、思えば、当たり前の話なのだが、この「最初」の男は
「あたし」に、一応、男と言う生き物に、悦びを与え、且つ、それが仕事になる事を
教えてくれた。
今、「あたし」が、飢えてのたれ死んだり、精神病院に入れられずに
何とか、この貧民街で、「普通」の顔をして生きて居られるのは
生きられる術を、教えてくれたのは、この男だった。
大事な恩人なのだ。
有り難い話だ。
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