勉強机と世界を廻る

またたび

勉強机と世界を廻る

「あっ」


 消しゴムを落とした。慌てて勉強机の下を覗き見る。辺りを探しても何もない。


 どこに行った僕の消しゴム!


「そうだ」


 スマホのライトで探すことにした。暗いからね、昼とはいえ。


「見つからないなあ……」


 仕方ない、諦めることにしよう。こういう無くし物は、意外と探してないときにぽろっと出てくるものだ。


 顔をふっと上げる。勉強、再開しよう。


「……えっ?」


 暗かった。昼なのに、外も暗かった。


「えっ、え、え、えっ!?」


 慌てて部屋を出る。


「母さん! そ、外が暗いよっ!?」


「えっ」


 母が料理の支度を一旦止め、こちらを振り返る。そして思わぬ発言をしたのだ。


「何言ってるの、外は暗いもんじゃない」


「は、はい……?」


「まだ午前とはいえボケすぎよ、そろそろ目を覚ましなさい」


「寝ぼけてるわけじゃないから!? 朝から僕は勉強してたんだよ! スタディ!! なのに、朝なのに、外が真っ暗なんだよ、驚くに決まってるだろっ!?」


 そしてまた母はクレイジーな発言をする。


「あさ……? あさって何? 食べ物?」


「……!」


 思わず僕は黙る。これは只事じゃない。普通なら母を疑う、脳トレさせるべきだったか……! しかし、今回外も真っ暗なところを見ると、どうやら僕の周りじゃなく僕がおかしい可能性がある。僕だけが認識してない、この世界の通常を。そして僕だけが知ってる認識、それが朝と夜の概念。


 もしかしてこれは……。


「パ、パラレルワールドか……?」


 どうやら消しゴムを探してるうちに僕は


『常に真っ暗な朝や昼といった概念がない世界』


 に来てしまったようだ。


 とりあえず落ち着こう。部屋に戻って勉強机に向かう。椅子に座る。


「とりあえず落ち着いて冷静に考えよう……」


 やはり勉強机に向かって椅子に座っている、この状態が一番落ち着く。ガリ勉の成れの果てだ。


「まず、この世界はどうやって成り立っているんだろう。そもそも地球が自転してるから昼と夜があるわけで、回転してないのか? しかし夜という概念がないところ、裏にも光が当たってるとは思えない。すると元々太陽の光に当たらない場所に存在してるのか? でもそう考えたならそもそも今の地球は存在してないことになる。太陽の光なしに光合成はない。光合成なしに生物の誕生はありえない。いったいどんな経緯を辿ったらこんな世界が……。とりあえず書き出してるみるか」


 鉛筆を持つ。すると


「あれ? さっき落とした消しゴム。普通に机の上にあるじゃないか」


 落とした、と思ったものが実は落ちてなかった。あるあるである。


「こんなところにあったのか、消しゴム……って、あっ」


 また下に落としてしまった。拾おうとして机の下を覗き見る。


「どこだ〜」


 結局見つからなかった。もしかしたらまた気のせいかもしれない。机の上に普通にあるかも、ということで顔を上げる。


「あっ」


 外が明るかった。どうやら元の世界に戻ってきたようである。


「良かったあ〜。一時はどうなることかと」


 パリンッ


 窓が割れる。ふとそちらを振り向けば謎の化け物がっ! 日曜朝に出て来そうな怪人である!


「ひっっ!? ば、化け物がぁ」


 ガチャ


「って今の音はなんだい」


 母が入ってくる。


「母さんっ! 早く逃げて、化け物がっ!」


「あれは怪人オンドゥゥル!? それにあの剣は呪いの剣、ノムリッシュ? なかなか厄介な!」


 母がなんか解説している。えっ、えっ、えっ?


「早くその手に持ってる聖剣、銀河最強の聖剣(笑)で戦うのよっ!」


「は、はい……?」


 自分の手を見てみると、さっきまで握っていた鉛筆がいつの間にか聖剣になっていた。その聖剣に付いてる謎のみたいなマークは、あのいかにも、最初は一番最強感があったのに再登場を果たすたびあっさりやられてしまっている例のキャラクターを想起させる。これで本当に戦えるのか?


