『143、隠されていた毒』

蝋燭が灯っているだけの薄暗い廊下をひたすら進む。

捕縛した人が脱走するのを防ぐためか、窓がどこにもないんだよな。


闇に紛れられるのは僥倖だが、逆に俺たちがもし見つかったとしても逃げられない。

これは致命的な欠点である。

魔法を使うにしても結界の存在が怖いし、何より石板の隅に嫌なことが書かれていた。


その名も『固有結界』。


最上級クラスの龍魔法で、使える人が1人でもいればいい方らしい。

しかし・・・ここは王城である。

宮廷魔術師が使える人だったとしてもおかしくはないだろう。


さらに、固有領域は魔力を薄く広げ、その中であれば因果関係も捻じ曲げられるのだ。

つまり命ずるだけで人を殺すことも出来る。


「あそこに見える階段を下りれば牢屋なんだけど・・・『ドルナ』がまだ来ていないな」

「えっ・・・」


ドルナというのは、桃のような果実であるチャナに含まれている種の呼び名である。

一見すると無害に見えるが、実態は毒の塊ともいえるだろう。


少し削るだけでも即効性のある猛毒を含んだ粉が辺りに撒き散らされることになる。

でも・・・ドルナってどういう意味だ?


「待たせたな。エーリル将軍が煩わしくてなかなか来れなかったぜ」

「はぁ!?ジューンがどうしてここにいるんだよ!」


グラッザド王国の中にある8つの郡のうち、ヂーク郡を支配しているジューンだ。

わずか10歳で領主になった若き英雄と王都でも話題なのである。


「実は国王命令で、リレン王子を殺すためにエルフの王城に集まれと指令が出たんだ」

「それで、ジューンくんには伏兵として動いてもらったんだ」


横からリアンが補足した。

確か龍魔法がかかるトリガーは術者に触れることだったか。


怪しい人物からの握手をすべて断れば操られないだろうが・・・まさかそこまでとは。

父上は本気で俺を殺そうとしているんだな。

だが、狂った結論に至ってしまった理由が分からないのが一番怖い。


「あっ・・・早く牢屋から助け出してあげないと、あと1刻もしたら拷問が始まっちゃう!」

「拷問ですって!?」


アスネお姉さまが悲痛な叫び声を上げると、階段に駆け寄った。

しかし、勢いに任せて地下に行ってしまうのはマズいと思ったのか階段前で止まっている。


「落ち着いてください。下には黒龍騎士たちが見張りをしています」

「やっぱりそうだったのね。グラッザド王国との取引材料をみずみず逃すわけがないわ」


今まで沈黙を守っていたツバーナがポツリと漏らす。

彼女にも思うところがあったのだろうか。


「あと・・・今は結界が切れているわね。私たちが侵入したことが感知されたかしら?」

「そうだとすると危ないな。出来るだけ早く下に向かおう」


俺たちの目的がイグルとブルミさんの奪還であることは周知の事実であろう。

侵入に成功したら牢屋へ向かうであろうことは想像に難くない。

今すぐにでも追っ手が来る可能性がある。


『固有結界』の使い手が来られたら面倒どころの話ではないからな。

全員が険しい顔をしながら地下に降りていくと、目の前に2人の人影が現れた。

暗くて顔は見えないが・・・1組の男女といったところか。


「お前は誰だ?」

「エーリル将軍の言った通りだ。少しでも引き付けておけば必ず罠にかかる」

「巫女姫たる私の力を思い知るがいいわ!」


声からして・・・ボーランとマイセスかな。

龍魔法に毒されたグラッザド王国の仲間がまた出て来たのか。


「どうするんだよ!ここでこいつらと戦っていたら拷問の時間に間に合わない!」

「クソッ・・・道を空けやがれ!」


思わず怒鳴りつけると、マイセスとボーランは揃って肩を震わせた。

そうか・・・彼らの前で絹川空の本性を見せたことがなかったから驚いているんだな。


「うるさいわよ。私は戦うだけ。ライト・スラッシュ!」

「危うく道を譲りそうになっちまったぜ。お前の前世はヤンキーかよ。ファイヤー・ボール!」


マイセスが光を集めた三日月型のカッターを飛ばす。

反応したのは俺で、即座に無詠唱で闇のカッターを作り出して相殺しておく。


相手よりもたくさん魔力を込めておけばオッケーなんだよなぁ。

ボーランが出した火の弾はアリナお姉さまの水魔法によって同じように消されていた。


「厄介ね。合体技で決めましょう」

「分かっている。“アイツ”さえここにいなければ勝てるんだっ!」


マイセスとボーランが手をかざし合い、部屋中を薄く引き伸ばした魔力で埋めていく。

これは・・・『固有結界』か!?


「本格的にマズいんじゃないの?魔力の量が尋常じゃないわよ!?」

「死ぬかもしれないわね」


アスネお姉さまとアリナお姉さまが苦い顔をして呟く。

俺も『固有結界』の解除方法は知らないから・・・技の発動を阻止するしかないか。


「どうして2人が禁忌の技を使えるわけ?」


俺が一歩踏み出したとき、そんな声が部屋中に響き渡った。

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