銀色の自由(2)
たどり着いたのは裏庭。
しっかり管理が行き届いているのはなにも専門の人を雇っているわけではない。
生徒が部活で使うスペースを増やすために自主的にやっていることだ。
ほのかは不意に立ち止まる。
――こんな場所になにかあったか?
銀太は疑問に思った。
ほのかはポケットに手を突っ込んだまま、それを顎で示す。
そこには樹木が寂しそうに起立していた。
「これはな、銀木犀という」
銀太は呆けたような顔をした。
ほのかが微笑する。
「これを紹介するとな、だいたいの人は同じ顔をするんだ。え、それは冗談なんですか? みたいな。でも本当だ」
銀太はその木を見上げた。
確かにどこか金木犀に似ている気もするが――。
それは、小さくて白い花だった。先端にひとつひとつ、咲いている。
全長は金木犀と同じくらいだった。
香りは――金木犀に比べると弱い。
「金木犀は銀木犀の変種だと言われる。つまり、単に木犀というときは銀木犀のことを指すのが一般的だ」
どこの世界の一般的だろうか。
ほのかは続けた。
「金木犀は固まって咲くように見えるし、香りも強く派手だ。それに基本的に咲くのは年に一度。野球でいうと、さしずめホームランというところかな」
野球で例えるところがほのからしかった。
「じゃあ銀木犀は違うのでしょうか?」
「銀木犀は年に数回咲くことがそこそこある。花は小さくて香りも弱いが、咲く数は多い。こちらはマルチヒットかな」
――金木犀と銀木犀。
初めて知った。
少なくとも自分は金木犀ではない。
銀太はそう思った。
ほのかはうつむきがちに黙る銀太を見ると、一呼吸おく。
そして言った。
「先生はな、最初からこの仕事に就きたいわけじゃなかったんだ」
「急に、なんですか」
話の方向性がわからない。
銀太は聞く。
「中学校の教師になりたくなかった、ということですか?」
「それとこれとは話が別だ。それはまた後で話してやる」
自分から言い出したくせに、と銀太は少し不満だった。
ほのかはその白い花にそっと触れると、優しい顔で言う。
「研究がしたかったんだよ。でもなれなかった。才能がなかったのかもしれないな。好きだったんだけど。そう『好きだった』んだ――途中から苦痛になりさえした」
教育者というのは、得てして希望してそうなるものだと思っていた。
だからこの話を聞いたとき銀太は意外に思った。
「こう言ったらアレですけど」
一瞬言い淀む。
「先生は、途中で諦めてしまったのでしょうか」
「諦めた、と言えばそう見えるかもしれない。だけど先生からしたらそうじゃないんだ。なんていうかな、こだわるのを辞めた、というべきか」
こだわるのを辞めた?
銀太には意味が分からない。質問を変える。
「やっぱり才能というものはあるんでしょうか。生まれ持ったもので、人間は勝負しないといけないのでしょうか。努力なんて、意味がないのでしょうか。僕の絵は――ずっと一番になれないのでしょうか」
やはりそれか、とほのかは思った。
「……天崎は勘違いしているな」
「才能なんてものはないということですか? だって現に先生は――」
「そうじゃない。才能はある。生まれた時点で多少なりとも人間は差を持っている。勘違いするなよ。差別論をしようというわけじゃない。それがある程度の事実だと言いたいんだ。それこそ脳内に甘い香りの花を咲かせて、才能なんて思い込みだと言うのは簡単だ。しかし一〇〇メートル走で勝てないのは日本人が怠けているからか? バスケットボールは?」
天崎は黙った。
「ところで、だ。それと努力は別物だ。才能と努力は無関係。努力はしたいからするんだ。楽しいことに向かって努力するんだ。努力は尊いんだ」
はっとして天崎はほのかを見つめた。
銀太は才能がないと言い訳をしていた。
努力をしても一番にならなければ意味がないと思っていた。
努力と才能は別物――。
でも出来ればと、ほのかは付け加える。
「先生だって一番になってみたいよ。せめて教頭くらいになれば、権限があるのにな」
「なんの権限ですか?」
ほのかはそれに答えない。
「戻ろう。さっきの質問にも答えてあげよう」
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