「でもどうせ死ぬなら抗って死んでやるっ!! くそったれええ(ベジータ風)」


 グサリ そろり そろり


「か、勝ったか……」


 モンスターは倒れた。どうやら僕は


『怪人や聖剣などのファンタジー要素がたくさん出てくる世界』


 に来てしまったようだ。


「よくやったよ、さすが私の息子」


 なぜか感動してるのか母は号泣していた。


「ありがとう、母さん。僕……頑張れたよ……」


「こっち来なさい、抱きしめてあげるから」


 僕は母の方へ向かう。なぜか僕も涙もろくなったのか号泣している。


「やっと僕も一人前のヒーローに……」


「すまないな、息子よ」


 グサリ そろり そろり


「なっ……んだと……!?」


 腹にはナイフが、血も出ている。くらくらしてきた、多分死ぬ。


「油断するな、そう教えたはずだがね、甘いんだよ君は……。悪いが覇権はもらったよ」


 覇権ってなんのじゃい……!


「ぐはは、後はあの四天王を倒すだけ……。あの方は視察だけで構わないと言っていたが、倒してしまっても構わないのだろう?」


 僕はよろよろしながらも勉強机に向かい、椅子に座って勉強の姿勢を作る。


 戦士は、死ぬときは戦場で死にたい、と言うらしい。それと同じ、僕は勉強机で死にたい。


 弁慶は大量の武器が体に刺さったまま、立ったまま、死んだらしい。それと同じ、僕は勉強しながら死にたい。


「我が人生……。一片の悔い……あっ、あるわ」


 そこで目が覚めた。どうやらあの世界からは抜け出せたらしい。判断の根拠としてはまず、割れたガラスの破片がなくなっていたこと、そして窓が元に戻っていること、母が僕の部屋にいなかったことだ。


「腹の傷もなくなっている……」


 どうやら世界をまたぐと傷などは無くなるらしい。


「って、あっ」


 でも部屋に一つだけ落ちていた……。


 銀河最強の聖剣(笑)、である。


「なるほど。世界をまたいでも持ち物は運べるのか。とりあえずこの剣はメル●リで売ろう」


 ふと僕は不安になった。あのファンタジーな世界から抜け出せたのは間違いないだろうが、ここが元の自分の世界である保証はないのだから。


「とりあえず窓の外でも眺めてみるか……。空から月が落ちてきているとか、白黒だとか、変なことになってるかもしれない」


 窓の外を見てみる。どうやら景色は普通である。良かった……。だが、歩く人々に違和感を感じた。


「なんだあの人たちは……? みんなみんな同じような顔をしている。まるでFXで有り金全部溶かした人の顔みたいな……」


 ガラッ


「だ、誰だ!?」


 扉が開く音がして、そちらを振り向くと、先ほどの世界で僕を殺そうとした母の姿が。だがしかし……。


「母さん……そ、それって……FXで有り金全部溶かした人の顔じゃないか……」


 よっぽど怪人より怖いのである。


「お……かね……どこ行った……私の手元……確かにあった……胎児よ……胎児よ……何故踊る……母親の心がわかっておそろしいのか……」


 やばい、精神に異常をきたしている。


 なるほど、この世界は……。


『FXで有り金全部溶かした世界』


 らしい。なんとも俗っぽい世界である。


「息子の……かね……つかった……でも……たりない……」


「僕の金……? はい……? えっ、はっ?」


 も、もしかして。


 ガラッ


「棚に入れていた貯金がなぁぁぁぁぁぁぁあい!!!!」


 さっきとは違う意味で、涙腺が緩くなったのか号泣である。


「すみま……せんとうたいせい……」


「お前を殺して私も死ぬっ!!」


 うがやぁぁぁ!


 鉛筆を手に持って突進じゃぁぁぁぁぁあ!!


 シュッ


「それは残像だ。お前の後ろだ」


「何っ!?」


「死ぬのは貴様じゃぁぁぁぁあ! 生命保険でまたFXじゃぁぁぁぁあ!」


「だが断る」


「なっ消えた!?」


「一思いに殺してやる、安心せい」


 グサリ そろり そろり


「……私を倒すなんてさすがね。でも私は四天王の中でも最弱な」


「黙れ」


 とどめを刺した。さらばFX狂……。


「長い戦いは終わった。僕の貯金をFXに使った罪は重い!」


 こうして僕たちの戦いは終わった。しかし僕たちのストーリーはこれからだっ!!


 BGM:砂の雫


 完








「悪いな、息子よ。それは影武者だ」


「なっ」


「いつから私が死んだと、錯覚していた?」


「ま、まずい避けれない!?」


「死ねえええええええっっ!!」


 そのとき僕はふと床に落ちてるものを見つけた。あれは悪しきものを裁く剣……銀河最強の聖剣(笑)!!


「まだ、負けたわけじゃない!!」


「ふっ、悪あがきはよせやい」


「悪あがきじゃない。勝つのは」


「僕だぁぁぁっっ!!」

「私だぁぁぁっっ!!」


 そこで目が覚めた。どうやらあの世界からは抜け出せたらしい。しかし、おそらく……いや間違いなく、ここは僕の世界ではない。なぜなら……。


「「「「ワン ワン ワン ワン」」」」」


 犬がたくさん部屋にいるからだ。


 ガラッ


 母か?


「ってあんた、誰よっ!?」


 知らない女が現れた。


「こっちのセリフなんだけど……だってここ僕の部屋だし……」


「違うわよっ!? ここ私の部屋だからっ!」


「そんなわけないだろ……ん?」


 いや、確かに。よくよく考えてみるとありえない話ではない。パラレルワールドなら、この部屋を僕以外が所有してる場合だってありえるからだ。


「なるほど。うん、分かった。でも状況を説明させてくれ。実は」


「あんた、偏差値いくつ?」


 な、なんだと……!? まさかこの女、いやそんなまさか、しかしこの質問は……!


「私バカとは話したくないのよね」


 性格が最悪だぁぁぁぁぁ!!


 しかし問題はそこではない。これじゃ彼女は昔の僕とそっくりじゃないか、ロクな人間じゃなかった頃の僕に! ってことはまさか……!


「なるほど。僕が女であるパラレルワールドだってありえなくない、ということか……」


「はっ? 何言ってんの、あんた」


「ちなみに君、何高?」


「えっ。まあ●●高だけど」


 やはり、僕のようだ。


「ちなみにあの最難関高の定期テストを私は700満点中、690点も取ったわ。ふふっ、庶民には分からないでしょうね、この価値はっ!」


 つくづく嫌なやつだ。まあ僕なのだが。しかし、それならばこちらも対抗する。


「一応僕もその高校出身だが、僕は691点を取ったがね」


 この男……実に堂々と言い放ったが。


 嘘であるっ!


 なにせ同一人物なのだから、定期テストの点数だって一緒に決まっているのだ。


「なっ……えっ!? うん……。ち、ちなみに今のは冗談で、実は私は692点を取ったのよっ!!」


 この女……少し焦りながらも実に堂々と言い放ったが。


 嘘であるっ!


 なにせ負けるなんて思ってなかったので、内心超パニクっているのだ。


「なんだって!? で、でもまあ実は僕も嘘を言っていて、本当は699点なんだよ」


 この男……ついに満点の1点前という驚愕の点数を言い放ったが。


 嘘であるっ!


 なにせ一度嘘をついてしまったので、もう貫き通すしかないと覚悟するしかないのである。嘘だってバレなければどうってことはない(シャア風)


「えっ、えっ、えっえっ!? あの、その……。ふふ、実は私も嘘をついててね……恥ずかしながら満点なのよ。1点差とはいえ、満点と満点じゃないとではレベルが違くて?」


 この女……勝ち誇ったようにドヤ顔をしているが。


 嘘であるっ!


 なにせ既に心が限界なので、さっさと終わらせてしまいたいのだ。勝てるわけがないよぉ〜逃げるんだよぉ〜(ベジータ風)


「残念だな、僕は701点だ」


 この男……さりげなくさらに上を行く発言を言い放ったが。


 嘘であるっ!


 なにせこちらも既に心が限界なので、自分の発言の矛盾に気づいてないのである。


「な、なんだって……!? そ、そんな、私はこんな男に、負けたというの?」


 この女……ついに勝負を諦めたような発言を言い放ったが。


 バカであるっ!


 なにせ限界を超えたスーパーサイヤ人みたいなもので、思考回路がその……なんかさ……ほらその……あれなのである。


 ガラッ


「ちなみに私もかつて同じ高校だったけど合計点数は210点よっ!!」


「「か、母さん!?」」


 この母……武勇伝 武勇伝〜♪みたいなノリで言い放ったが。


 マジであるっ!


 なにせ「全然わからない、俺たちは雰囲気で株をやっている」くらいの気持ちで日々を生きているので、定期テストも鉛筆を回して解くような人間なのである。そんな性格だから、FXで有り金全部溶かしたんだろ!? と言ってやりたい。


「ワン ワン」


 この犬……空気を読まずに急に吠え始めたが。


 お腹が減ったのであるっ!


 なにせもう昼過ぎで、お腹ぺこぺこなのだ。早く食べさせてあげよう!


「そ、そう言えば……このたくさんの犬たちは一体……」


「そりゃあ犬は犬よ」


「それは分かるけど、なんでこんなたくさん?」


「そりゃあ法律だからね。一家で10匹は飼うっていう……生類憐みの令よ」


 この女……さりげなく言い放ったがつまりここは。


『法律によってたくさんの犬を飼う世界』


 なのであるっ! 良かったね、綱吉さん! ここはあなたの願ったユートピアですよっ!


「まあ確かに犬は可愛いが、こんなにたくさんいるのも困りもんだなぁ……ん?」


 1匹の犬が口に何かをくわえてきた。あれは……。


「消しゴムか?」


 その犬は僕の目の前に消しゴムを置いて、じっと僕を見ている。


「今思えば、この消しゴムが全ての始まりだったんだよな。ありがとう、犬。おかげで消しゴムを見つけられたよ」


 僕は勉強机に向かう。


「おいお前、なんでそっちに行く! そこは私の机だぞっ!」


「黙れ700点」


「きいぃぃぃっ!! くそ、あと1点なのにっ!!」


 僕はノートに書かれた√を消しゴムで消そうとする。しかし手が滑ってまた落としてしまった。


 拾おうとする……しかし。


「えっ」


 机を見下ろしていたのに、机は上にある。しかもでかい。そして僕の座っていた椅子も巨大化しており、もはや座っていると言うより立っていると言う方がふさわしい。


「また変なパラレルワールドにやってきたもんだ……」


 思わずため息をつく。どうやらここは。


『(人間以外の)あらゆるものが大きい世界』


 らしい。これじゃ消しゴムすら拾えない。


「ワン ワン」


「えっ?」


 後ろを振り向くと巨大な化け物がっ!!


 あっ違う、あれは犬だ。しかしでかい、でかすぎるぞっ!


「ワン ワン」


「ちょ待ってこっち来ないでくれっ!」


 犬は机に衝突した。そして机の上にあった鉛筆が机から落ちる。そして僕が慌てて上を向くと!


「あっ」


 目の前には鋭い鋭い巨大な鉛筆があったのだ。


 グサリ そろり そろり









 ガラッ


「中入るわよ〜。ってあらいけない。また確認する前に中に入っちゃったわ……」


 そこに映った風景は……。


「えっ、嘘……。きゃ、キアアァァァァァァアアあぁぁぁっっ!!!!」


 部屋に叫び声が響いた……。






「なんて可愛いワンちゃんっ!!」


「あのね、母さん、うるさい」


 どうやら僕はようやく、自分の世界に帰ってこれたようである。なぜか銀河最強の聖剣(笑)と、1匹の犬がセットについて。


「この子を私たちで飼いましょうっ! それにしても驚いたわ! あなたにも動物を飼う気持ちがあったのね」


「好きで連れてきたわけじゃないけどね」


「ふふ、これからが楽しみだわ〜」


「あっそれと母さん」


「えっ、ん、なに?」


「メル●リで売りたいものがあるんだけど」


 こうして僕は勉強机と聖剣を手放した。あの不思議な勉強机……今でも度々思い出す。今あの机は一体どこにあるんだろう?


 もしかしたらあなたが今使っている机、それはパラレルワールドへの入口だったりして……。


 完

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

勉強机と世界を廻る またたび @Ryuto52

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